作品タイトル不明
旅の終わり
お母様より怖い侍女長のゾフィーと、乳母のユーディットが仁王立ちで待ち構えていたのだ。
遠巻きにして眺めている、執事を含めた男性陣がドン引きしていたくらいだ。
「お嬢様あ!」
「ははは、ただいま。」
「ゾフィー、とりあえずレベッカを部屋に閉じ込めて!」
とお母様。
「待って、ちょっと待って!ゾフィーにお願いが。」
「ゾフィーに泣きついても無駄ですよ!」
いや、それはゾフィーの表情見てたら分かるし。
「館のみんなにお土産買って来たのー。食べ物もあるから、早く配らないと傷むかもだから。だから、それだけ、部屋に閉じ込められる前に渡させてー!」
「お土産?何か妙な物ではないでしょうね⁉︎道中、ネズミの丸焼きを食べていた事は報告が入っていますよ。」
情報はえーな。
「いや、そこまで珍妙な物では・・・ない。たぶん。」
使用人達の目に20%の期待と80%の不安が見て取れた。
私は、とりあえず居間に行く事を許され、ユリアとカレナの手を借りてお土産を荷物から出し机の上に広げた。
まず私が女性使用人に見せたのは、ビーチグラスで作ったアクセサリーだ。
ブレスレットとネックレスがある。
同じくらいのレベルのアクセサリーが日本で売られていたら。500円くらいの代物かな、って感じだ。しかし、この世界ではガラスの価値が日本とは比べ物にならないくらい高い。砂浜に落ちていたのを拾われたガラスなのと、営利主義ではない個人店がやっていたお店なので、比較的お安めだが、それでもプロレタリアートにとってはなかなか手が出せないくらいの値段はした。
「人数分買ってあるの。みんな、それぞれ趣味があるだろうから、好きなのを自分達で選んで。」
そう言うと歓声が上がった。
良かった。趣味に合わないアクセサリーほどもらって困る物もそうそうないが、とりあえず喜んでもらえたようである。
飛び上がって喜んでいるメイド達をため息をつきつつ見ているゾフィーには
「ゾフィーのは、特別のだよ。」
と言ってブローチを渡した。
「ビーチコーミング好きの店主さんが言うには、ガラスかも知れないけれど、もしかしたら琥珀かもって。」
実は正真正銘、琥珀である。店主さんがプロに鑑定してもらったという至高の逸品だ。これは、当たり前だが、別格に高かった。なにせ大きさがいびつな円形とはいえ、サクランボくらいの大きさがあったのだ。自分の隠し財産用に買ったのだが、ゾフィーにあげてしまう事にした。これで、少しでもゾフィーの機嫌が良くなるなら、あげるだけの価値がある。
「ユディーには、ガラスのコインのネックレス。このコインは外国の本物のコインでちゃんとお金として使えるんだよ。」
レアコイン屋で買った品だ。ヒンガリーラント銀貨30枚分くらいの価値はあるコインだそうだ。だけど、ネックレスにしても綺麗なコインなのだ。
「わー、いいなぁ。お母様のガラス大きい。」
とユーディットの娘のベティーナが目をキラキラさせていた。
「男性使用人には、ドライフルーツの詰め合わせね。甘くておいしいよ。」
ドライフルーツは貴重な甘味だ。若い使用人ほど目を輝かせていた。
配っているうちに、シュテルンベルク家へ預けられていた弟のヨーゼフが戻って来た。
「お姉様、心配したんだよー。ねえねえ、海賊ってどんなだった。お姉様の武勇を実演してみせて。」
「また、今度ね。」
お母様の眼光の厳しさが半端ないのだ。
私はヨーゼフにもドライフルーツと外国のコインをあげた
「お母様には、絹織物だよー。蝋纈染という新しい技法なんだって。」
「後からゆっくり確認します。用事がすんだら部屋へ行きなさい!」
「はいぃ。」
そうして、私は部屋に閉じ込められた。
しかし、お土産の効果は絶大だった。
ゾフィーとユーディットのお小言は10分の1減したし、他の使用人達も
「別にお嬢様が悪い事をしたわけではないし、むしろ海賊を捕らえて皆を守ったのでしょう。奥様もあんなに怒らなくてもねえ。」
「そうよ。むしろ褒められるべき事じゃない。お嬢様が職業軍人だったら勲章もらえるレベルよ。」
とひそひそ言ってくれているとか。
「食事はパンとスープだけで十分です!」
とお母様は言っているらしいが、メイド達はこっそりクッキーや果物を差し入れてくれる。
「自己の行いを猛省しなさい!」
と言われて読書も禁止されているが、ユーディットやベティーナがこっそりと本を差し入れしてくれた。
