軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エーレンフロイト領の戦い(2)(フランツ視点)

「問題無い?どういう事だ?」

「レベッカお嬢様からお聞きになっていないのですか?」

カイがきょとん、とした表情で聞いてきた。

「レベッカから?何を?」

「お嬢様が買った米で倉は満タンですよ。入りきらなかった分は、ブルーダーシュタットの貸し倉庫に入れているそうです。」

「えーっ!」

と思わず大声が出た。

わけがわからず、思わず振り返り、王都からついて来てくれている護衛騎士のウルリヒに聞いてしまった。

「知っていたか?」

「いいえ。」

・・・そうだよな。私はいったい何を聞いているのか。

「何で、そんなに米を買ったんだろう?」

そう呟くと。カイはキョロキョロと辺りを見回した。

ちなみに今、執務室の中には私とカイとウルリヒしかいない。

「お嬢様からは、まだ極秘情報なので、人に言うなと手紙で指示されていたのですが。」

私はちょっとむむっときた。なぜ父親の私にも相談をしない事を、カイに相談するんだ!

「王都の国立大学が『水蜜』という、甘味料を発明したそうです。」

私は思わずガクッときた。その話なら知ってるし・・・。

「知ってる。というか、今年の始めにもう発表があった。」

「あ、そうなのですか。私がお嬢様からの手紙を受け取ったのが昨年末だったもので。で、お嬢様の手紙によると『水蜜』は、米と大麦から作るそうで、発表されると米と大麦の値段が上がると思われるので、大量に買い占めたのだそうです。」

「転売するつもりなのか?」

「いえ、大量に『水蜜』を作って、おいしいお菓子を大量に作って食べるつもりだそうです。」

・・・。

甘い物が大好きという事は知っていたが、そこまでとは。

倉に入りきらないほどの米だなんて、どれだけ『水蜜』を作るつもりなのだろう?

それとも、もしかして『お菓子の学校』の為だろうか?

だが、米がある。というのは朗報だ。私は

「この目で確認したい。倉を見に行こう。」

と言って執務室から歩き出した。

目の前に映る景色はなかなか壮観だった。

食料を備蓄する倉は、戦時中などは大事な生命線になる。敵兵に焼かれたり略奪されたりしてはいけないので、領主の館の特に警備の厳重な所に造られている。その立ち並ぶ倉にぎっしりと米がある様子は圧倒される物があった。

『俵』と呼ばれる、ワラを編んだ袋一つにつき60キロの米が入っているという。それが、私の身長よりも高い位置まで積み上がっている。

運んだ人達も大変な苦労であった事だろう。

私の足元で

「ニャー。」「ニャー。」

と二匹の猫が鳴き声をあげた。この猫達は、穀物をネズミから守る為に飼われている、頼もしい番人だ。人懐っこい性格で私やウルリヒの足にすり寄って来たので頭をよしよしと撫でてみた。

シンフィレアに食料を送る為に三つの倉を空にした。という事は残りの二つも同じ状況なのだろうか。

「いえ、あちらの倉には、1トンくらい『南海芋』も入っています。」

とカイが答えた。

「・・南海芋。」

南海芋は今年の冬、レベッカとヨーゼフがどハマりした食べ物だ。私は甘い物がそこまで好きではないし、正直胸に詰まると思ってあまりたくさん食べられなかったが、二人はアカデミーから家へと戻って来るたび、エンドレスで焼いた南海芋を食べていた。

砂糖も蜂蜜も使わなくても、使ったくらい甘い芋だったので、レベッカは何度かこの芋でパイを作って孤児院の子供達の所へ持って行った。孤児院の子供達はもちろん、レベッカの友人達の間でもこの芋を使った菓子は好評だったという。

「・・がトン。」

「お嬢様曰く、南海芋は酸性の土壌でもよく育つらしくて、領館の離れの孤児院の子達に今年の春はナスやトマトではなく、南海芋を育てるよう伝えてくれ、と言われて植え方と育て方の指示書も届いていました。」

