作品タイトル不明
両親襲来
私の両親が、ブルーダーシュタットにやって来たのだ。
レーリヒ家に一歩足を踏み入れた瞬間から、お母様は激オコだった。
「ラーエル地区には近づくな!とあれほど、あれほど言ったのに、おまえは何を聞いていたの!おまえの耳の穴はただの穴なの⁉︎脳につながっていないの‼︎」
家主への挨拶も何もなく、バウムクーヘンを焼いている真っ最中の私の目の前にやって来て、声を限りに叫びだした。
「申し訳ございません!」
同じくらい大きな声を出して、アーベラがお母様とお父様の足元に土下座した。
「全ては、わたくしの責任です。お嬢様をお守りできなかったこの罪は命で贖う覚悟をしております。どうぞわたくしに罰をお与えください!」
「当然です。レベッカの護衛としておまえには責任をとってもらいます!」
私はびっくりして、生地をすくっていたおたまを落としてしまった。
「何を言っているの。アーベラは悪くないよ!私が行くと言い張ったのだもの。」
「お嬢様は何もおっしゃらないでください。お嬢様と共にラーエルに行くと決めた時から、処罰は覚悟しておりました。お嬢様を海賊の人質としてしまうなど、処刑も当然の失態です。」
「そんなのおかしい!私がアーベラに無理矢理命令をきかせたの。アーベラに罰を与えないで。お願い!」
「ほう。」
とお父様は、すごく低い声で言った。
「アーベラに厳しい罰を与えた方が、おまえがしっかり反省しそうだね。」
「そ・そんな・・。」
気分はまるで、カッテの処刑命令を聞かされたプロイセンの王子フリードリヒだ。
地球の18世紀、後に大王とまで呼ばれる偉大な君主フリードリヒは、若い頃いろいろあって国から亡命をしようとした。結局すぐに捕まり一時は父である国王から処刑命令も出るが、キュストリン要塞への幽閉で許される。だが、フリードリヒの亡命を手助けした親友ハンス・ヘルマン・フォン・カッテは見せしめとしてフリードリヒの目の前で処刑された。処刑の瞬間、フリードリヒは失神したそうである。このエピソードを本で読んだ時は泣いた。
「そんなあ、もしもアーベラに罰を与えたら、もっともっと私は悪い子になるからね!使用人にわがままを言うし、タヌーを虐めるし、庭中の椿の木をみんな斧で切っちゃうから!」
「悪い事、ショボ。」
とジークがつぶやいた。
「閣下!」
まだ傷が治りきっておらず、頭に包帯を巻いているイェルクとティアナまで土下座する。
「お嬢様が、お言いつけを破ってシュヴァイツァー邸へ行ったのは、私共が不覚をとり海賊共に拉致されてしまったからです。責任は私共にあります。重要な任務を任されながら失敗したのは万死に値する行為です。お嬢様ではなく私共をお裁きください!」
それは、違う。私が2人の行方不明を知ったのは、シュヴァイツァー邸へ行った後だ。2人が拉致された事は関係無い。
ちなみに2人は、汽水湖で行方不明者が出た事を知り海賊の関与を疑って汽水湖に行ったそうだ。そこでバッタリ、セルナール達とエンカウント。多勢に無勢でイェルクが頭を殴られ失神。イェルクを人質に取られたティアナもそのまま拉致された。2人は、その日邸内に海賊の仲間しかいなかったシュヴァイツァー邸へ運び込まれたが、意識を取り戻したイェルクが入り口の近くにコインを落としたらしい。
せっかく苦労して救い出した2人を殺されてはたまらない。私は
「2人は悪くない!」
と叫んだ。
「どうか、発言をお許しください。」
とユリアが言い出した。
「ベッキー様は、私共の家中の人間に7月7日にシュヴァイツァー邸へ行ってはならないと言われたのです。しかし、目先の欲に目が眩み私共はその指示を無視しました。全ての責任は、我がレーリヒ家にあります。どうか、ベッキー様をお責めにならないでください。全て悪いのは私共です。」
「その通りです。」
とダニエルが頭を下げる。
「お嬢様は、使用人にも怯えられるほど体調を壊した私を、献身的に介護してくださった、心のお優しいお方です。私共家族の為に、このような事になってしまったのです。お嬢様や騎士様方をお許しください。悪いのは全て私共家族です。」
皆が私をかばって自分が罰を受けると言ってくれる。でも、そんなの、ちっとも嬉しくない。
「ちょっと、よろしいかしら?」
とエリーゼが微笑みを浮かべて言った。
「エーレンフロイトの方々は、7月7日に海賊の襲撃がある事をご存知だったのよね。それが、どうして、宰相府やブランケンシュタイン家に報告されていなかったのかしら?私がブルーダーシュタットに滞在する事は知っていたはずなのにね。うふふ、どうして、何も報告がされていなかったのかしらねえ。うふふふふ。」
エリーゼは微笑みを浮かべているが殺気がすごい。明らかに周囲の空気が10℃は下がった。
もしかして、今まで何にも言わなかったけど、本当はすごい怒ってたの?