親しい人や、全然親しくない人からも、手紙やお茶会の招待状が届くらしいが、お母様は私に見せるな!と言っているらしい。でも結局ゾフィーがお母様を説得してくれて、手紙も届くようになった。
というわけで、私はけっこう快適に部屋の中でひたすらゴロゴロしていた。
すごいね。お土産効果。お母様は「あざとい真似をしおって!」と怒っているそうだけど。
ベティーナが言うには、旅行に行ったからってお土産を買ってくるような主人はそうそういないらしい。
そういえば『お土産』って、割と日本独特の文化で、世界的に見たら珍しい、と聞いた事があったような。
日本にもある夢の王国ネズミーランドでの売り上げは、日本の場合、他の国と比べ物にならないくらい、お土産コーナーでの比率が高いと噂で聞いた事がある。ネズミーランド行った事がないからよくわからんけど。
そして、なぜか今現在、我が家にはエリーゼとジークとコンラートが居座っている。まあ、ジークは実家に帰れない人だから仕方がないが、なんでエリーゼとコンラートがいるのだろう?ユリアが言うには、エリーゼは親にいろいろ聞かれるのがめんどくさいからで、コンラートはお父様が戻って来るまでイロイロ心配だからだって。たぶん、コンラートが心配しているのは、海賊の復讐とかじゃなくてお母様の血圧だろう。
ただコンラートとジークのイケメン2人(?)がいるので、女性使用人達は大喜びだそうだ。諸君。1人はバッタもんだよ。
1週間経った頃お母様の怒りが少しとけてきたのか、部屋から出してもらえた。
私に来客だそうだ。誰かと思ったら、シュザンナさんとユリアの継母のファンランさんだった。
私がブルーダーシュタットで製作を依頼したドレスとバッグが出来上がったので、ほうじ茶と一緒に届けに来てくれたのだ。
正直私が欲しかったのはバッグだけで、ドレスなんか作る気はなかった。だけど、どうしてもプレゼントしたいとジークが言うので作ってもらったのだ。そのドレスの微調整をしないとならないので部屋から出してもらえたのである。
「お嬢様自ら、デザインをされたドレスなのですよ。」
とシュザンナが言ったら、お母様はものすごく胡散臭そうな顔をした。
しかし、試着してみると
「斬新なデザインだけど、あなたの体型に似合っているわね。」
と、ビックリしていた。
私がデザインしたドレスは、ヒンガリーラントではまだ見たことのない、カシュクールデザインの服だったのだ。
蝋纈染の織物を見た時、私が真っ先に思い浮かべたのは振袖だ。衿をあんなふうにナナメにしたら、文子時代には着ることのできなかった振袖を着ているような気分になれるかなと思ったのだ。
ただ、カシュクールデザインの服は胸に谷間の無い人は様にならない。それに『衿』はあっても『襟』は無いので茶会服としては着られない。なので、中にスタンドカラーをつけた。パッと見た感じは、地球の中国の明時代の民族衣装のような感じだ。だけど、民族衣装そのまんまでは、コスプレになってしまうので、スカート部分はヒンガリーラントらしいAラインのスカートにした。
布地の色は赤で、柄は東大陸では百花の王と言われる牡丹だ。そこにあと金色の刺繍糸で豪華にいろいろと刺繍がしてある。私の髪色が黒なので、赤と金が絶対映える、とジークに言われたのだ。
「ベッキーにどんな柄が好きかを質問したら、この柳とカエルの柄と言ったので僕が却下しました。」
そう言ってジークがバッグを掲げた。
「本当にありがとう、ジーク。」
お母様が頭を抱えて言った。
ドレスのサイズはぴったりで、別に手直しする必要は全くなかった。でも、私は成長期だし、このドレスのサイズが合ううちに外出禁止令が解かれるだろうか。
ただ、シュザンナとファンランが、ユリアの命を助けてくれたお礼と言って、お母様にいろいろと贈り物を持って来てくれて、少しお母様の機嫌も良くなったようだ。絢爛な絹織物に最高級の紅茶葉、ボーンチャイナを思わせる磁器、それに桃や枇杷といった東大陸産の果物のシロップ漬けのの瓶詰めだ。タダでもらうわけにはいかないとお母様が言い張って、お金は出したようだけど、相当『お勉強』をしてもらったようである。
そうやって、まあなんとか穏やかにその後は過ぎていった夏休み。
そこに突然の嵐が到来する事になった。
ルートヴィッヒ王子が我が家を訪問すると、連絡が来たのである。