軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アネモネの間

「ここがあなたの部屋です。」

と言われて、立ち止まった部屋のドアに『アネモネの間』と書かれたプレートがついていた。

『101号室』とか『いの1号室』とかではなくて、花の名前が部屋の名前なのか。

なんか、日本の田舎の温泉旅館みたい。

エリザベートがドアをノックし、ドアをガチャっと開けた。

部屋の中にいた人間が振り返った。

のにびっくりした!

いきなりドアを開けたから、てっきり中に人がいないのかと思ったよ。

いる可能性が少しでもあるんだったら、ノックをした後返事を待とうよ!

中にいた人間も、驚いたようだが怒らなかった。

そこに、エリザベートの持つ『権力の臭い』って奴を、ぷんぷんと感じる。

ドアには鍵が無かったし、内側にかんぬきも無い。エリザベートがいつ何どき前触れもなく、ドアを開けるかわからないという状況が地味に嫌だ。心が休まらんではないか。

「レベッカ様。あなたの同室者の、ユリアーナ・レーリヒです。ユリア、この人が今日からあなたと同室になるエーレンフロイト令嬢です。」

・・・。

まじか。

私は泣きたくなった。

彼女は間違いなく、二年後に私付きの侍女になるユリアーナだった。

一度見たら、忘れられないほどの美貌。

ジークルーネの顔を見た時は、白銀比か?と思ったが、この子の顔は黄金比だ。全世界中の人間が美しいと感じる、数学上の比率である。

よりにもよって、何でこの子と同室なの・・・。

フリーズしてしまった私と、頭を下げたまま動かないユリアーナ。

私の方が身分が上なので、我が許可を出さないとユリアーナは話せないのだ。

「初めまして。レベッカと申します。ふつつかものですが、これからよろしくお願い致します。」

とまるで、田舎の地主に嫁に来たかのようなセリフを言ってみる。

卑屈だと笑いたければ笑うがいい。

将来、私を殺しに来るかもしれない殺人鬼候補が前後にいるのだ。

貴族の矜持?そんな物は知らない。大切な命を守る為なら、プライドのハードルなど、日本海溝よりまだ下に下げられる。それがわたくし『文子』という女である。

「そんな、私なんかに敬語なんてやめてください!」

と、慌てた口調でユリアーナが言った。やばいくらい声が可愛い。アニメのヒロインみたいだ。

だいたい名前も可愛いよね。エリザベート様がさっき『ユリア』って呼んでたけどさ。

この名前は美女にしか似合わないよ!

私の頭の中に20世紀を代表するマンガの名ゼリフがこだまする。

おまえはすでに◯んでいる・・・・・。

「ユリアーナ・レーリヒと申します。よろしくお願い致します。」

と笑顔で言われたけれど。

私の心の中は絶望感で真っ暗だった。

窓の外を、冷たい冬の風が通り抜けている。

こうして、私のアカデミー生活は始まったのだった。

と言っても、初日はまだまだ続く。

エリザベートとジークルーネが帰って行ったので、私は持って来た荷物を片付ける事にした。

私は、部屋の中を見回した。

天蓋付きのベッドが2つ。机が2つ。チェストが2つ。ソファーに、ローテーブルが置かれたなかなかに広い部屋だ。

廊下に出なくても隣の部屋へ直接行けるドアがあって、その向こうが同伴してきた侍女さんの部屋になっているようだ。広さはこちらの部屋の半分ほど。ただ、こちらの部屋にはない、簡易台所がついていた。

どちらのチェストを、ユリアーナは使っているのだろう?まさか、両方ユリアーナが持ち込んだ私物じゃないよね。

と悩んでいると

「あ・・あの。」

とユリアーナが消え入りそうな声で、話しかけてきた。

「ベッドはこちらの物を、机はあちらを、チェストはそちらをどうぞお使いください。あっ!もちろん、もう一つの物の方が良いというのでしたら交換します。喜んで。」

・・・。

何でそんなに卑屈なの?

私、何かビビらせるような事した?

