作品タイトル不明
真冬のお菓子作り(2)
という事で、まずクッキー作りが始まった。
セナがバターを白くなるまで泡立て器で練って、カレナが粉をふるう。
その横で私はすり鉢とすりこぎで、紅茶を細かくすった。使う紅茶は、我が家にある紅茶で一番安い奴だ。万が一おいしくなくても、残念でないようにだ。
「お嬢様。そんな激しい勢いですってたら火が点きますよ。」
とセナに言われた。
そんなバカな事あるかい!
と思うが、摩擦熱が高くなると紅茶の風味が落ちそうな気がした。
私は、紅茶をするスピードを少し落とした。
私の頑張りのおかげで紅茶はあっという間にコナコナになった。
「すごくいい香りがしますー。」
と一緒について来たユリアとコルネが褒めてくれる。
セナが作った生地を三等分に分け、紅茶を少なめ、普通、多めに入れた。
「何か、ゴミが混ざり込んだような見た目ですね。」
と、セナが嫌な事を言う。でも、すでにこの状態でも香りは良い。冷暗所で30分寝かせている間にオーブンに火を入れた。
1時間も経たずに、クッキーは完成した。
「うわー、とても紅茶の良い香りがします。」
ユリアとコルネが目を輝かせた。
「どれ。」
と言って、セナが『普通』のクッキーをかじった。
「香りがいいですね。食感も普通のクッキーと同じです。味は、それほど紅茶!って感じは無いですね。もうちょっと渋くなるかと思ったけれど。」
そう言って『少なめ』と『多め』のクッキーも食べる。
「おっ!やっぱり多いと紅茶の味がけっこうするかな。香りは少なめでも十分ある。」
「私達も食べよ。」
と私はユリアとコルネ、カレナに言った。
「おいしい。」
「いい匂い。」
とユリアとコルネが言った。
「どれもそれなりにおいしい。」
と私が言うと、セナが
「私的には『普通』か『多め』ですね。少なめだと、ちょっと見た目のゴミ感が・・・。」
セナの中では、どうも見た目がアウトの菓子だったようだ。
「まあ、でも奥様に決めてもらいましょ。ちょっと持って行ってきます。」
と言ってセナは三種類のクッキーを二枚ずつ皿に乗せて持って行った。残ったクッキーをキッチンメイド達が遠巻きに物欲しそうに見つめていたので
「みんなで分けて食べよ。」
と呼びかけた。キッチンで歓声があがった。
お母様とゾフィーがそれぞれ食べた結果、この菓子を即売会に持って行く事が決定した。紅茶の量は『普通』が良いだろうとの事だった。
セナがクッキーを、カレナがバウムクーヘンを作るようにと指示が出た。茶葉は一番高い物を使うように、との事だった。
一生懸命卵を泡立て、バウムクーヘン生地を作ったカレナと私、ユリアとコルネは外の焼き場に出た。
バウムクーヘンを気に入ったお母様が、キッチンのすぐ外にバウムクーヘン専用の焼き場を作ってくれたのだが、当然外なので壁も屋根も無い。この寒風吹きすさぶ中で1時間くらいかけてバウムクーヘンを作るのは、まあまあ辛い。
「うおお、寒い!カレナ、大丈夫?」
「火を点けたら暖かくなりますわ。真夏の炎天下の方がきっともっと辛いですわよ。」
「そりゃあまあ、そうだけど。」
「それにシンフィレア国の方達の事を思うと・・。私の幼馴染がシンフィレアにお嫁に行ったんです。王都ではなく、小さい島の方に住んでいるらしいのですけれど。でも、無事でいるのか心配です。」
カレナが不安そうに言った。
「本当に。島の方は大丈夫なのかしら?」
「心配ですね。島の方。」
ユリアとコルネがしみじみと言う?
何で?
君達もシンフィレアの島の地域の方に知り合いでもいるの?
