軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

森の影(4)(ルートヴィッヒ視点)

三日後の夜。グラウハーゼは僕の部屋に報告に来た。

「アーレントミュラー公子ですが、最初の二日間は執事と乳母にしか会わず部屋に引きこもっておられました。食事も部屋でとるためご両親と顔を合わせる事もありません。手紙も誰からも届きません。このままでは殿下への報告が20秒で終わってしまうと思っておりましたが、三日目に外出されました。」

「何しに?」

「散歩です。ずっと部屋に引きこもっておられるのでは体に悪いからと執事が外出を勧めたのです。その日は、つまり今日ですが、アーレントミュラー公爵は13議会の会議があり、公爵夫人は国立大学の教授会議があり、お二人共館におられなかったのです。こっそり外出する絶好の機会だと執事が強く勧めたのです。」

見て来たような喋り方をするが、どうやって調べたのだろう?アーレントミュラー邸に忍び込んだのだろうか?

「執事が供をし、外出されました。目的地は行きつけのカフェでしたが、そのカフェは現在休業中でした。」

「伝染病が流行して以来、休業するカフェが増えたという話だものな。」

「いえ。カフェの店主が店で働く娘にいかがわしいサービスをさせていた事がバレて、風営法違反でしょっ引かれたからです。」

「どういうカフェを行きつけにしてたんだよ・・。」

僕はため息をついた。どうせ『光輝会』のメンバーで入り浸っていたのだろう。

「困った執事ですよねえ。」

「執事の行きつけだったんかい!」

「それでその後、目的地もなくふらふら歩いておられたのですが、行列が道に出来ているのを見かけて何の列か見に行かれました。」

正直、どうでも良い情報だ。僕は適当に相槌をうった。

「行列は、エーレンフロイト侯爵令嬢がネギとニンジンとせんべいを無料で配っている行列でした。」

「何だって⁉︎もう一度言ってくれ!」

「ネギとニンジンとせんべいです。」

「そこじゃないっ!」

僕は叫んだ。

「レベッカ姫が野菜の無料配布を行なっていたのか?」

「はい。エーレンフロイト姫君は、ユーバシャール孤児院の子供らと一緒に第二地区にあるエーレンフロイト家の別邸の庭で野菜を育てておられます。この度、ニンジンとネギが大量に収穫出来たので、ユーバシャール孤児院の前で子供達とご自分の侍女らと一緒に、無料で野菜をお配りになられたそうです。」

「それは素晴らしいな。ところでニンジンとネギはわかるが『せんべい』というのはどういう野菜なのだ?」

「『せんべい』は、米を粉にして水で練って薄く伸ばし、クッキーのように丸くくり抜いた後2、3日天日干しし、炭火で炙って焼いた後塩を振って食べる、東大陸の庶民菓子です。ごま塩とエビ塩とアオサ塩の三種類ありましたが、エビ塩が特に美味と評判でした。でも、私はアオサ塩が一番美味しいと思いました。」

「行列に並んで全種類食ったのか?」

正直すごく羨ましかった。

「アーレントミュラー公子はその行列をしばらく眺めておられたのですが、公子に気がついたユリアーナ・レーリヒ令嬢が公子に声をかけ配るのを手伝って欲しいと依頼されました。自分が参加すると、エーレンフロイト姫君が不快な思いをされるだろうと一度は辞退されたのですが、エーレンフロイト姫君がぜひ協力して欲しいと言われ、配布に参加されました。エーレンフロイト姫君の侍女は美しい少女が多いので、それまでは何とか話をしようとしたり、仲良くなってデートに誘おうとする不埒な男が場所をとって行列が渋滞していたのですが、一目で貴族と分かる若くてイケメンの公子が配布に加わった途端、男共が霧散し、配布がスムーズになりました。」

「・・・。」

正直めちゃくちゃ羨ましい!

レベッカ姫と一緒に仲良く並んで奉仕活動だなんて、羨まし過ぎて脳の血管がブチ切れそうだ!

何で目的もなく、ただ歩いているだけで、そんなラッキーな事が起こるんだよ。どれだけ徳を積めば、そういう幸運が舞い込んでくるんだよ!

羨ましい。羨ましすぎるっ!

僕は耐え切れずに、クッションを座っていたソファーに何度も叩きつけてしまった。

今年の1月からレベッカ姫はアカデミーの『高等部』の所属になった。僕は、それをずっと待っていた。今年からは、一緒の選択授業を受けたり、食堂で一緒に昼食をとったり出来ると思うとものすごく嬉しかった。

なのに昨年末、シンフィレアで大火災が起こると、その救援チームのリーダーを僕は父上に任されてしまった。

僕はブルーダーシュタットまで出向いて支援物資の輸送を行った。在シンフィレア人達にはすごく感謝されたし、シンフィレアの貴族や王族に自分を売り込む事が出来た。王座への道にまた一歩近づけたと思うが、アカデミーはずっと休学する羽目になった。その間にコンラートやジークレヒト、更に異母弟のクラウスがレベッカ姫と親しく交流していると噂を聞いて、遠いブルーダーシュタットで枕を涙で濡らしたものである。

ようやく王都に戻って来られたと思ったら、今度は天然痘が原因でアカデミーが休校になった。僕は運命を司る神様に何か嫌われるような事をしたのだろうか?

ユリアーナ・レーリヒめ!

と僕はレベッカ姫の友人を恨めしく思った。

その女がフィルに声をかけなければ、そういう展開にならなかっただろうに何で声をかけたんだ⁉︎

あの女、僕にはいつもけっこうな塩対応なのに、なぜフィルには優しいんだ。フィルの顔が好みなのかっ⁉︎

「でっ?」

と僕はグラウハーゼに聞いた。クッションを持って暴れている僕に思うところはあるかもしれないが、仮面のせいで表情をうかがい知る事はできない。

「エーレンフロイト姫君は、公子を含む売り子全員にレモネードを振る舞い労をねぎらわれました。」

「・・・。」

「公子にコップを渡す際、公子に『フィリックスというのは素敵な名前ですね。幸福の使者という意味があるのでしょう。私、最近子供の名付けにすごく興味があっていろいろ調べているんです。』とおっしゃいました。すると公子が『僕は自分の名前が大嫌いだ』とお答えになりました。」

あいつ、本気で殴りてえ!

僕は震える手で拳を握りしめた。

「そしたら、エーレンフロイト姫君は『どうしてですか?』と聞かれました。すると公子は『フィリックスという名前の中に、イーリスという字が入っている。父上は僕の名前を呼ぶ時、同時に母上の名を呼びたくて僕の名をフィリックスにしたのだ』と答えられました。」

そうなのか?

いや、確かにその通りではあるな。叔父上の妻への愛情は底がしれないな。

母親が4人いる妃の1人で、父上の母上に対する愛情は4分の1かそれ以下、という身の上の子供としては羨ましくなる話だけど。(※作者注・ルートヴィッヒの母親が事実上寵愛を独占している妃なので愛情のパーセンテージは半分を優に超えています。)

「すると、ユリアーナ・レーリヒ令嬢が『その気持ちよくわかります』と言われました。」

と言った後、真剣な口調でグラウハーゼは言った。

「報告が面倒くさくなって来たので、会話をそのまま再現するので宜しいでしょうか?」

・・情報機関の人間が『面倒くさくなって来た』とか言うか、普通?