私の顔が悪人顔だから?

「気を遣ってくれてありがとう。でも、交換は全然必要ないから。ところで、あなたのことは何て呼んだらいいですか?」

「ユリアと呼んでください。」

「わかりました。ユリア様。」

「わわわ、私なんかに『様』なんてつけないでください!ユリアでけっこうです。」

ユリアが慌てふためいて言う。

「私は、平民ですから。」

知ってるけどさ。でも、この子。海運都市の大商人の娘だからね。21世紀の日本だったらじゅーっっっぶんな上級国民だからね。

でも、過去世の私はユリアと呼び捨てにしていたし、その方が呼び間違えなくていいかもしれない。

本人もこう言っているし、ユリアと呼ばせてもらうか。

「じゃあ、私の事もレベッカと呼び捨てで。」

「そんなわけにはいきません!」

と、ここでユーディットとユリアの声が奇跡のシンクロ。

口調はかなり違ったけれど。

「あの、それと・・レベッカ様に渡してほしいと、教科書を預かっております。どうぞ。」

と言って、ユリアは何故かユーディットに教科書を渡す。

変な物でも挟まっていないだろうか?という感じに、ユーディットはじっくりと教科書を確認してから、私に教科書を渡してくれた。

その教科書の安っぽい事。うっす・・と思わず口に出して言うところであった。

でも、この薄さ。そして、ペラさ。正直言ってコミケで売ってる、薄い本の方がよっぽどマトモに製本されている。

とりあえず荷物を片付けようかと思ったが、ユーディットに「私がやりますから」と、言われたので私は、教科書のチェックを始めた。

教科書は5冊。

国語、外国語、算数、科学そして歴史。

国語は、名詞がただ、つらつらと書いてあるだけだ。

全ての単語を読めるし書ける。

外国語の教科書も同じ形態のようだ。これは、どれ1つ全くわからない。

算数は、足し算と引き算と掛け算の説明がのっている。割り算も応用計算も鶴亀算ものっていない。

科学は、植物の種類と天体の運行について。

歴史は数百年分の年表がのっている。

算数のレベルの低さに驚いた。11歳って、こういうもんか?

いや、そんなわけはない。11歳といえば、日本なら小学5年か6年生だ。

それで、このレベルなら、因数分解や微分積分に行き着くのはいったい何年後だ?

大学の理学部を受験しようとしていた私には、寝ぼけていても解けるような問題ばかりだ。

次に気になったのは科学。

地球があって、太陽があって、月がある。北には北極星がある。

と、前いた世界と全く同じであるらしい。

そういえばあまり深く考えた事がなかったが、1日は24時間。1年は365日と、それも全部一緒だった。

って事は、地球の大きさ、地軸の傾き、太陽との距離。全部同じなのだろうか。

結論。

国語と算数は勉強する必要無し。

外国語と歴史は丸暗記。

科学は、真面目に予習復習して、それ以外の教科、マナーやら音楽やらは捨てる。

私が明日から通うこの学校は、毎日授業に出ていたら、1年に1学年ずつ進級し、何年か経ったら卒業するという学校ではない。

テストやらレポートやらで『合格』をもらい、その『合格』が何十個かたまったら卒業できるのだ。

そして私は、1日でも1秒でも早くこの学校を卒業して家へ帰りたい。

ならば、得意な科目で合格数を稼ぎ、音楽を作曲するみたいな、永遠に生きていても合格がもらえそうにない科目に時間は使わない。

頑張れ私!目指せ、史上最速合格‼︎

文子時代の教養がある私には、他のおガキ様に比べて十分なアドバンテージがある。

これぞ、本物のチート!

ふふふふふ。と、私は笑い出しそうになった。ズルをして不気味に笑っているなんて、ファンタジー小説やホラー漫画の悪役そのものだけど、そんな事はどうだってよい。

明日からが楽しみだぜい。と調子にのっていた私はまだ、次の日その自信が、木っ端微塵に打ち砕かれる事を知らなかった。