作品タイトル不明
紙芝居とお茶会(3)
「コルネリア様の絵も素晴らしかったけれど、ベッキー様が作られたお話も素敵でした。最後にはとても感動致しました。」
とユリアが言った。するとエリーゼも
「そうね。それに、紙を一枚一枚めくっていって、物語が変化していくというスタイルも斬新でとても良かったわ。本の朗読会などよりも感情移入がしやすかったわ。」
と言ってくれた。
私はコルネの方を見て小さくうなずいた。コルネにはもう一つ、ミッションを頼んでいる。コルネは手に持っていた紙をそっと広げた。
その紙には、今日招待している人達全員の名前が書いてある。
「紙芝居が終わったら、皆に『今ここにお星様が降って来たら、何をお願いする?』と聞いてみるから、そのお願いが私やコルネに叶えてあげられるものだったらマルを、叶えてあげる事が無理なものだったらバツを名前の後ろにそっと書いて。」
「もしも、今ここにお星様が降って来たら、皆さんなら何をお願いされますか?」
「はいっ!」
と、元気いっぱい手を上げたのはオルガマリーだ。
「美人になりたいです。」
・・・。
はっきり言ってオルガマリーは不細工ではない。むしろ顔面偏差値はかなり高い方だ。他の子達からも「えー。」と抗議の声があがる。
「オルガマリー様は美人だと思いますよ。」
とユスティーナが言った。
「そんな事ないです!そばかすがどんどん増えていくし、鼻も低いし、まつ毛が短いし。」
別にたいした事ではないと思うが、本人は気になるのだろう。だが、美容整形手術の無い世界では、どうともできない。たっかい化粧品を使えば多少はどうにかできるかもしれないが。コルネも、オルガマリーの名前の後ろにバツを書いていた。
「私は素敵な婚約者が欲しいです。」
と言ったのは、エリーゼの『お友達』のツェツィーリアだ。「キャー」と周囲の女の子達が黄色い声をあげる。
「そうですよねー。」
「わたくしも。」
と、もう一人のエリーゼのお友達のマルレーネが言った。
エリーゼ様に頼めばどうにかなりそうな願いではあるが、私やコルネにはどうにもならない。コルネも紙にバツを書いていた。
「私はおいしいお菓子をたくさん食べたいです。」
と言ったのはリーシアだ。
「あらあら、そんな事を言ったらお鼻にくっついてしまうかも。」
エリーゼがそう言うと
「エイラに切り分けてもらって全部食べちゃいます。」
と、自分の侍女の名前を出した。
そうなんだよねー。『レベッカちゃん』だって顔がソーセージになってしまった、とかではなく、ソーセージがくっついちゃっただけなんだから、外科医の所に行ってソーセージ切ってもらったらいいんじゃないの?とか思うよね。でも、童話って奴はそういうツッコミを入れてはいけないのだ。
「私は可愛いドレスが欲しいです。」
とミレジーナが言った。
「レースやリボンがたくさんついている服。」
お菓子やドレスなら私の隠し財産で買ってあげられない事もない。コルネも二人の名前の後ろには◯をつけていた。
「お姉様のお腹の赤ちゃんが無事に生まれてきて欲しいです。」
とユスティーナが言った。
「まあ、お姉様に赤ちゃんができたの?おめでとう。」
とエリーゼが言った。
「ユスティーナ様も叔母さんになるのね。」
とマルレーネも言った。
「いいなあ、ユスティーナ様。じゃあ、私は妹が欲しい。弟はもういるから、絶対妹。」
とアグネスが言った。
妹ねえ。
アグネス様のお母様のファールバッハ伯爵夫人は、まだ20代後半だが後妻で、お父様の伯爵は60歳近いのだ。けっこう厳しいのではないだろうか?
まあ、どちらにしてもよそ様の家庭のお話だ。私は神様ではないので、ユスティーナの願いもアグネスの願いも叶えられない。当然両方バツである。
「ヘレン様は?」
とミレジーナがへレーネに尋ねた。へレーネは少しためらったあと
「・・病気が治ったらなって思います。」
と言った。
「体調が悪いの?」
と私はへレーネに聞いた。
「どこが悪いの?どう悪いの?」
「時々なんですけど、お腹が痛くなったり、頭が痛くなったり、出血する事も・・あって。」
「えっ⁉︎出血、どこから?どれくらい?」
まさか、肺結核?サナトリウム文学の主人公のように血を吐いているとか?
と聞いたら、コルネに服の後ろを引っ張られた。
「・・体調に関する事は、人前で聞かない方がいいと思います。特に生理現象に関する事は、恥ずかしいと感じる人もいるので。」
・・・!
