作品タイトル不明
クレマチスの塔(3)(カーテローゼ視点)
すっかり日が暮れました。
ドアの下に、まるで猫の通り道のような横に細長い穴があって、そこから炎の灯ったランプが差し入れられました。
炎を見ていて思いました。
薪は足りるかしら?
私はアイヒベッカーの館に引き取られてからお風呂に入った事がなくて、いつも濡れた布で体を拭くだけでした。
なのに、今日初めてお風呂に入れられました。私がお湯を使った分、余分に薪を使ったはずです。だったら、薪割りをしておかないと。
食事の支度をするのに薪が足りなかったら、奥様に怒られてしまいます。どうしよう?と不安になりました。
考えているとノックがして、私はビクッ!と飛び跳ねてしまいました。
鍵の開く音がしてドアが開き、女の人が布団を持って入って来ました。ドアの外には剣を持った騎士がいて私が外に出ないように見張っています。
女の人が持って来たのは、羊毛の敷布団と羽毛の掛け布団、そして枕でした。
こんな豪華なお布団を使わせてもらえるなんて、まるで高貴なお客様のようです。元々ブランケットがあったのでそれで十分だと思っていたのでびっくりしました。普段は暖房の無い屋根裏部屋で、もっとぼろぼろのブランケットを使って寝ているのですから。
「ありがとうございます。」
と言うと、女の人はペコリと黙礼して出て行かれました。
その後すぐ。さっきランプが入れられたドアの下から、食事ののったトレイが差し入れられました。
はしたない事ですが、私はごくりと唾を飲み込みました。干し葡萄の入った白いパン。腸詰の入った、根菜のスープ。それに大きなリンゴが一つついています。
こんな豪華な料理食べてもいいのでしょうか⁉︎
いつも食べている食事は使用人と同じ、石のように固いパンと野菜くずの浮いたスープです。
パンが固いのは、何日も前に焼かれたパンだからです。夏場だとカビが生えている事もあるので、そこを削って食べています。
野菜のスープはスープを作った後野菜を全部取って、干して、また再利用します。なので、野菜のカケラしか入っていません、野菜の味がするのも一回目だけです。二回目以降は塩の味しかしません。
カブにニンジンにタマネギがこんなに豪華に入っているスープなんて、私が食べても良いのでしょうか?
私はしばらく、そのトレイを見つめていました。その時、廊下の向こうのどこかの部屋から
「こんな、家畜の餌のような物を私に食べろと言うのか⁉︎」
という怒鳴り声が聞こえてきました。
・・コレが家畜の餌?そんな良い物を家畜が食べているのですか?
そう思った後、ハッ!としました。
誰かが、今発言した人と私のトレイを間違えたのかもしれません!
きっとそうに違いありません。
私はドアの外に向かって
「・・あの、食事が間違っていると思いますが。」
と呼びかけました。でも、何の返事もありません。
「あのー・・・。」
どうしようと、困ってしまいました。
これを食べたら、とても怒られてしまうかもしれません。でも、他に食べる物がないし。
それに正直、久しぶりに食べるリンゴや腸詰が食べてみたくてたまりませんでした。
一回だけなら許してもらえるかしら?
ごめんなさい!
