軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーレンフロイト領の戦い(7)(フランツ視点)

「コースフェルト男爵領です。」

「えっ!コースフェルト男爵といえば・・。」

「はい、何年か前にシュテルンベルク伯爵の従姉妹に侮辱されて、その後シュテルンベルク家と大変に揉められた男爵様です。リヒャルト様の従姉妹が実の姉に殺されるきっかけになった例の家門ですね。」(シュテルンベルク家の9年の物語・3での話です。)

「そこに驚いたわけじゃない!コースフェルト男爵領と言えば、バイルシュミット子爵領の向こう側の領地じゃないか?どうして、隣の領地ではなくて、隣の隣の領地で出たんだ?」

もしも、次に出るとしたら東にあるキルフディーツ領か、北にあるバイルシュミット領だと思っていた。保菌者が馬車に乗って一瞬でコースフェルト領まで駆け抜けた、とも思えない。エーレンフロイト領の領都は南にある国トゥアキスラントに対する国防の要なので、広大な領地全体の南の端にあるのだ。点在するエーレンフロイト領の村々やバイルシュミット領に病原菌を撒き散らす事なく、北にあるコースフェルト領まで辿り着けるとは思えない。

でも、現実にはコースフェルト領で出ているのだ。

「天然痘で間違いないのか?」

「確実に確認できる者がいないので、まだ疑いの段階です。確認ができる医者か、医療省職員が領地に向かって確認をする事になるかと思います。」

「最初の発症が疑われた者が出たのはいつだ?」

「三日前だそうです。」

「だったら、うちの領より後か。」

私は朝食を中断し、服を着替えた。情報をもっとたくさん集めなくてはならない。そして情報を一番持っているのは・・・。

「リヒトは領館にいるのか?」

「はい。滞在客用の離れに医療省の他の職員や護衛騎士の方々と泊まられました。御子息とヒルデブラント小侯爵は、ひょうたん半島に泊まられたようですが。」

「離れに行く。」

歩きながらカイから『良いニュース』についても詳しく聞いた。

「串焼き屋の少年が、魚を焼いていると見知らぬ男に声をかけられたそうです。馬車の車輪がぬかるみにはまって動かなくなったので、押し出すのを手伝って欲しいと。馬車の側に行くと、派手な服を着たおじさんと露出の多い服を着たおばさんが馬車の側に立っていたそうです。少年に声をかけてきたのは御者だったそうで、二人で馬車を押してぬかるみから出しました。おじさんとおばさんは一切手伝わず、『だから田舎は嫌なんだ。王都だったらこんな事にならないのに。』とずっと文句を言っていたそうです。」

「その、おじさんとやらは王都から来たわけか。何歳くらいの奴だったんだ。」

「申し訳ありません。それについてはまだ確認をしておりません。まあ、おじいさんというほどの年齢ではなかったのでしょう。意外に若いという可能性もありますよね。10歳の子供は20歳の人間の事も平気で『おじさん』と呼んだりしますから。」

「『王都』から『馬車』で来たのなら、キルフディーツ領を通ったはずだよな。」

王都から陸路を来る場合、キルフディーツ領を含む三つの貴族領を通る。もしも、そのおじさん、もしくは御者が感染者なのだとしたらその途中のどこかで感染をしたはずだ。

「貴族という事だったな?」

「はい。馬車をぬかるみから出した後、御者が少年に御礼と言って銅貨を五枚くれたのだそうです。ところが『おじさん』が怒って御者に『馬鹿が!平民が貴族に奉仕するのは当然の義務だ。金なんか出す必要はない。そんな事をしたら平民がつけ上がるだろうが!』と言って少年から銅貨を取り上げたそうです。しかし、御者はおじさんとおばさんが馬車に乗り込んだ後『ごめんね』と言って、ポケットから銅貨を五枚取り出して少年にくれたそうです。」

私は聖人でも君子でもないので、天然痘に感染しているのが御者ではなく『おじさん』の方だったらいいな、と思った。

「串焼き屋の客は常連ばかりです。近くに旅行者用の宿泊施設などもありません。少年が最近接触したエーレンフロイト領以外の人間は、その御者とおじさん達だけだそうです。」

「その、おっさんはどこへ行こうとしていたんだ?」

「少年は御者に聞かれたそうです。『コマドリ荘』というお屋敷を知らないか?と。少年はよくわからないけれど、たぶん朝日が浜にあるお屋敷ではないか、と答え、朝日が浜までの道を教えたそうです。」

