作品タイトル不明
事件(2)
「あの、聞きたい事があるのですけれど!」
「何でしょうか?」
「私、この前図書館で、ハンドベルを失くしたんです。誰か知りませんか?」
「いえ、見てませんが。」
と、司書さん。
「・・ハンドベルを失くした?」
ピキっと冷たい声で、コンラートが呟いた。しまった。コンラートの前で言ったのはまずかった。ハンドベルは、コンラートからのプレゼントで、決して安くはなかったのだ。
「それは、いつ頃の事でしょうか?」
と、司書さんに聞かれる。買ってもらったハンドベルを、図書館の隠し部屋にこっそり置いたのは、買ってもらった次の日の事だ。
しかしコンラートの前で、買ってもらった翌日だと言う勇気はない。
「ええ・・と、いつだったかなあ。ともかく。どこを探しても無かったから、絶対ここで失くしたんです。」
「わかりました。気にかけておきます。」
と、絶対に気にかけそうにない口調で言われた。まあ、私が司書さんでも「図書館に楽器を持ってくるな。」とは思うけどさ。
しかし、本題はここからだ。
私は、壁を指さして言った。
「この壁の向こうから、ハンドベルの音がします。」
・・・。この場にいる人間が、私以外皆ポカンとした顔をした。
「壁の向こうから、ハンドベルの音が聞こえるんです。だからこのドアを開けてください!」
「姫君。このドアは壁に描かれた絵です。ドアは開きません。」
「でも、ハンドベルの音がするんです。本当に開かないか確認させてください。」
「ベッキー。ハンドベルの音なんか、私には聞こえないぞ。」
と、コンラートが言った。その通りだ。本当は私にも全く聞こえない。けど、こう言って押し通すしかないのだ。
「年をとると人間は、高い音が聞こえにくくなるらしいよ。」
「君は私が年寄りだと言いたいのか。」
・・芳花妃様をお救いする為とはいえ、コンラートの私への好感度が犠牲になっていく。
「絶対、音がしてるんです。大事なハンドベルなんです。見つからなかったら困るの!だから、木箱をどけてください。ドアが開かないか試させてください。木箱は、元の場所に戻しておくから。」
私が言葉を発するたびに、私への周囲の好感度がだだ下がっていると思う。自分でも言ってて思うもの。わがままなおガキ様だよなぁって。
「アーベラ。木箱を動かしてみよう。そちらを持ってくれ。」
と、コンラートが溜息をつきつつ私の護衛騎士のアーベラに言った。しかし、2人で抱えようとしても木箱は動かなかった。
「本を少しどけましょうね。」
とアーベラが言った。司書さん達も、本を木箱から出し始めてくれた。
木箱から出した本を床に置くわけにはいかず、少し離れた場所の机まで運んだ。一冊一冊、かなりの重量があるので結構な手間だ。この木箱と中の本をどこから持ってきたのか知らないが、ここに持ってくるのも大変だったのではないか?先刻の集団がそれをやっているところを想像し、その暗い執念に気持ちが悪くなった。
そこに!
突然、ルートヴィッヒ王子が図書館に駆け込んできた。
「誰か!母上を知らないか?」
全員が作業を止め、臣下の礼をとったので、私も慌てて頭を下げた。びっくりした!いきなり登場されると、心臓が恐怖で不整脈を起こしそうになる。
「・・先程王太子殿下とお越しになりました。」
と司書さんの1人が言う。
ルートヴィッヒは、図書館内を見回した。
「それから、どこへ行ったのだ?」
「申し訳ありません。王太子殿下が人払いをされたので、わかりません。」
「全然わからないのか⁉︎どちらの方角へ行ったとか?」
「・・・申し訳ありません。我々は廊下を挟んだ向かいの部屋に行きまして・・王太子殿下が、出て行かれたのは見たのですが。」
途端に。
コンラートとアーベラが木箱から本を出す作業を再開した。先刻の3倍速のスピードで。
司書さん達も木箱の側に走り寄る。誰もがルートヴィッヒ王子をガン無視して。
「・・?」
王子と王子の護衛騎士っぽい人と、私だけが状況をわかっていなかった。
「どしたの?みんな⁉︎」
「ベッキー!ハンドベルはな。ウインドチャイムと違って、自然には鳴らないんだ。自然に鳴ったら怪奇現象だ。」
「・・そうだね。」
「この壁の向こうから、ハンドベルの音がするという事は、壁の向こうに誰かがいてハンドベルを鳴らしてるんだ。ベッキーが言ったように壁の向こうには、隠された部屋があるのだろう。そして、この図書館に来られた芳花妃様が今、行方知れずになっておられるのだ。」
「母上が、この壁の向こうにいるというのか⁉︎母上は大丈夫か!」
「ハンドベルが鳴り続けている限りはご無事のはずです。」
「ハンドベルの音なんか聞こえないぞ!」
「ベッキー!ハンドベルの音はまだ聞こえているのだよな?」
「・・・。」
ここは、うかつなセリフをうっかり言ってはいけない局面だ。どうする、私?
タラタラと内心汗をかいていると
「どうなさったのですか?」
と言いつつ、誰かが図書館に入って来た。司書長だ。
「司書長殿。この壁の向こうには部屋があるのですか?」
と、コンラートが聞いた。
「ありますが、今は何にも使っておりませんよ。」
と、司書長は首をかしげながら言った。
「コンラート!そちらを持て。」
王子が木箱を掴んだ。コンラートと2人で力を込めると重量の減った箱は持ち上がってドアから離れた。
ルートヴィッヒがノブをつかもうとしたが、このノブは壁に描かれた絵だ。ガッ!という音だけが響く。
「司書長。どうやって開けるのだ?」
司書長が進み出てきて、下の飾りの部分を触る。カチャっと音がして、絵のドア部分が動いた。
その瞬間。
リンリンリンリンリーン!
