軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーレンフロイト領の戦い(19)(フランツ視点)

ヴァイスネーヴェルラント人達としては、種痘を売る事に何の異議もない。

権利に関しては、穀物大臣であるアルネストロート伯爵夫人が、全権をアレクサンドラ男爵とカサンドラ王太后から委託されているという事だった。

アレクサンドラ男爵が間違いなく権利の一割を持っているという書類を、ギルベルトが提示し、商人であるダニーとイザークが売買契約の証人となる。近衞騎士は、伯爵夫人と権利証の護衛で、弁護士は詐欺にかけられないよう見張る為に同行したようだ。

「種痘を売る代金として、希望するのは貨幣ではありません。インフレーションやスタグフレーションが起これば貨幣に価値は無くなりますから。」

と伯爵夫人は言った。

『どっちの国に』という主語は無い。それが交渉というものだ。使者としては公式の場で『我が国で』とは言えないし、ここで『ヒンガリーラントで』とか言ってしまったら、ハインリヒあたりが激怒するだろう。

だが、天然痘レベルの伝染病の流行は戦争に匹敵する貨幣経済の混乱を引き起こす、という事をヴァイスネーヴェルラント人は、というかカサンドラ王太后はわかっているのだ。

貨幣の価値を保証するのは国家だ。もし、国が崩壊したら貨幣に価値は無くなるのである。ヒンガリーラントやヴァイスネーヴェルラントが万が一地図から消えるような事態になれば、ヒンガリーラントの貨幣にもヴァイスネーヴェルラントの貨幣にも価値は無くなる。例えそうならなかったとしても、国の威信が揺らぐだけで貨幣価値は大暴落する。

いや、もしかしたらエーレンフロイト領にこもっているからよくわからないだけで、既に貨幣の価値が下落しているのかもしれない。

ヴァイスネーヴェルラント人達が何を希望しているのかは、アルネストロート夫人の肩書を聞けば容易に分かる。

彼らが欲しているのは『穀物』だ。

標高の高い土地にあり、森林限界も多いヴァイスネーヴェルラントは作物のとれる場所が少なく、土地も痩せている。人口の少ない国だが、それでも尚食料自給率は100%以下だ。

豊かな隣国からの食料輸入に頼りきりであり、それが止まればすぐにでも餓死者が出るだろう。

国境封鎖される事があったとしても、食料の輸入ルートだけは確保しておきたいというのが切実な願いなのだ。

種痘一つにつき、要求する食料の一覧表を、伯爵夫人は机の上に広げた。

『穀物』なら10キロだった。

拍子抜けするような少なさだ。種痘の希少性を考えればはるかに多くの食料を要求されてもおかしくない。だが、変に揉めたり話がこじれて交渉が長引いたりするよりも、こちらが喜んで提供できる程度の量で手を打とうという考えなのかもしれない。

そう考えるほど既に、ヴァイスネーヴェルラント内での食料不足が深刻なのかもしれない。と私は思った。

それに、西大陸全体に天然痘が広がっていくような事になったら、他にも種痘の買取を希望する国が現れるはずだ。それらの国に要求する食料の量をヒンガリーラントと同じにする必要はない。相手の国力や、仲がどれくらい良いか悪いか次第で、はるかに多い量を請求したってかまいはしないのである。

種痘は今現在、三千個輸入されているという。そのうちアレクサンドラ男爵が権利を持つのは三百個だ。

全部買い取ったとして、支払う穀物の量は三千キロだ。米俵が一つ六十キロなので、米俵五十個分である。

全然問題無い量だ。

ただ、一覧表には他の食料についても表記してある。イモ、豆、干し肉、根菜、柑橘系果物、ドライフルーツなどだ。他に塩や油もある。

それぞれに種痘一つにつきどれだけ、というキロ数が書いてある。ヴァイスネーヴェルラント人としては、満遍なくいろいろな物が欲しいのだろう。どれも常識の範囲内の量だ。ただしエーレンフロイト領では手に入れにくい物もある。

まずは干し肉だ。エーレンフロイト領では牧畜をあまりしていないし、天然痘対策に忙しく、騎士団による獣害対策の狩猟が最近全く行われていない。干し魚ならたくさんあるのだけど。

と伝えると、干し魚でも良いと言ってもらえた。なら、こちらは問題無い。

あと手に入りにくいのはドライフルーツだ。アプリコットやサクランボでもドライフルーツは作れるが、やはりドライフルーツの王と言えば干し葡萄だ。しかしエーレンフロイト領では葡萄は個人が趣味で作るレベルでほとんど作られていない。

ローテンベルガー家はかなり作っていたはずだが。ローテンベルガー領はワインの名産地なのである。

「ドライフルーツでしたら、イチジクやナツメヤシを南東諸島から輸入出来ます。ご希望でしたらいくらでも取り寄せます。」

とダニーが言ってくれた。ドライフルーツについては金で解決する事にしよう、と思う。

まずは送る物は穀物が優先、という事で話がまとまった。

私と伯爵夫人は笑顔で話し合いを終えた。文句を言う場面の無かった、ハインリヒは憤死しそうな顔をしていたけれど・・。

話し合いが終わり、イザークとクラリッサ以外のヴァイスネーヴェルラント人が退出した。

「もし、差し支えなければひょうたん半島を視察させて頂けませんか?」

と伯爵夫人に頼まれた。

「ホテルの方だけでよろしいですので。」

別に差し支えはないので、許可を出した。

「ヒルデブラント小侯爵に案内して頂く事は出来ますか?」

と聞かれたので、ジークレヒトの方を見ると

「もちろんです。夫人。喜んで。」

と礼儀正しくジークレヒトは言った。

ジークレヒトとギルベルトの視線が一瞬交錯する。しかし、二人共表情を変えなかった。