作品タイトル不明
犯罪計画開始
7月6日。今日は朝から雨が降っていた。
西の空は明るいので、午後には晴れるでしょうと、レーリヒ家の使用人さんは言っていた。
雨の中外出するのは面倒なので、今日は朝市に行くのは中止にした。そう言うと、アーベラはなんかホッとしていた。
明日はユリアの誕生日だ。それ即ち、『漆黒のサソリ団』の襲撃日であるという事である。私はため息をついた。
昨日の夕食の席で、明日と明後日私達と一緒に過ごして欲しい、とユリアのお父さんに頼んだのに却下されたのである。
「明日は喜んでお供致します。そうだ、夜にでも今話題になっているオペラを見に行くのはどうでしょう。でも、明後日はどうしても出かけなければならない商談があるんです。明々後日からは、どこにでもまたお供しますよ。」
「明後日を一緒に過ごして欲しいんです。ユリアの誕生日なんですよ。お願いですから。」
「申し訳ありません。その日は懇意にしているシュヴァイツァーご夫妻の結婚記念日なのです。しかも、今年が10週年だそうです。どうしても、その日だけはシュヴァイツァー家へ参らなければならないのです。ユリア、すまない。でも、わかってくれるね。」
「もちろんよ、お父様。その日には複数の商会が呼ばれていて、それぞれが用意した自慢の品から一つが記念の品として選ばれるのでしょう。お父様、頑張ってね。」
ユリアがこう言っている以上、これ以上「行かないでくれー!」とは言いづらい。
いっそ、『漆黒のサソリ団』の襲撃をバラしてしまおうかと思うが、うちに怪文書が届いたという程度の情報では信じてもらえない可能性がある。更に、これが原因で『漆黒のサソリ団』側に情報が漏洩したら最悪だ。明後日は、正体不明の海賊達を捕える為の絶好のチャンスなのだ。それに失敗すれば、今後何年、何十年と、海沿いに住んでいる人達は恐怖に怯えて暮らす事になる。
やはり、下剤を盛るしかないか!
一応、エーレンフロイト家の主治医に『常備薬セット』を持たされていて、その中に便秘薬も入っている。
ただ、ユリアのお父さんには毒味はつかないとはいえ、お父さんが口にする物にこっそり薬を入れるのは至難の業だ。しかも、この便秘薬けっこう匂いがきついんだよね。実際に飲んだ事がないので味はわからないけれど、こっそり飲ませるとか絶対無理そうな気がする。
どうしよう?どうするべきなのか?と、うだうだ悩んでいる私は今、レーリヒ商会のお店の中を見せてもらっている。
王都の支店の5倍くらいの広さがあって、珍しい品物がいろいろと並んでいた。
エリーゼ様は、東大陸から輸入されたという絹織物を夢中で見ている。
一年前に東大陸で開発されたばかりという『蝋纈染』の絹織物だ。
布地に、牡丹や菊、梅の花に小鳥や蝶といった絵が描かれている。私は文子だった頃、振袖でこういうのを見た事があるけれど、エリーゼは初めて見るらしい。この絹織物は画期的だ、新しい流行として取り入れたい、と喜んでいた。
「異国の花ばかりでエキゾチックね。ベッキーはどの柄が1番素敵だと思う?」
とエリーゼに聞かれた。
「はあ、これなんか可愛いですね。」
と指差すと
「えっ⁉︎」
とエリーゼとジークとユリアの声が揃った。
「正気?」
どういう意味だ。そもそも染物作家さんが可愛いと思ったから作った反物でしょうが!
私が指差した反物は、柳の木とその下でジャンプしようと頑張っているカエル達を描いたものだった。グロテスクなイボガエルとかじゃなくて、クリンとした目が可愛いアマガエルだ。
「この布地でドレスを作るのはチャレンジャー過ぎない?」
「ドレスじゃなくて、カバンとか作ったら可愛いかなと思ったんです!」
「なぜ、カバンがいるのですか?お嬢様の荷物は私が全て持ちますのに。」
とアーベラに聞かれた。
「別に必要なくたって持っててもいいじゃない。それを言い出したら、帽子とかアクセサリーって必要?無くても生活には困らないじゃない。だけど持っていることで気持ちが豊かになるのよ。」
というのは建前で、家出&亡命用だ。
いざ、家出をする時財布や着替えを入れる物が無いのは困るもんね。
私は、すすす、とフェードアウトし、緑がたくさん置いてあるコーナーに行った。もともと種苗専門の商会だったというレーリヒ商会には、鉢植えされた苗木や、野菜も多い。 青梗菜(ちんげんさい) や 空芯菜(くうしんさい) 、 塌菜(たあさい) といった西大陸では見たこともない野菜もあって、昨日買ってきたばかりの藻塩と胡椒で炒めて食べたらおいしいだろうな、と思った。その横にはドライフルーツが置いてあった。イチジクにメロン、ナツメヤシだ。王都の館の使用人へのお土産に買って帰りたいと言ったら試食させてくれた。
ナツメヤシという果物は初めて食べたのだが、味といい見た目といい食感といい、文子の頃によく食べていた干し柿にそっくりだった。何も聞かされずに食べたら絶対干し柿だと思っただろう。とても懐かしい気持ちになって、ナツメヤシを大人買いした。
更に店の奥には、植物の球根や種子が置いてあった。ほとんど何の種なのかはわからなかったけれど、日本の小学生にはお馴染みの、ヒマワリとアサガオの種だけはわかった。こんな時期(7月)に種があるなんて、売れ残ってしまっている種なんだろう。私はその種も両方買う事にした。文子の頃の記憶があるので育て方はわかっている。よそのお貴族様の家に比べて、手入れされていないエーレンフロイト家の庭に植えてみたらそれなりにバエる庭になるかもしれない。
「ベッキー、ヒマワリの種ずいぶん買うんだね。」
とジークが私の手元を覗き込みながら言う。
「実家の庭にヒマワリ畑を作ろうかと思ってね。昔『ヒマワリ』って題の本を読んだ事があるんだけど。すごく感動的な話でさ。」
本当は映画である。
「そのクライマックスシーンのヒロインみたいに、泣きながらヒマワリ畑を爆走してみたいんだよね。」
「それってギャグ小説?」
と、ジークに聞かれた。今、私『感動的な話』って言ったでしょうが。
「それに、ヒマワリの種は食べられるんだよ。ナッツみたいでおいしいんだから。昔はよくお菓子作りをする時にナッツと一緒に使ったよ。」
つい、文子だった頃の記憶がポロッと出てきた。レベッカになってからは、使った事はなかったが。
「あら、ベッキーはお菓子を作った事があるの?」
とエリーゼに聞かれた。
「はは、どうせできあがったケーキに粉砂糖をふるったくらいなもんでしょ。」
とジークがバカにしたような事を言ってくる。
正直ムッとした。この人達、私の腕を信じていないな。
「自慢じゃないけど、私けっこうお菓子作るの上手ですよ。」
「へー。」
とジークが言う。
「あら、だったら作ってちょうだいな。」
とエリーゼが言った。
だったら、やってみせようではないか。それに正直チャンスだと思った。
おいしいお菓子を作って皆に振る舞おう。そしてユリアのお父さんの分にだけ下剤を盛ってやろう。
ダニエルさんの命を救うには、もうそれしか方法が無いのだ。
心の中でごめんなさい、と思いつつ、私は悪事に手を染める事にしたのだった。