私は心の中で謝りながら、スープを一口、口に運びました。よく煮込まれたカブが口の中でとろけていきます。
パンはびっくりするくらい柔らかかったです。小麦と干し葡萄の香りだけでなくバターの香りもします。
そしてリンゴ。
一口かじると甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり、リンゴの香りが鼻に抜けていきました。
メレディアーナ様達と一緒に、リンゴ園の側で暮らした思い出がよみがえってきました。
「おいしい。」
とつい、つぶやいてしまいました。
今ならさっき質問をしに来られた女性に
「好きな食べ物はレーズンパンと、根菜のスープとリンゴ。」
と答えられるのに、と思いました。
夜になって、私はベッドの上で布団にくるまっていました。
ネズミさんの足音が全然聞こえてこないなんて不思議?と思いました。
その代わり聞こえてくるのは、誰かがすすり泣く声です。女性だけでなく男性の声も聞こえてくるような気がします。
私もたまらなく心細くなりました。
『反逆罪』という言葉を思い出して不安で怖くて、心臓がバクバクと音をたてました。それでも温かい布団はとっても気持ちが良くて、いつの間にか私はぐっすりと眠り込んでしまいました。
次の日私は、いつもの通り夜明け前に目が覚めました。
水を汲みに行かなくちゃ。今日は天気が良いみたいだから、エレナローゼ様のドレスと私が着たドレスを洗わないと。
そう思って飛び起きて、ここがアイヒベッカー家ではない事を思い出しました。
朝ごはんも昨日の夕食と変わらないくらい豪華でした。
クルミの入ったパンに、ベーコンが添えられた目玉焼き。それにリンゴが一個です。昨日の夕食は間違いだったのではなく、これが普通なのかしら?と不思議に思いました。
私はする事もなくぼんやりとしていました。普段なら、洗濯をしたり、お庭の手入れをしたり、しなくてはならない事は次から次へとあるのに、こんなふうにぼんやりできるなんて、いったいいつ以来だろうと思いました。
時計が無いので正確な時間がよくわかりませんが、お昼頃にまた、部屋に三人の人が入って来ました。
筆記具を持っていた人と剣を持っていた人は昨日と同じ人で、先頭にいた人は女性ではなく初老の男の人でした。
昨日と同じような事を違う言い方で聞かれました。
昨日の女性と違って、難しい言葉を使われたりするので、昨日よりも答えられない事がいっぱいありました。
それでも、私は勇気を持って聞いてみました。
「私は、反逆罪で捕まったのですか?」
「質問した事だけ答えるように。」
ピシャリとそう言われて私は俯いてしまいました。
そして、二日目が終わりました。
三日目はただ食事が差し入れられるだけで、誰も訪ねて来ませんでした。
四日目になって。私はする事がなくて時間が経たなくて部屋の中をうろうろと歩き回っていました。
仕事をしても仕事をしても、仕事が終わらなくて怒られるのは辛かったのに、何もする事がないというのもこんなに辛いのか?と思いました。座り込んでぼーっとすると、恐ろしい考えばかりが心の中に浮かんできます。
そんな時でした。
ドアをノックする音が聞こえてきました。
その直後鍵が開く音がして、ドアが開きました。剣を持った騎士が立っていて、その後ろに女の人が立っていました。40代半ばくらいの年齢でしょうか。半分くらい白くなってしまった栗色の髪に空色の瞳の女性でした。初めて会う女性です。
女性と騎士が部屋の中に入って来ました。
「こんにちは、カーテローゼさんですね。」
「・・・。」
「私の名前は、バルバラ・クリューガーといいます。弁護士をしているの。貴女への面会をアイヒベッカー卿に依頼されてここに来たの。」
「・・侯爵様のお知り合いですか?」
「いいえ。私の依頼人は、アロイス・フォン・アイヒベッカー卿です。貴女に会って、話を聞いてきて欲しいと頼まれました。」
とバルバラさんは言われました。
「こちらの椅子に座ってもいいかしら?」
「はい。」
「貴女も座ってちょうだいな。ねっ。」
「はい。」
「『弁護士』って、どういう仕事なのか知っているかしら?」