と聞こうと思ったら、急にユリアが話題を変えた。
「さっき奥様が『他にも興味深い情報があったら教えてね』と言っておられましたけれど。」
「うん。」
「東大陸で最近『南海芋』と呼ばれる芋が流行っているそうです。芋と名がつきますけれど、現実には芋とはまるで違う種属らしいのですけれど。」
ヒンガリーラントで『芋』と言えば、ジャガイモの事だ。それ一択であり他に芋は無い。里芋や長芋、タロ芋やキャッサバ芋という芋は売られていない。
「元々は、南海地方の一地域で食べられていたそうですが、究極の救荒作物と呼ばれていて、東大陸で今栽培が盛んになっているそうです。
痩せた土地でも育つ上、栽培も収穫も調理も比較的楽。大量に採れますが栄養価がとても高いそうです。その芋は、マロングラッセみたいな味と食感なのだそうです。本当に何もしてないのには砂糖に漬け込んだかのように甘いそうです。なので、東大陸では貧しい庶民が甘味として食べているそうです。」
それって、もしかして・・・?
「ユリア。その芋って何色なの?」
「皮はレンガ色で、実は栗のような黄色と、ブルーベリーみたいな紫色の物があるそうです。」
間違いない!それは、きっとサツマイモだ!
「東大陸でも、原産地の南東諸島でも『貧民の食べ物』と言われているらしいので、ベッキー様にお勧めするのはためらっていたのですが、栗と同じような味ならお菓子作りに使えるのではないかな、と思ったんです。」
「絶対使える!食べてみたい。領地で植えたい!」
エーレンフロイト領の土地は、土壌が酸性寄りで、麦や野菜の栽培にあまり向いていない。だが確かサツマイモは、酸性の土壌でもおいしくできたはずだ。
というか今。私の心は焼き芋の記憶でいっぱいだった。あのおいしい食材が『貧民の食べ物』だなんて失礼過ぎる。ああ、焼き芋食べたい。
文子の頃の思い出に浸りつつ、とりあえずバウムクーヘンを焼き始めた。焼き場は広めなので、二本同時に焼けるのが嬉しい。
一本は紅茶味、もう一本はほうじ茶味にした。
「シンフィレアの王都も寒いのかなあ?」
私は焚き火にあたりながらつぶやいた。
「標高が低い分、ここよりは暖かいかもしれませんが、でも緯度はほぼ同じらしいですので、寒いのではないでしょうか?」
とユリアが答える。
「少しくらい暖かくても、冬に野宿は辛いですよ。」
とカレナが言うと、コルネが
「そもそも野宿は夏でも辛いです。」
と言った。コルネは、夏に家出して橋の下で野宿をした経験があるのである。
バウムクーヘンを作るのは久しぶりだったが、上手に焼けた。真ん中の綺麗な所を売りに出す事にし、端っこの方は私達のおやつになった。
焼いたバウムクーヘンを食べているとお父様が戻って来た。どこかに出かけているな、と思っていたが王宮に呼び出されていたらしい。
「海岸沿いに領地を持っている領主が、呼び出されたんだ。」
とお父様は言った。
「シンフィレアに食糧と医薬品を送ることになった。戦争や災害が起こった時の為に備蓄していた穀物を送る。送った分の穀物の代金と運送費は王家が出してくれるそうだ。」
「まあ、そうですか。」
とお母様はおっとりと言ったが。私はバウムクーヘンに刺していたフォークを落としそうになった。
「シンフィレアの人達が困っているのはわかるけど、もしも領地で災害とか起きたらどうするの⁉︎」
私の問いにお父様が答える。
「全部を送るわけじゃないよ。それに、来年の春になれば新しい麦がとれる。西大陸全体でも、今期の麦の成長は順調でかなりの豊作になりそうらしい。だから大丈夫だよ。」
大丈夫じゃないぃっ!
