軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

我が家へと続く道(1)(フランツ視点)

船は順調に、海を越え河に入って行った。

船旅は順調だった。天気の崩れもなく波も穏やかだった。海賊や海賊に偽装した貴族に襲われる事もなかった。馬車や騎馬での旅に比べて旅はとても楽だった。だけど、私にはするべき事が山ほどある。この数ヶ月の出来事を書類にまとめ、王都に戻ったら関係各所に提出しなくてはならない。

書類にまとめる仕事を積極的に手伝ってくれたのは、新聞記者のデリクだった。

行きは陸路を来たデリクとハルだが、途中で「よく無事で済んだな」というような危険な目にも数々遭ったらしい。

一番の危険を感じたのは、キルフディーツ領のとある村を過ぎた街道での事。白昼堂々強盗に遭ったらしいが、強盗自体は明らかに素人で、普通の農民が転職したばかりなのだろうというレベル。全速力で走って逃げれば逃げきれそうな気がしたが、両者が睨み合っている状況で、野犬が乱入。のたれ死んだ人のお肉でも食べて人肉の味を覚えていたのか、明らかに喰い殺す気満々な勢いで飛びかかって来て、あれが強盗の方にではなく自分達の方に飛びかかって来たら、かなりまずかったらしい。

デリクとハルは一目散に逃げ出したので、明らかに栄養不良で足つきもおぼつかなかった強盗さん達がどのような運命を辿ったのかわからないそうだ。

「伝染病が流行すると、埋葬されずに放置される死体が増えて、それを食した野獣が凶暴化するという話は知識としては知ってたんですけどすっかり失念していました。いやー、びっくりしましたねー。」

手紙が無事に届いて良かったなあ、と私はしみじみ思った。

というわけで、帰りの行程はご一緒させてください、と頼まれたのだが

「私達と一緒だと違う危険に遭遇するかもしれないよ。」

とは一応伝えておいた。でも、もう陸路は懲りたらしい。だって、もしもあの強盗まで食べられていたら、ますます野犬は凶暴化しているだろうから。

というわけで、デリクは積極的に書類仕事を手伝ってくれている。エーレンフロイト領でどんな事が起きていたのか詳しく知りたいから、というのもあるらしいが、正直文章力のある彼の手伝いは助かっている。

ハルの方は読書に夢中になっていて、『東行記』を読んで笑い転げ、『ブラウン・シュガーと孔雀大王の野望』を読んで泣き崩れている状況だ。ヨーゼフと同じ年のこの子を見ていると、ヨーゼフも背が伸びたかなあ、と微笑ましい気持ちになる。この子が野犬にかじられずに済んで本当に良かった。

船はどこの港にも『河の駅』にもよらず進み続けた。私達が濃厚接触者になっても困るし、私達が病気を振り撒いた、と言いがかりをつけられても困るからだ。その為にも、水や燃料などは十分な量を積んである。だが、水の上でゆらゆら揺れている上、ずっと下を向いて書類仕事をしていると船酔いをする。ようやく王都に辿り着き、地面の上に降り立った時にはほっとしたものだ。