大音量で、ハンドベルの音が響き渡った。
部屋の中で、ルートヴィッヒ王子によく似た顔の美しい女性が、両手でハンドベルの柄を持ってベルを鳴らしていた。美しくて品のあるドレスを着ているが、あまり温かそうな服ではなく、女性は寒さのせいか、それとも恐怖のせいか、唇まで真っ青になっていた。
「母上!」
「・・・あ。」
と言って、女性は涙で潤んだ瞳に安心したかのような笑みを浮かべた。と、同時に崩れ落ちるように倒れる。ルートヴィッヒが「母上!」と叫んで、女性の身体を支えた。女性の手からハンドベルが落ち、床にぶつかった。
カシャーン!という音をたてて柄とベルの結合部が折れ砕けた。
「あーっ!」
と大きな声をあげた私の口を、コンラートが、がばっと手で塞いだ。
「諦めろ。ハンドベルは、また買える。」
「医者を呼んでくれ!母上は妊娠しているんだ。」
ルートヴィッヒが叫んだ。
数人の司書が図書館を猛スピードで飛び出して行った。足の裏が後頭部にくっつくかのような走り方だった。
「妃殿下、お気を確かに!」
「妃殿下に水を。」
「何かお体にかけるものを。」
残った司書さんに司書長さん。ルートヴィッヒ王子の護衛騎士らが大騒ぎをしている。
その横で私は無言だった。まだ、口を塞がれた状態だったので。
「ベッキー・・・。」
コンラートが私の口を押さえたまま、小声で言った。
「今日は帰ろう。その方がいい。」
こくこくと、私はうなずいた。コンラートが私の口から手を離してくれたので、「ぷはっ。」と、私は息を吐き出した。
そして、そのまま。フェードアウトしようとする私達。
司書長が、はっ!と気がついて言った。
「お待ちください。小伯爵様。エーレンフロイト姫君。」
嫌だ。待ちたくない。このまま見逃してくれい。
「わ・・わたくしも何が何だかよくわかっていないのですが・・ここは王宮内です。ここで起きたことを、外部でお話しになりませんよう。」
つかえつかえ、司書長が言う。
「わかりました!」
と、私は大きな声で返事した。
「絶対言いません。誰にも言いません。親にも言いません!ではっ。」
私は、そのまま出口へ直行。コンラートとアーベラも一緒だ。ルートヴィッヒ王子が「レベッカ嬢!」と言ったような気がするが、多分幻聴だ。幻聴に決まっている。幻聴であってほしい。
私達は、早足で馬車置き場まで戻った。毎日通っている為、顔見知りになりつつある見張り番の近衛騎士さんが変な顔をしている。きっと、普段より帰る時間がはるかに早いからだろう。もしかしたら、図書館の大騒ぎが聞こえていたのかもしれないし。
「じゃあ、コンラートお兄様。さようなら。元気でね。また会う日まで。どうかお達者で。」
「待て・・。エーレンフロイト邸へ私も行く。」
と言って、コンラートはうちの馬車に乗り込んできた。
「状況を侯爵夫婦にお伝えしておくべきだが、よく理解していない君では説明ができないだろう。私の口からお伝えする。」
「えっ。でもさっき、親にも言いませんって言っちゃったんだけど。」
「そんなわけにはいかないだろう。ベッキー。妃殿下が妊娠しておられるのだとしたら、これは王室への反逆罪だ。私達はその証人になってしまったんだ。」
「反逆罪?」
「お腹の御子にもしもの事があれば、犯人は王族を殺した事になる。あのような状況になったのは、芳花妃様が何かうっかりしたとか、失敗したとかではないという事はわかるだろう。原因は他にある。」
「うん。・・とゆーか、知りすぎてしまった者には死を、とか、まさかならないよね。」
「なるかもしれないぞ。対処方法を誤れば、家門を滅ぼす事になるかもしれない。それだけの方々が関わる事を知ってしまったんだ。」
私は頭を抱えた。元々は、誰にも知られず、芳花妃様にさえ気づかれないようにこそーっと芳花妃様を助けてあげようと思っていたのに、大変な騒ぎになってしまった。失敗した。
「ベッキー。当分の間図書館の周辺は騒がしくなるだろうから、図書館には行かない方がいい。読書がしたいのなら、我が家の本をいくらでも貸してやる。流行り物の小説とかは無いが、医学や歴史の本はかなりの数が揃っているんだ。それに、読みかけで続きが気になっているという本があるなら買えばいい。エーレンフロイト家の財力なら、本の100冊や200冊購入しても何という事もないはずだ。」
「うん。もう図書館は行かない。」
目的は達成した。だからもう、行く必要がないのだ。それに・・・。
「怖かったから。・・あの方が。だから行かない。もう会いたくない。」
私は王太子のガラスのようにうつろな瞳を思い出した。死んだ魚の目だって、もうちょっと光を反射するだろう。
何となく、人を殺そうとした直後の人って、もっと興奮して目をギラギラさせているものだと思っていた。だから一層不気味だった。
多分あの人は、罪の意識も良心の呵責も感じていなかった。私には全く理解できない人だった。
あの人が次の王様になると思うとぞっとした。
芳花妃様が助かったから、ルートヴィッヒ王子は王太子になろうとはしないだろう。
そんなふうに現実を変えてしまった事が、良い事だったのか否か。
私にはわからなかった。ただ怖しかった。