お父様もお母様も護衛の騎士達も、アナコンダを前にしたハムスターのように硬直している。さすがのお母様も頭に上っていた血が、遊園地のフリーフォールくらい一気に降りたようだ。
「ところで、何でコンラートまでいるの?」
とジークが聞いた。
そう。何でか不明だが、お父様とお母様だけでなく、コンラートまで一緒に王都からやって来ていたのである。
「旦那様は、海賊の取り調べや残党の捕縛の為にこちらにしばらく残られます。私とあなたが王都へ戻るのに危険があってはならないと、心配してわざわざついて来てくれたのですよ!」
とお母様が私を睨みながら言った。
「王都の新聞などでは様々な情報が錯綜しているが、実際には何が起こったのだ?」
と、コンラートが聞いた。
答えたのはジークだ。
「ベッキーとユリアが一緒にシュヴァイツァー邸へ行った。その邸内にエーレンフロイトの騎士達が監禁されている事に気がついたベッキーが、塀をよじ登って外部の騎士達と連絡をとった。騎士達がシュヴァイツァー邸へ突入し、海賊のボスがベッキーを人質にして逃げようとしたが、ベッキーが海賊の足を蹴り折って撃退した。その後残りの海賊達も騎士達に捕縛された。」
それは違う!
たとえ、海賊のボスの足が折れていたとしても、それは私のせいではなく、踏んだり蹴ったりしていた騎士達のせいだ。私のせいじゃない!
「だいたいの情報は同じか。」
「違うところもあるのかい?」
「海賊のボスが倒された理由は足ではなく、別な場所を潰されたからとの事だった。」
王都の新聞め!よくも余計な事を。本当の事など書きおって。
「レベッカは怪我をしていないのだな?」
とお父様が聞いた。
「してないよ。元気、元気。」
私は手をぶんぶんと振って言った。
「もし、おまえに傷一筋でもついていたら、騎士達を厳罰に処すつもりだったが、守りきったのならそこまではすまい。ただ、騎士団の規律を守る為にも何も無しというわけにはいかない。アーベラ。おまえはレベッカの専属騎士の職を解く。領都に戻り灯台守をするように。イェルクとティアナも領都に戻り、まずはきっちりと傷を癒せ。その後の事は、後から通達する。」
「『灯台守』って何?灯台って監獄の隠語?拷問部屋⁉︎」
私が言うとお父様はため息をついた。
「灯台上での警備だ。海賊や海難救助者がいないか見張っておく重要な仕事だが、暇すぎてみんな嫌がるんだ。」
「そうなんだ。」
アーベラとお別れするのは寂しいけれど、その程度でお父様の怒りが収まったのなら良かった。イェルクにも傷をしっかりと治して欲しい。
さて、バウムクーヘンを作るのを再開するか、と思っていたら
「即刻、荷物をまとめなさい。王都へ帰りますよ。」
とお母様に言われた。
「え!まだ、夏休みは3分の2残っているのに。蝋纈染の布で作った、服とかカバンとかもまだ、できていないし。」
「海賊の残党が、まだいるかもしれないこの地に居させるわけには行きません!王都の館に戻ったら、夏休みが終わるまで、あなたは部屋の中で謹慎です。外出も人と会う事も許しません!」
お母様の怒りのゲージがまた上がって来たようだ。仕方ない。逆らうとユリアやアーベラに怒りが飛び火するかもしれない。
ただ、お父様とお別れする前に一つ報告しておかなくてはならない。
「お父様、今更ですけど、こちらこの家の主人のダニエル・レーリヒさん。」
「急に押しかけて来て大騒ぎをして申し訳なかった。娘と騎士達が世話になった。」
「こちらこそ、本当に申し訳ございませんでした。お嬢様と騎士様方は当家の恩人です。この大恩は必ずやお返しをさせて頂きます。」
「ああ、なんか、体調崩して介護とか、気になるフレーズもいろいろあったし、海賊の事とかもいろいろ、ゆっくり聞きたい事もあるので・・。」
「あのね、お父様。私ディッセンドルフ家の寄子のロスヴィードって貴族と揉めたの。」
「はっ?」
私は、ロスヴィード銀行の融資係との一件を説明した。
「もしかしたら、ディッセンドルフ家が今後何か言ってくるかも。」
「それはかまわない。おまえは悪くない。よく言ってやったな。立派だよ。」
「もし、銀行がガチで貸しはがしをしてきたら、少しお金を貸してあげてくれないかな。私も出すから。」
そう言うと、お父様は顎に手を当てて何か悩み出した。
「レーリヒ殿。君の一人娘のユリア君をレベッカの侍女にさせてもらえないか?」