そうだよ。私達の年頃で腹が痛くて、出血するようになったといったらアレに決まっているではないか!
コホコホと私は咳払いをした。
へレーネは近衛騎士団の副団長の娘だ。ただ、本妻の生んだ子供ではなく愛人の子供である。実の母親は幼い時に亡くなったらしく、どうもアカデミーには厄介払いされて来たようだ。なのでアカデミーに侍女を同伴させていない。
母親も、信頼できる年上の侍女もいないという状況だと、コルネみたいに耳年増にならない限り『こーゆー情報』が手に入らないだろう。何か悪い病気になったのかもと思って、誰にも相談できずにいたのかもしれない。
もちろん、歯周病で歯茎から出血するとか、ちに点々な病気で出血するという可能性だってゼロではない。
だが、コルネの言う通り、人前で問いただす事ではないのだ。
私は副校長を、ちろっと見た。副校長は「わかっています」という表情でうなずいた。エリーゼとお友達もわかっているようで微笑ましい表情でへレーネを見ている。アグネスやリーシアは表情から察するにわかっていない。
副校長は信頼のできる大人だ。この問題は、副校長にとりあえず丸投げするのが正解だろう。
コルネも紙にマルを書いていた。
「えーと、まあとりあえず次の人。エリーゼ様はどうですか?」
「そうねえ。お願いの数が三個では全然足りないから、とりあえず百個にして欲しいと頼むわ。」
その裏技に気づいたかあっ!
そうなのだ。このシチュエーションではそういう裏技が使えるのだ。誰が一番最初に気がつくだろうか?と思ったが、やっぱ気がつくのはこーゆーひねくれた性格の人だよな。
「もし、今この目の前のテーブルの上に星が落ちてきて、願い事を3つだけ叶えてあげると言われたら、ケンカになってしまうでしょう。」
なりませんよ。みんな貴女には譲りますよ。
「孤児院だってそう。何十人も子供達がいるのだから、お願いが3つでは全然足りないわ。まず、人数分に増やしてもらわなければ。」
「さすがです。それを思いつかれるなんて。さすがエリーゼ様。」
「全員の事を気にしてくださるなんて、エリーゼ様はお優しいですわ。」
ツェツィーリアとマルレーネが、エリーゼの『よいしょ』を始めた。
コルネは、うーん、と悩んでいたが結局エリーゼの名前の後ろに◯を書いた。
「先生方はいかがですか?」
と私は聞いた。
「もっと、たくさんの生徒が刺繍のお勉強をしてくれると嬉しいのですけれど。」
「皆にもっとしっかりと、マナーの勉強をしてほしいですね。」
とブルーム先生とシュトラウス先生はおっしゃった。
「私の願いはささやかなものです。生徒達がいつまでも元気に健康で幸福に過ごして欲しいですよ。」
と副校長はおっしゃった。副校長。残念ながらその『ささやかな』願いは叶いません。
1年後には、天然痘が大流行して、アカデミーの生徒も何人も亡くなるのです。
で、あと聞いてないのは一人だけ。
「ユリアは、どう?」
と私は質問した。
「私は・・亡くなったお母様に一目会いたいです。」
コルネは、ユリアの名前の後ろにデカデカと✖️をつけた。君は、本当にユリアに対して厳しいな!
その日の夜。
夕食の後コルネは、皆の名前とマルバツがついた紙をじっと見つめて考え込んでいた。
「どしたの、コルネ?」
どーでもよい話だが、私は時々コルネリアの事を間違えて「コロネ」と呼びそうになる時がある。文子が通っていた高校の売店で売っていたコロネはおいしかった。
「リーシア様とミレジーナ様のお願いについて考えていたんです。二人共、◯をつけてみたけれど、でも『おいしい』お菓子とか『可愛い』ドレスって、人によって違いますよね。そう考えると◯ではなかったかな、と思って。」
私はコルネの頭をよしよしと撫でた。
「コルネは賢いね。本当に大切な事がわかってる。」
「いえ、そんな。私は頭悪いです。頭悪いから、本当においしい物とか、流行のドレスがわからなくて。」
「人は自分とは違うって気づいているのは大切な事だよ。自分が良いと思う物は誰にとっても良い物、自分が好きな物はみんなが好きって、本気で信じてる人は世の中意外に多いからね。だけど、本当はそうじゃない。誰にだって好みがある。自分の正義と他人の正義は違う。自分が正しく、他人が間違っている。そう信じた時堕落が始まるんだよ。」
ハイドフェルト家の人達はそういう人達だった。ジークは彼らに降りかかった結末を一罰百戒だと言った。
私達はそれを見て、そうならないよう教訓にしなくてはならないのだ。
そうして私達の9月の日々は過ぎて行った。