『朝日が浜』は五年程前、『プライベートビーチ付きの瀟酒なお屋敷』という触れ込みで、何件かのお屋敷を建てて富裕層に売ったちょっぴり高級なリゾート地である。お屋敷には全て『カナリア荘』とか『ヒバリ荘』などの可愛い小鳥の名前をつけて売った。

なので、鳥の名前のお屋敷と聞いて少年は朝日が浜を連想したのだろう。

「『コマドリ荘』って朝日が浜にあるのか?」

「あります。住んでいるのは、デボラ・フォン・キルフディーツ夫人と娘のラディカ令嬢。主治医に看護婦、使用人が五人です。」

「キルフディーツ?」

「先代のキルフディーツ伯爵の末の弟の未亡人だそうです。ずっと王都で暮らしておられましたが、体調を崩して王都より暖かいエーレンフロイト領に移住してきたのだそうです。」

話しているうちに、離れに着いた。

リヒトは、医療省の部下達と話し合いの真っ最中だった。

そこに無理矢理押し入った。一応、この離れはうちの敷地なのだ。

「コースフェルト領に天然痘が出たって?」

「ああ。ちょうど話を聞きたいと思っていたんだ。コースフェルト領ってどういう領地に囲まれているんだ?港はあるのか?」

とリヒトが尋ねてくる。

シュテルンベルク領は、ヒンガリーラントの最も南東にある領地だ。西にある領地の事はよくわからないのだろう。

「港は無い。だから領地に入るには陸路しかない。南にバイルシュミット子爵領。東はキルフディーツ伯爵領だ。」

「キルフディーツ領って、そんなに広いのか?」

「バイルシュミット領とコースフェルト領が小さいんだ。で、北にはブライテンライター侯爵領がある。ここは広い。」

「『爬虫類愛好家』の領地かあ。珍しい爬虫類がうじゃうじゃいるのかなあ?」

「それは知らん。ブライテンライター領まで港は無いから、エーレンフロイト領の飛地の領地に行く時嵐に巻き込まれたりしたら、とりあえずブライテンライター領まで行くしかないんだ。それはそうと。うちの領で最初に感染したのかもしれない者がわかった。王都から馬車で来た人間達と接触したそうだ。」

「王都から?トゥアキスラントからでなくて?その王都民は、それからどこへ行ったんだ?」

「これから確認する。『コマドリ荘』という邸に住む、キルフディーツ一族の人間を訪ねて来たそうだ。もし、その王都民が領内に伝染病を持ち込んだのなら屋敷内で発症しているかもしれない。医療省の人間に何人か同行して欲しいんだが。」

「私が行こう。しかし、キルフディーツか。王都から陸路を来たのなら、そいつはキルフディーツ領を通ったはずだよな。そしてコースフェルト領もキルフディーツ領と接している。キルフディーツ領の状況を確認した方がいいかもしれない。」

リヒトは、二人の部下にキルフディーツ領に向かうよう指示した。更に何人かの部下に種痘を持ってコースフェルト領へ行くよう指示した。ベンヤミン医師が同行するという。

私自身がコマドリ荘へ行く。と言うと騎士団長に止められた。けれど。

「コマドリ荘にいるのは、横柄な貴族だそうだ。騎士達だけでは対処できないかもしれない。二度手間になるくらいなら最初から私が出た方がいい。」

私は馬に乗り、カイと騎士達、リヒトと『コマドリ荘』へ向かった。屋敷内がどういう状況になっているかわからないし、騒動が起こるかもしれない。私は気を引き締めてコマドリ荘の門の前に立った。

門には門番はおらず、来客者用の鐘が門に吊るされている。カイが紐を引いて鐘を鳴らした。

だが屋敷内は静まり返り、誰も出て来ない。カイはもう一度紐を引いた。

屋敷からメイド服姿の若い女性が出て来た。足取りがふらふらとしていて危なっかしい。私を取り囲む騎士達に緊張が走る。

「エーレンフロイト領、領主。エーレンフロイト侯爵だ。開門せよ!」

とウルリヒが言った。

女性は泣いていた。門から2メートルくらい離れた場所で深々と頭を下げる。

「助けてください。」

消え入るような声でそう言った。