軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 魔導宮

イリスは念願の魔導宮に来ていた。今日は薄い長袖ブラウスにフレアスカートという簡単な服装である。髪は片側に流して、華美にならないように細い銀糸の紐で一つにまとめた。たわわな縦ロールが胸の上で弾んでいる。仕事場である魔導宮で、あまり華美な服装では目立つと思ったのだ。

シティスはその控えめな服装を好ましいと思った。

王宮の一画にある重厚だが古ぼけた煉瓦作りの建物は、五角柱の形だ。この中には、知性と魔術が溢れている。そう思うとイリスはワクワクとした。しかしこの建物にはドアも窓もないのだ。その為、本当に許可された者しか入ることができない。

イリスはシティスを見た。シティスは片メガネの奥から、笑って見せる。

シティスはおもむろに懐から杖を取り出すと、魔導宮の壁に魔法陣を描いた。壁がキラキラと光る。

「お手を拝借いたします」

シティスはそう言うとイリスの手を取り、魔法陣に自分の手をついた。

「うぎゃぁ!?」

イリスが驚いて声を上げた瞬間、世界は反転したかのようにグニャリと捻じ曲がる。チリリと首の鈴が音を上げた。魔法陣の中に落ちるような、吸い込まれるような感覚だ。

これは、気持ち悪っ!! わぁるぅいぃぃぃぃ!!

イリスはギュッと目を閉じる。

「イリス嬢、目を開けてください。どうやらあなたは合格です」

「合格?」

「不逞な者は魔法陣と結界によって弾かれるのですよ」

シティスの声にイリスは恐る恐る目を開けた。

足もとには芝が生え、空は青い。白いテーブルセットやベンチがあり、風までがそよいでいて、まるで庭のような風景だ。壁がないのにドアが何個か立っている。

す、素敵!!

思わずシティスを見れば、シティスが笑った。

「ここは迷いやすいので注意してください。私が付いていきますが、もし万が一迷ってしまったら青い扉を目指してください。私に通じます」

「青い扉ですね」

「白い扉は魔導士の許可を得たものなら通れる扉です。図書室やこの庭など共有スペースに通じます」

「分かりました」

「では、図書室へご案内します」

シティスに導かれ白いドアを潜る。薄暗い廊下のような空間にいろいろな色のドアが浮いてた。あまりにも静かなので、イリスは慌てて首の鈴を握りしめた。音が響くと嫌だと思ったのだ。

羽根のついた小人のようなものがフヨフヨとイリスの周りを飛び回っている。トンボのようにキラキラと光る透明の羽根はカラフルに色づいている。ゲームで見た妖精だ。よくヒロインの周りに飛んでいたから知っている。

妖精たちは、小さな囁くような声で互いに、不思議ね、変だね、と言っていた。

なにが変なのだろう。

イリスは疑問に思ったが、話しかけて良いのかわからずに戸惑った。シティスは何も言わずに先へ進むのでイリスもそれに倣った。

どうするの、おかしいよ、わかんない、魔力はないよ、だけど空気が、不思議だね、不思議だよ――。

妖精たちはイリスの周りを飛びながら、そんなふうに囁いては、イリスの顔をまじまじと覗き込む。やがて、紫に透ける羽根を持った妖精が、キュッとイリスのリボンを引っ張った。それと一緒に、イリスのミントグリーンの髪が一本抜ける。銀糸の紐が解ける。緑の巻き髪が散らばった。

「いたっ!」

思わず声をあげればシティスが振り返った。

そしてシティスはイリスの銀の紐を持つ妖精を見て目を見張った。

「妖精よ、なにをしてる?」

妖精たちはイリスの髪をめいめい引っ張る。

「だってね、変なの。シティスはなんでこの子を連れてきたの?」

妖精のささやきがはっきりとした声になった。

「どういうことだ?」

「だってね、この子騎士の子なのに」

「そうだよ騎士の子なのに」

「剣だって持ってるのに」

「そうだよ短剣を持ってるよ」

シティスはイリスを見た。

「短剣を持っているのですか?」

イリスは頷いた。父から持たされた懐刀は出かける時にいつも持つように言われていた。だから当然の様に持ってきてしまったのだ。

「それなのに、結界を通った」

「結界を通った」

「それなのに僕らが見える」

「私たちの声を聞いてる」

イリスはその言葉に驚いた。

「え? 普通は見えないの?」

思わず問い返す。

「普通は見えない」

「普通は聞こえない」

妖精たちの声が返ってくる。

シティスは片メガネを押さえながら、イリスを観察するように見た。

「イリス嬢、妖精の存在は秘匿されています。妖精の多くは、魔導宮の中で保護されています。外で生活している妖精も、魔導宮に勤めるほどの魔力の持ち主で無ければ見えないものです」

言われてイリスは納得する。外で見たことはなかったし、ゲームの知識以外では妖精について聞いたことはなかったのだ。

「あなたにはそれほど魔力はないとお見受けしますが……」

「はい。恥ずかしながら騎士の家系は魔力を持つものは少ないのです」

「……それなのに……」

シティスは少し考えたようだった。

「よろしかったら短剣を見せていただけませんか?」

シティスに言われてイリスは短剣を差し出した。短剣の柄と鞘にわたって、紙を張り付け簡単な封印がしてあるものだ。

「この封印は?」

「簡単に使ってはいけないと思ったので、護身用であると自覚させるための封印です」

「護身用ですか」

シティスは納得したように繰り返した。

「だから結界を抜けたのでしょう。武器ではなく防具だと判断されたのですね。魔導宮と妖精は争いを好みません。その為、騎士の家系の方は基本的に通過出来ません。今回は私が許可をしたのですが、さすがに武器の解除まではしていなかったので驚きました」

「……そうなのですか」

だけど、王都を火の海にするのは紛れもなくあなたですけど!

