軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生きてさえいれば

「ところで閣下は、というか医療省はいつグラハム博士が逃亡した事を知ったのですか?」

それを知らなければ、種痘についての交渉はできないし、コルネ達が専売権を持っている事もわからなかっただろう。

「博士がヴァイスネーヴェルラントに亡命した時だ。ヒンガリーラントからヴァイスネーヴェルラントへ移動するには、必ずシュテルンベルク領を通る。博士は身分を詐称していなかったので、領地の家令から報告が来た。」

「そうなんですか。」

「というのが、上に報告している表向きな理由で、本当は友人と一緒に酒を飲んだ時だ。その友人は4歳年上の伯爵家の令息で、医療省の先輩だったのだが、奥方を亡くした後冒険者に転職したんだ。『協力者』の要請を受けて犬ぞりを走らせたという冒険者は彼だ。その彼に、ここだけの話と言われて昨年末に話を聞いた。」

その人の話、覚えがある。去年、シュテルンベルク家の談話室でコンラートから聞いた。(第一ラウンド談話室の話です。)

その時ユリアとコルネも一緒にいて話を聞いていたから、彼に仕事を依頼しようと思ったのかもしれない。

どちらにしても、この話は言いふらさず胸におさめておいた方が良さそうだ。

しばらくして、窓の外を見ていたヨーゼフが

「あ、もう来た。ジーク。」

と言った。早え!たぶん、まだ20分経ってない。

それからすぐ、ジークが応接室へと入って来た。

「天然痘が西大陸に出たってね。すごいな、ベッキー。予知夢を見る事ができるだなんて、新興宗教の教祖になれるんじゃないか。その時にはぜひとも僕を、経理係に任命してくれ。」

なりたくないわっ!

というか、信仰と崇拝の対象になれるのは良い予言を当てられる人であって、悪い事を当てる奴は、弾圧の対象にされるだろうが!

「『種痘』の緊急輸入が決まった。君にも取り寄せてもらいたい。専売の権利を持っているのだろう?」

と伯爵がジークに言った。

「ええ。アルト同盟のブルーダーシュタット支部が6割、コルネが2割、僕が2割持ってます。」

つまりコルネとジークは個人で全体の2割の金を出したのか。どれくらいの額か知らないがけっこうな額なんだろうなあ。

「今から私は医療省員と共にブルーダーシュタットに行きアルト同盟とも話をして、買い付けをする。君も一緒に来い。」

「ほーい。」

とジークが答える。

「一刻を争う状況だ。すぐ出発する。家族に連絡だけ入れておけ。」

「あ、大丈夫でーす。うち、そういうのは気にしない家なんで。そもそも、父親がどこにいるのか本気で知りません。全てのしがらみから解かれて一人になりたい、という気持ちにすぐなる人なんで、僕にも継母にも内緒でしょっちゅう消えるんです。」

「・・・。」

息子を溺愛しているシュテルンベルク伯爵には理解できない家なのだろう。心の底からげんなり・・という顔をしておられる。

「コルネ様も、ブルーダーシュタットへ行くのですか?」

と背後に控えていたドロテーアが聞いた。

「無理無理。」

とジークが、手をひらひらさせて言った。

「最短距離を馬でかっ飛ばして行くんだよ。風呂にも入らずろくに睡眠もとらず、山の中の獣道を突っ切るんだ。ついて来られるのかい?」

「無理です。」

とコルネは言った。コルネもエリーゼ様主催の乗馬クラブに入っているが、最近になってやっと一人で常歩ができるようになってきたレベルだ。競馬のジョッキーみたいな走りは無理だろう。

というかジーク様はギャロップができちゃうのね。すごいわー。

「ベッキー、馬用に人参かリンゴがあったらくれ。ブルーダーシュタットまで全力で走らすなら、糖分のあるものも食べさせてやりたい。」

「人間用の携帯食も用意しますから、少し待ちなさい。ジーク。」

とお母様が言った。ゾフィーと話をしながら、お母様は応接室を出て行った。

「ジークさんにも、専売権の放棄の話をちゃんとしなさいよ。」

とリーリエ様が伯爵にささやいていた。

「別に、あいつが吊し上げられても、私は一向にかまわないのだけどな。」

「コンラートに縁を切られたいの?道中、喧嘩とかするんじゃないわよ。あなたも、もう大人なんだから。」

リーリエ様はそう言っているが、言ってる内容は子供扱いだ。姉と弟というものは、何歳になってもそういうものなのだろう。

できる事なら私も、無事これくらいの年齢になって、ヨーゼフと二人こんな軽口を叩きあいたいものだ。

「リエ伯母上、メグ叔母上。王都の屋敷を頼みます。」

とコンラートが言った。

確かに、今国境をまたいだ旅はしない方がいいだろう。どこで天然痘に感染するかわかったものではないし、おまえが持ち込んだ!と濡れ衣をかけられたりしたら大変だ。

「コンラート。おまえはブルーダーシュタットに行く必要は無い。王都に残りなさい。」

と伯爵が言った。

「当主と後継者は一緒に動かない方がいい。おまえは残るんだ。」

「種痘が手に入るなら、感染の危険は少ないでしょう。国家の非常の時なのです。今は家がどうのと言うべき時ではありません。私も行きます。」

立派な事を言っているけど、ジークと伯爵が一緒に旅をするのが心配なだけではないだろうか?

伯爵はジークを嫌っているし、長時間一緒にいると正体がバレる可能性も高くなるしね。

「連れて行ったら。後から勝手に追いかけて行ったら厄介よ。私やリエ姉では引き止められないもの。」

とマルガレーテ様が言ったので

「わかった。」

と伯爵はため息をつきつつ言った。

「・・こんな事言ってる状況じゃないってわかってるけど・・ちょっと海が見たかったな。」

とコルネがつぶやいた。

エーレンフロイト領に行く話もなくなったし、ブルーダーシュタットにも来なくてよいと言われて、ちょっとだけ残念なのだろう。

コルネはエーレンフロイト領への旅に向けて、青い絵の具をたくさん買っていたのだ。

「生きてさえいれば、海はいつか必ず見に行けるよ。」

とお父様がコルネに言った。その通りだ。生きてさえいれば。

そして必ず。この、西大陸を襲う未曾有の危機を生き残りたい。みんなと一緒に!

心の底からそう思った。