さっきも書いた通り、エーレンフロイト領は麦があまり育たない。なので、農業が盛んな外国から輸入しているのだ。
もしも春が来る前に天然痘が流行したら、流行した国としてない国の間の国境は封鎖される。
そうなったら、麦の輸入が出来ない。
過去世で、エーレンフロイト領でけっこうな数の餓死者が出て、変だなとは思っていたんだ。
エーレンフロイト領は、トゥアキスラントと国境を接しているけど、トゥアキスラントは血の気の多い国民性で過去にヒンガリーラントと何度も戦争をした。その度にエーレンフロイト領は最前線基地となる。だから、国中から集められた軍隊と領民を飢えさせない為、相当量の備蓄食糧を普段から蓄えていたはずなのだ。
だけどきっと、過去でもシンフィレアに食べ物と薬を送ってしまっていたんだ。それで結局、食べ物が足りなくなってしまったんだ。
どうしよう。
春が来る前に天然痘が流行する、と言っても信じてもらえるわけがないし、それにシンフィレアの人達が今現実にすごく苦しんでいるのに見殺しにしろとは、とても言えない。それにシンフィレアへの援助は王命だ。逆らう事はできない。
私は
「そうかー。じゃあいっぱい送ってあげないとね。」
と口では言って、その後自分の部屋に駆け戻った。
机の上の『黒豚様』を持ち上げてみる。体重はずしりと重い。その横にいたピンクの豚様も持ち上げてみた。こちらの豚様にはアルト同盟の『琥珀貨』をはじめとする、外国の硬貨が入っていた。
私は二匹の豚を抱えて、ユリアの部屋に行った。ユリアは机に向かっていて手紙を書いている最中だった。『南海芋を買って送って欲しい』と、実家に手紙を書いているのかもしれない。
「ユリア。頼みがあるの。」
「何でしょうか、ベッキー様?」
「米を買って欲しいの。できるだけたくさん。」
「お米ですか?」
「うん。国立大学の農学科が『水蜜』を発表するでしょう。私、『水蜜』はすごく売れると思う。そうしたら、米と大麦がたくさん売れる。国立大学が提携している農家に頼んで作ってもらっている以上に売れると思う。そうなると、お米が欲しくても手に入りにくくなると思うんだ。お菓子の学校を作るのに『水蜜』が無かったら話にならない。だから、農学科が『水蜜』の存在を発表する前にたくさん買って来て欲しいの。将来価値が上がって確実に値上がりする物を、安いうちに買い占めるなんて卑怯だと思われるかもしれないけど、でもお菓子の学校はお父様と私の夢だから。」
本当は違う。お米を買い付けたいのは伝染病対策の為だ。嘘をついているのがやましくて、ユリアの目が見られなかった。
「卑怯だなんて思いませんわ。売りたい人から物を買って、必要としている人に高く売る、というのが商売です。今の時期なら南東諸島の冬刈りのお米が手に入るはずです。南東諸島では、夏刈りと冬刈りの年二回お米を作っていますから。」
「そうなの。良かった。じゃあ、このお金で買えるだけ買って。もち米でなくても、短粒米でも長粒米でもかまわない。もし手に入るなら大麦も。」
そう言って私は、豚のぬいぐるみをユリアに渡した。
「重いですね。一つの国中のお米が買えちゃいそうです。」
「それは、ちょっと・・。南東諸島の人達が飢えるような事になったら、それはさすがにまずいから。」
「わかってます。どのお米で作った『水蜜』が一番おいしいかを確認する為にも、いろいろな地域のいろいろな品種の米を買います。お米もよりおいしく、よりたくさん、より病気に強い物が出来るよう農家の方々が毎年のように研究して品種改良しているのですよ。おいしいお米をいっぱい買ってきてくれるよう頼んでみます。」
「ありがとう、ユリア。」
そのお米が届くのが、伝染病が来るのより早いと良いけれど。
私自身が感染、発症したのは夏の終わりか秋の初めくらいだったと思う。つまり、その時期に王都で流行り出したという事で、海沿いの港町ではもっと早くに流行ったはずだ。都市封鎖や国境封鎖がいつ起こるかがわからない。それこそ明日起こるかもしれないのだ。そう思うと1秒でも早く!と気が焦った。
窓の外に雪が降っていた。
シンフィレアの人達にとって、この寒さは地獄だろう。
だけど、ヒンガリーラントにも地獄の状況が迫っている。体が震えた。それは寒さだけが原因ではないはずだった。