「つまり、南海芋を増やすつもりで1トンも南海芋を買っていたのか?」

「詳しい事は、収穫祭に戻った時に話すと言われてはいたのですが。」

レベッカ達にとってはおいしいお菓子の南海芋も、原産地では救荒作物として植えられているという。

正直よくわかる。南海芋は栄養が豊富らしいしお腹にたまる。だが一番の長所は調理の手軽さにあると思う。なにせ、焚き火の灰の中に突っ込んでおくだけで良いのだ。

麦の場合そうはいかない。鎌で刈って脱穀し、粉にするだけで大変な労力だ。それに水や酵母を混ぜ、時間をかけて発酵させ、オーブンで焼く。そうして初めて食べられる。それに比べて南海芋は、栗のような味なのに火の中で爆発する事もないし皮も剥きやすい。綺麗に泥さえ洗い落とせば皮ごと食べられるくらいだ。使う労力と燃料が麦や栗とは比べ物にならない。

「育てるのは簡単なのか?」

「いえ、芋と違って、芋を直接埋めれば良いというものではないみたいですね。ただ、芋と違って芽に毒が無いので成長過程の茎もおいしく食べられるそうです。」

「それはまた、素晴らしい話じゃないか。本気で植えてみるか。」

上手くいけば、エーレンフロイト領の食料自給率を底上げするかもしれない。

もともとエーレンフロイト領では、海で海産物が、森で獣肉がとれる。穀物さえ確保できれば都市封鎖が行われても、領民を飢えさせなくて済むはずだ。

この数日悩んでいた事が解決し、私は胸をなでおろした。

領主の一番重要な仕事は領民を飢えさせない事だ。と祖父は常に言っていた。

食べ慣れないものに領民も違和感を覚えるかもしれないが、それでも飢えて死ぬよりは遥かにマシだろう。

それに米は意外においしい物だ。ブルーダーシュタット育ちのカレナがレベッカと一緒によく米料理を作っているが、チャーハンやオムスビといった料理はかなりおいしいのだ。それに米だって粉にしたらパンが焼けるかもしれない。試してみる価値はあるだろう。

すまない。レベッカ。もしも天然痘が流行して都市や国境が封鎖されてしまったらこの米を使わせてくれ。親の権力を振りかざして接収するなど、親としても領主としても最低だが、おまえが使った金は後日必ず返すから。

私は心の中で手を合わせた。

「食料が十分あるのはわかった。薬の備蓄の方はどうなっている?」

薬もかなりの量をシンフィレアに送ってしまった。必要な薬もかなり不足している事だろう。

天然痘を治す薬は無い。できるのは高熱や関節痛、筋肉痛に苦しむ患者に解熱鎮痛薬を処方するくらいだ。それとあと膿疱に消毒薬を塗るくらいである。患者の体力が持つかどうかが生死を分けるのだ。

「解熱薬にあとは消毒薬がいる。天然痘はとにかく感染力が強い病気という話だ。医学書によると、患者から剥がれ落ちたかさぶたからは一年経っても原因菌が消えないらしい。その為患者の服や寝具は全て燃やさないとならないそうだ。医療器具の消毒にも大量の消毒薬がいるはずだ。どれくらい備蓄はある?」

「解熱薬や鎮痛薬はかなりシンフィレアに送ってしまったので、あまり在庫はありません。消毒薬は・・。消毒薬って、ようするにアルコールですよね。」

「アルコールだな。」

「飲用の、高濃度の蒸留酒って医療用アルコールの代わりになったりするでしょうか?」

「もちろんなる。騎士団の行軍訓練中に怪我をしたら、ブランデーや時にはワインを消毒薬代わりにしている。」

「でしたら、大量にあります。」

「・・なぜ?」

エーレンフロイト領では、麦もブドウもリンゴもほとんどとれない為、酒造りはほぼほぼしていない。蜂蜜酒を幾らか作っているくらいだ。それは間違いない。

酒は贅沢品扱いなので、売るのも造るのも税金を取られるのだ。こっそり密造し、脱税などしていたら、もしもばれた時ごめんではすまない。しかも蒸留酒は、かなり大規模な設備がいるので、そうそう密造できる物ではない。領主である私に知られず造られている酒があるはずがない。あったら怖い。