ただ、ここからが長いのだ。

王都は今、中に入るのに二週間の待機期間を設けているのである。

王都に入りたい人はまず健康チェックをされる。発熱していないかとか、発疹が出ていないかとかだ。それをクリアした人は、王都の外に設けられた一画に集められる。

王都の門は夕方には閉まるので、それに間に合わなかった商人や旅人が泊まる為の宿屋や共同で使える小屋が城門の側にはあるのだ。

そこで二週間過ごすのである。

それらの区間もまたある程度細分化されているのだが、どこも人で溢れていた。

宿屋だけでは収容しきれず、毛布にくるまって野宿している人もたくさんいる。その毛布さえなさそうな貧しげな人達もたくさんいる。

船の中にいると船酔いの感覚を思い出すので、本当は宿に泊まりたかったが無理そうだ。だが、貴族の身分を振りかざして他の旅人を宿から追い出すような真似をする気はない。

私は食べ物を売っている屋台を見て回った。

売っているのは、王都の近隣の村々から来ている人達だそうだ。デリクが言うには、種痘を受けている人達はこのエリアに出入り出来るのだという。

お肉の焼ける香ばしい匂いがしてきて、私はふらふらとそちらに行ってみた。鶏肉を串に刺して焼いている屋台だった。滴り落ちる鶏油が炭火の上でじゅっと弾け、なんとも蠱惑的な匂いを撒き散らしている。お値段は。

「一本、銀貨一枚・・・。」

高くないかっ⁉︎

王都の物価を正確には知らないが、エーレンフロイト領ならアジ一尾の串焼きが、一本銅貨二枚だ。一口で食べられる鶏肉が四切れ刺さった串が50倍もの値段がするのか!

私はあれが普通なのか、デリクに確認してみた。

「ぼったくりですよ。一年前なら王都内で銅貨三枚か四枚で買えました。でも、今王都内では生肉は手に入らないから、王都内なら二倍の値段でも売れるかもですけどね。」

実際、銀貨一枚でも買っている人はいる。おもにお金持ってそうな商人達だ。私の護衛のウルリヒも買いたそうな顔をしていた。船の中はボイラー室以外、火気厳禁。肉は干し肉しか食べられなかったのだ。王都内では生肉は手に入らないと聞いたら、尚のこと食べたいだろう。

でも私は「買ってもいいよ。」とは言わなかった。

ジークが言っていた通り、需要があるから供給がある。

銀貨一枚でも売れるから売り主は値をつりあげるのだ。もしも売れなければ、売り主は値を下げるだろう。そうすれば、裕福ではない人でもお肉を買う事が出来る。

私は他の物を見て回った。ちゃんと安い値段で売っている物もある。野菜のスープが一杯、銅貨三枚で売られていた。温かいスープが飲みたいな。と思って覗き込んで「えっ?」と思った。透明な汁の中に草のカケラが僅かに浮いているだけの代物だった。

あれはいったい何の野菜なのだろう?

トマトとかニンジンとかナスとか、私の知っている野菜じゃない。レタスやルッコラとも違う気がする。あれは本当に野菜なのだろうか?まさか、そこら辺に生えている雑草ではあるまいか?

いやそんな事はあるまい。きっと何らかの野草なのだろう。でも野菜と野草と雑草の違いとは何なのだろう?

これが王都周辺の庶民の日常なのだろうか?それとも物価が上がって、貨幣の価値が落ちているのだろうか?ハインリヒやゲルハルトも二週間の待機期間を、城壁の外で過ごしたはずだ。ああいう物を食べて二週間を過ごしたのだろうか?

悩みながら歩いていると、一際人気の屋台があった。その周辺に人が群がっている。

何を売っている屋台なのだろう?と思って近づいて見ると、パンを売っている屋台だった。

様々な年齢の、もしかしたら国籍や人種も違うのでは?という女性達がパンを売っている。ハチミツバターロールが一つ銅貨60枚、二つ買えば銀貨一枚と少しお得になるらしい。ハチミツが高級品とはいえ、決して安くない値段だ。いや、大きさの割に高い!

だけど、その屋台が人気な理由はそれではなかった。

リュスティックと呼ばれる、麦粉と塩と水だけで作るパンが無料で配られていたのだ。

お金のある人には甘くて柔らかいパンを高く売り、お金の無い人には無料でシンプルなパンをプレゼント。という屋台のようだ。

おそらく、赤字がかろうじて出ない程度で利益は無いだろう。それでも、タダでパンをもらった人達の目はキラキラと輝いていたし、それを見つめる売り子の女性達も嬉しそうだった。

そして、私は売り子の女性の中で最年少と思われる少女の顔に見覚えがあった。