争いを好まないから一掃したのだろうか? あれは争いではないというのだろうか? イリスは納得いかない気持ちでシティスを見つめた。

「それにしても妖精が見えるとは不思議なこともあるものですね」

多分、ゲーム知識で知ってたからだわ。当然ここにいると思っていたからなんだけど……だけど、それをシティス様に伝えることはできないわね。

あると思って見るのと、ないと思ってみるのとでは風景が違うのと同じ理屈なのだ。

「わ、わたくしもビックリですわ」

オホホホ、イリスは曖昧に笑って見せた。

「ねえ、ねえ、イリス、これ頂戴?」

先ほどほどけたイリスの銀の紐を妖精が強請ってくる。

「いいわよ。何に使うのかしら?」

「可愛いからリボンにするの」

「綺麗だからリボンにするの」

「あらありがとう、褒めてもらって嬉しいわ。他に欲しい子がいるならみんなで分けてちょうだい」

「ありがとうイリス!」

「イリス、やさしい!」

「イリスのリボン欲しい人ー!」

一人の妖精の声に、はーいと手を上げる妖精たち。

「イリスが分けてちょうだいだもん!」

紫の羽を持つ妖精がムンと銀の紐を振った。とたん、銀の紐がポポポンと光って人数分に綺麗に分かれた。

小さな妖精たちはイリスの紐を分け合って、貰った者からイリスの頭にキスをしてお礼を言っていく。

イリスにはそれが何ともくすぐったかった。

「イリス嬢は……」

シティスの声に、イリスは我に返った。

「少し妖精の勉強をしていただいた方がいいかもしれません」

「いいんですか!? 先ほど秘匿されていると」

「ええ、秘匿されています。が、これほど妖精から祝福されているのですから、知らないままというわけにもいかないでしょう」

「祝福?」

イリスが首を傾げた時、最後の妖精がイリスの頭にキスをした。

「祝福ー!」

最後の妖精はそう言って羽ばたく。

「え!? これが祝福なの?」

「祝福ー!」

「祝福した!」

「私もした!」

シティスが苦笑いをする。

「私ですらこんなにたくさんの祝福は貰っていません」

「そうなのですか?」

「珍しいことですよ」

「それは……嬉しいわ! ありがとう」

イリスが妖精に礼を言えば、妖精たちはニコニコと笑った。

「さて、では図書室へ参りましょう」

案内された図書室はとても天井が高かった。あの魔導宮の中にどうやったらこんな高さのものが作られるのか、そう思えるような大きさだ。きっと魔法の力なのだろう。

中央は吹き抜けており、周囲の壁にはびっしりと本が詰められている。そして、本棚の周囲にはベランダの様に廊下が付けられていた。廊下を繋ぐ階段に、本棚の上部を見るための梯子。その間を妖精たちが本に跨って飛んで行く。

「なんて素敵なの!!」

イリスは思わず感激した。その拍子で首の鈴がチリリと音を立て、イリスは鈴を握って音を消した。

「イリスは何が知りたいの?」

妖精の一人が尋ねる。

イリスはあれから考えたのだ。

レゼダの兄とシティスの恋人がこれから二年の間に亡くなるのが偶然とは思えなかった。ゲーム上のご都合主義、そうかもしれない。しかし、同時に聖なる乙女の力も枯れかけているのだ。何かあったとしか思えない。

考えられるのは災害や戦争だが、町並みがあれている様子はなかった。そうすると残るのは伝染病の大流行だ。しかも、多くの人の命を奪う伝染病と言えば、イリスの腕に痘痕を残した土痘。

でも、最後の大流行から百年もたっているのよね……。

そのためなのか、治療方法も予防方法も確立されていない。

「土痘の歴史を知りたいの」

「わかったー」

妖精たちはめいめい本棚に向かって飛んでいった。

「痘痕を消す方法を知りたいのではないのですか?」

シティスが驚いたように問う。

イリスは慌てた。

「も、もちろん、そちらも知りたいですわ。でも、これから土痘の発生する傾向や避ける方法がわかったら、私のような令嬢が減るのではないかと思ったのです」

イリスの答えにシティスは目を細めた。

誰もが諦めている土痘。治すすべはなく、周囲のものはただただ、自分にうつらぬように感染者を隔離するしかない。シティスも幼い頃に母と引き離された。ある日突然会うことができなくなり、葬儀の折ですら顔を見ることはなかった。そういう決まりなのだと誰もが言った。

それを避ける方法があるかもしれないなどと、この国の誰も考えたことはなかったのだ。神からの罰として受け入れるしかないと諦めていた。

それをイリスは防ぎたいというのだ。

難しいことだとは思ったが、その志は大切にしたいとシティスは思った。

「そうなれば素晴らしいですね。私も協力させていただきたいと思います」

シティスの言葉にイリスは嬉しく思った。

瞬く間に妖精たちが本の背表紙に跨って、イリスの元にやってくる。そして、ふわりと丁寧にテーブルに着地した。

この国の歴史書から、伝説、民間療法から呪いなど多岐にわたる本が集まってきて、イリスは慌てた。

「あの、もういいわ! 今日だけでこんなに読めないもの!」

「そうなの?」

「どうするの?」

「もっともーっといっぱいあるのに」

妖精たちは困った顔をした。

「また来るわ。また来るときのためにとっておいて」

「また来るの?」

「また来てね?」

「また来るんだって!」

妖精たちは納得したように本の間に消えていった。

たくさんの本を見てシティスは笑った。

その後、シティスに図書館の利用法を教わったり、調べ方を教わったりした。持ち出し可能の本を数冊貸し出してもらい、イリスは魔導宮を出ることになった。