「レベッカお嬢様が、東大陸から大量に蒸留酒を買い付けられたのです。」

「なぜっ!」

「お菓子作りに必要だからだそうです。」

「必要なのかっ⁉︎レベッカは酒の入った菓子が嫌いなのに。ワインで煮た梨やリンゴも『酒くさい』と言ってあまり食べたがらないのに!」

「菓子を長期保存させる為には、アルコールが必須なのだそうですよ。」

「そうなのか?」

「さあ、私もよくは知りませんが。」

「その酒はどこにあるんだ?」

「火気厳禁ですので、防火対策がしっかりしている領館の地下室に保管しています。」

私達は領館へと戻った。

自分達で作った菓子をすぐ食べるのなら、酒など必要無い。

長期保存が必要になるのは、菓子を販売する時だ。レベッカにとってお菓子の学校の夢は、本当に真剣なものだったのだなと思った。

もちろん自分だって、大学を作りたいというのは真剣な夢だった。しかし真剣さの度合いが違った。

そして、地下室に並んでいる大量の瓶を見て、思わず

「うっわあ。」

と声が出た。数えきれないほどの瓶が薄暗い地下室に並んでいる。

「何でできている蒸留酒なんだ?」

「2割が米で、8割南海芋だそうです。」

なるほど。酒は、糖が含まれている食材からしか作れない。南海芋の甘さなら十分酒が作れるだろう。私は一番手前にある瓶の、木でできた蓋を開けた。

「うっ!けっこうな匂いだな!」

「確かに臭いですけど。飲めばこれがなかなか、クセになる味なんですよ。」

「飲んでるのか?」

「お嬢様から飲んでもいいよ、と言われているのです。アルコール度数がかなり高いので水割りにしないと飲めませんが。」

「・・この匂いのする注射器やピンセットなぁ。」

「そんなにひどい匂いでしょうか?私は良い匂いだと思いますが。」

と、ウルリヒが言った。こいつは底無しの酒好きなのだ。

「むしろ、患者や医者がこっそり飲んでしまわないかの方が気になります。」

そう言うウルリヒは、明らかに飲んだ事のない酒に興味津々な様子である。

「館で働くメイド達に人気なのはこちらです。」

と言って奥にある一回り小さな瓶を、カイは見せてくれた。

蓋を開けた瞬間、果物の爽やかな香りが流れた。中に小さくて丸い物が無数に入っている。

「スモモ?それともアンズか?」

「東大陸固有の果物で『梅』と言うそうです。梅を酒と大量の砂糖と共に漬け込んであります。」

カイの説明によると。

砂糖の輸入量は、毎年いくらとはっきり決まっている。それを扱える商人も国に決められていて、他の商人が割り込む余地は無い。

しかし、果物を砂糖水に漬け込んだ物は『果物』扱いをされるので、『砂糖』の分類に入らないのだ。その為ブルーダーシュタットの商人の間では今、砂糖水に漬け込んだ果物の輸入の争奪戦が起きているという。

しかし、砂糖水に漬け込んでも数ヶ月経てば果物にはカビが生える。ところが、アルコール度数の高い酒と一緒に漬け込めばカビが生えない。なので、酒と砂糖に漬け込んだ『梅酒』『枇杷酒』『花梨酒』をレベッカはレーリヒ商会に頼んで輸入してもらったらしい。

それはまた、法のギリギリを攻めているな。と思った。

粉状や固形の違法薬物を輸入するのは犯罪である。その薬物を水に溶かして輸入しても、もちろん犯罪だ。

だから、砂糖を溶かした砂糖水は砂糖じゃない。という理屈は明らかにおかしい。

しかし、ギリギリ法の内側にある以上違法ではないわけだ。砂糖の輸入と販売で利益をあげている貴族にバレたらめんどくさい事になりそうだが。

「ずいぶんと、いろいろな物をレベッカはお菓子作りの為に買い込んでいたのだな。レベッカが買った物はこれだけか?それとも、他にまだあるのか?」

「あります。大量に買い込まれた物というとあと・・。」

まだ、あるのかっ⁉︎