「いえ、すみません。」
「謝らないで。なんでも聞いてくれていいし、むしろいろいろ聞いて欲しいの。まずね。弁護士というのは、役人に捕まってしまった人の話を聞いて、どうしたらいいのか一緒に考えたり、お役人やお役所に代わりに意見を言いに行ったりする人の事なの。」
「あの・・・。」
「んっ?何、何?」
「私が役人に捕まったって事・・アロイス様は知っておられるんですか?」
「うん、そうよ。カーテローゼさん。実はね。貴女と貴女のお姉さんだけでなく、ご家族全員が逮捕されたの。だから親戚の皆さんには連絡が入ったのよ。」
「そうですか・・。」
「アロイス卿は、貴女の事をとても心配されているわ。カーテローゼさん。逮捕されてから今まで、暴力を振るわれたり、嫌な気持ちになるような体の触られ方とかしてない?」
「いえ、ありません。」
「ご飯はちゃんと食べれてるかしら?ご飯はおいしい?」
「はい、すごくおいしいです。とっても豪華で温かくて、パンもふわふわで。とてもおいしいです。逮捕された人って、こんなおいしい物が食べられるんだ、ってびっくりしました。」
私がそう言うとバルバラさんはにっこりと微笑まれました。
「それはね。アロイス卿が司法省にお金を払っているからよ。本当は、最低限の食べ物や水、お布団しか逮捕された人には渡されないのだけれど、家族や親族がお金を払ったら豪華な食事や温かいお布団を出してもらえるの。」
「そうだったんですか⁉︎」
「ちなみに、ご飯や布団がアップグレードした人ってカーテローゼさんと、アーレントミュラー公子だけなのですって。他の人達は、ご家族が支援をしなかったみたい。アーレントミュラー公子を支援しているのも、従姉妹のブランケンシュタイン公女なのだそうよ。」
「エレナローゼ様は、違う物を食べておられるのですか?」
「そうよ、ガッチガチのビスケットと水、あとたまに干し魚とかが出るかな。ふふ、私詳しいわよ。なぜなら昔、収監されていた事があるから。」
ふふふふふ、とバルバラさんは声を出して笑われました。
「私・・アロイス様に憎まれているのだと思っていました。」
「どうして?」
「どうして・・って、そう聞かされていたから。」
「そうか、そうだったんだ。それは辛かったね。でも、アロイス卿は貴女の事を全然憎んでなんかないわよ。むしろ家族として、とても大切に思っているわ。だから、私にここへ行って欲しいと頼まれたの。」
「・・そうなんですか。」
「他に何か知りたい事はない?何でも聞いてちょうだい。」
「あの、私は・・反逆罪で捕まったのですか?」
そう聞くと、バルバラさんは真剣な顔をされました。
「そうです。正確には貴女のお姉さんが反逆罪で捕まって、貴女はその罪に連座させられたの。あとそれと、エーレンフロイト侯爵令嬢に対する陰謀罪、あとルートヴィッヒ王子を陰謀に巻き込もうとした罪もね。」
やっぱりそうだったんだ、と思って目の前が真っ暗になりました。もしかしたら、役人の方の勘違いかもしれない。本当は違う罪なのかもしれない。と考えたりもしていたのです。でも、間違いなく反逆罪だったんです。
「大丈夫?」
とバルバラさんに聞かれました。
「怖いです。」
と私は正直に言いました。
「死ぬのが怖いんじゃありません。むごたらしい目に遭うのが怖いんです。以前、奥様に逆らった平民の方が、それはむごい方法で殺されたという話を聞きました。だったら、王様に逆らったらもっとむごい目に遭わされます。怖いのは嫌。痛いのも嫌。怖くて、怖くて・・。」
「そうね。うん、そうね。」
と言ってバルバラさんは私の手を握りしめてくださいました。
「私は、貴女がそんな事にならないよう力になりたいと思ってここへ来たの。どういう結果になるかを決められるのは国王陛下なので、絶対確実な事は言えないけれど、それでも力を尽くしたいと思ってる。その為の切り札もアロイス卿から聞いているの。だから、今は心を強く持って。自殺してしまおうとか、そういう事は考えないで、私もアロイス卿も、出来うる限り力になるから。」
バルバラさんは、そう言ってくださいました。握りしめられた手が、とてもとても暖かかったです。