軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 王子が家にやって来た

今、イリスは困惑している。イリスの家の離れになぜかレゼダがいるのだ。籠いっぱいに青梗菜をもって、朱鷺色の瞳をキュルンと輝かせ、小首をかしげる姿は可愛らしい。

だ・け・ど!!

「……ということで、当分イリスの家においてね? あ、これ、イリスが欲しがってた青梗菜」

ニッコリと青梗菜を差し出しながらのたまうレゼダに、珍しくイリスが頭を抱えた。人の頭を悩ませることにたけているイリスではあるが、自分の頭を悩ませるのは慣れていないのだ。

「どうしてこうなったー!!」

思わずイリスが叫べば、レゼダがギョッとした顔でイリスをみた。

いけない。思わず乱心してしまった……。でも乱心するでしょうよ!

コホン、咳払いするイリスである。まずは青梗菜を受け取って、わきに置く。

「失礼いたしました。なぜこのようなことになったのですか?」

イリスが問いなおせばレゼダは説明した。

レゼダは先日の言葉の通り、国王に土痘の予防接種を説得した。シティスを同席させ、魔法陣を根拠に説明したらしい。しかし、国王は禁術の応用だと気付き、危険なものとして受け入れられなかったのだ。

埒が明かないと思ったレゼダは、ワクチンの安全性を証明するためになんとその場で自分が吸引してみせたのだ。王宮はパニックになり、レゼダは騎士たちに遠巻きに囲まれた。そんな状態でレゼダが「イリスの元へ行く。土痘に罹ったことのある彼女ならうつらない」と言ったものだから、王宮からレゼダがシュバリィー家に送られてきたのである。

使用人用の粗末な馬車に乗せられ、秘密裏に、つい先ほど青梗菜と共に送り届けられたところだ。

王家を守る騎士の家として、王子を見捨てることなどできない。

当然シュバリィー侯爵はそう判断し、敷地内の小さな離れにとりあえずレゼダを受け入れた。さすがに発病もしていない王子を地下に閉じ込めることはできないと思ったのだろう。

慌てて使われていなかった離れを整えたのだ。

「なんて! なんて無茶なことを!!」

町の人の一部で安全性は確認できていた。でも、レゼダは王子だ。自らが実験台になるようなことをしてはならないのだ。

しかし、レゼダにしてみれば、イリス自身が望んだこととはいえ、このままではワクチン開発の功績を横取りしたような形になってしまう。

せめてきちんと関わりたい。そんな思いからの行動で咎められるとは思わなかった。

「イリスと共犯になりたかったんだ。それに、どうせ僕は二番目だ。僕なんか死んでも兄がいるから大丈夫」

レゼダは何でもない事のようにヘラリと笑った。

イリスはカッとなる。

「バカなこと言わないで!」

イリスはレゼダの肩をギュッと掴んだ。レゼダは怪訝な顔をしてイリスを見た。

ちっともわかってない! 悲しい、悔しい。レゼダが自分をスペアのように言うのが許せない。

「どうせなんていわないで……レゼダのかわりはいないのよ」

ホロリ、イリスの瞳から涙が転がり落ちる。

それを見てレゼダは、花が綻ぶように笑った。

「笑いごとじゃありません!」

イリスがむっつりと言えば、彼女の瞳から零れる雫をレゼダは指先で拭う。

「初めて僕を呼び捨てにしたね。イリス」

満足げに笑うレゼダから、イリスは一歩下がって頭を下げた。

「失礼をっ!」

「失礼じゃない。もっと呼んでイリス」

「滅相もゴザイマセン!」

イリスは慌ててブンブンと首を振る。ブンブンと縦ロールも揺れる。さらに一歩後退する。

「どうしたの? イリス? 何を逃げているの?」

フフフ、と笑いながら距離を詰めるレゼダ。顔は笑っているが、なぜか怖い。

いや、逃げるでしょ? だって怖いもん。口ではそう言いながら本当は怒ってるんでしょ? もちろん、腕で制圧できるけど、それって打ち首案件よね? もう二度と呼び捨てなんかしないから! お願い、だれか助けて!!

イリスはジリジリと後退した。すると、トンと背中に人が当たる。

「呼んだか? イリスよ」

ソージュの声に、レゼダは一瞬キョトンとし、そしてがっかりしたような顔でため息をついた。

「おや、睦言の最中だったか? これは失礼した」

「そんなことないです! ナイスなタイミングでした!」

イリスはヒシとソージュに縋りついた。

レゼダは肩を竦め、ソージュは笑う。

「しかし、自らワクチンを吸うとはなかなか見どころのある王子だな。思わず手を貸してしまったぞ」

ソージュがイリスに笑いかける。

「手を貸す?」

「先ほど、国王の守護者たる橙の妖精の長に話した。その内、王にも事情が伝わろう。良い男ではないか、イリス」

楽しそうにソージュが笑い、イリスがキョトンとしていれば、レゼダが深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「礼には及ばん。面白いものが見られたしな。せいぜい私を楽しませておくれ」

ソージュはそう言うと消えてしまった。

「本当に気まぐれな妖精の長ですこと」

イリスは感謝しつつも、少し呆れるのだった。

「殿下!」

不躾にドアが開かれ、ニジェルが飛び込んできた。

レゼダは思わず舌打ちをする。

「ニジェル、そこから中へは入るな」

レゼダが厳しく命じる。ニジェルはグッとそこへとどまった。ニジェルはレゼダの病なら自分が引き受ける覚悟があって来たのだが、王子の命令に背くこともできず顔を歪める。

「このような粗末な場所に申し訳ございません」

ニジェルが謝れば レゼダは力なく笑う。

「一応、内々だからこれでいいんだ。王子が土痘にかかったなどと公表できないだろう?」

その言葉にニジェルとイリスは苦い顔をした。もし、レゼダが土痘に罹ったとしたら、それは公表されず、治療もされず、ただの病として片付けるとわかったからだ。王族が神に見放されるなどということがあってはならない、そういうことだ。

馬鹿みたい。

イリスはそっとため息をつく。町では生還者は英雄だ。

「だから大袈裟にしないでくれ」

「ボクもワクチンを吸います。殿下の側に控えるためにはそうしたほうが良いでしょう? イリス、ボクにもワクチンをわけて」

「だめだ、ニジェル。君は長男だ。騎士の家を守る義務がある」

ピシャリ、レゼダが言えばニジェルは悔しそうな顔をして黙った。

なんだかなー。長男だとか家だとか、貴族は大変ね。騎士の家だからと言ってどうと言うこともないのに。腕力はあっても魔力はほぼないしね。

他人事のように思うイリスである。

「それにね、僕の安全が証明されてから続いて接種してくれる貴族が必要なんだ。それをニジェルに頼みたいと思ってる」

「わかりました」

ニジェルが渋々と納得する。

「心配はいらないよ。僕のことはイリスが護ってくれるから。騎士の家としてね? イリス」

レゼダの声にハッとして、イリスは二人を見た。ニッコリと笑うレゼダ。不安そうなニジェル。

騎士の家って!! 都合よく使うための名称じゃない! でも、お取りつぶしは困るのよ!

「……お任せください……」

イリスは見えない重い責務を肩に感じながら、渋々と答えた。