軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百六十三話 耐えきれない

「アルノルト殿下……」

馬車の中でユルゲンはポツリと呟く。

突如として現れた赤竜、そしてそれを抑えに現れたアルノルト。

状況はめまぐるしい。

それでもユルゲンは隣にいる妻を気遣った。

「リーゼロッテ様、どうされますか?」

「どうとは?」

リーゼロッテにしては珍しい返しだった。

ユルゲンは少し意外そうにしつつも、選択肢を提示する。

「城へ下がりますか? それともアルノルト殿下と共に戦いに行かれますか?」

「私が行っても足手まといだ」

「そのようなことはないと思いますが……それに三年ぶりに戻られた弟君ですよ?」

会いに行かなくていいのか?

その質問にリーゼロッテは笑う。

とても愉快そうに。

「たしかに今すぐ会いに行かなければ、アルは姿を消すだろう。きっとあの竜が出て来なければ姿を現すこともしなかった」

「では……」

「あの子は自分の影響力を自覚している。だから姿を現わさなかったのだ。けれど、それでもレオの結婚式には来ていた。私にはそれだけで十分だ」

姿を現わせばまずいことになる。

わかっていても、来ていたのだ。

理由はわかっている。

家族の結婚式だから。

一目でもみたかったのだ。それはレオナルトだけではなく、リーゼロッテも含まれている。

それだけでわかる。

変わっていないのだ、と。

「状況が落ち着けばアルなりの方法で会いにくるだろう。私が無理をするようなことじゃない」

「それならよいのですか……」

「どうした? ユルゲン。私に行ってほしそうだな?」

「いえ、その……いつもなら真っ先に駆け付けそうだったので……」

「嬉しいさ。やっと弟が帰って来たのだからな。だが、帰って来ただけで私は満足だ。向かうのはそれじゃ満足できない者たちだ。私は違う」

「満足なのですか?」

「満足してなさそうに見えるか?」

逆に問い返され、ユルゲンは黙り込む。

たしかにリーゼロッテがこの場にいるということは、本心で満足しているということだろう。

意外だ。

そんな風に思っていると、リーゼロッテはフッと微笑む。

「ユルゲン、お前なりに私のことを思っての言葉だろうが、野暮というものだ」

「失礼しました……」

「この三年間、私にはお前がいた。私はレオではない。アルは大切な弟だが、自分の分身ではないのだ。もしも、あそこにいるのがお前なら私は飛んでいっただろうが、お前は私の隣にいるのだから。私は私の居場所にいるさ」

そう言うとリーゼロッテは指示を出し始める。

「城へ下がる! 近衛騎士隊は護衛を頼む!」

リーゼロッテの指示を受けて、馬車が動き始める。

そんな馬車の中で、ユルゲンは顔を赤くして固まっていた。

そんなユルゲンを見て、リーゼロッテは苦笑する。

「宰相閣下がどうした? 威厳がないぞ」

「無茶言わないでください……リーゼロッテ様」

「そのリーゼロッテ様というのもやめてかまわんぞ? リーゼでいい。私はもうラインフェルト公爵夫人なのだからな」

「……無茶言わないでください……」

ユルゲンの反応を楽しみつつ、リーゼロッテはチラリと戦うアルノルトのほうを見た。

駆けつける者が数人いるようだ。

それもまたいいだろう。

あの日、引き留めきれなかった者たちはずっと心の中で後悔を抱えていたはずだ。

そんな者たちを差し置いて、自分が出しゃばるのは違う。

引き留めるにしろ、言葉を伝えるにしろ。

自分の役割ではない。

「さて、どう責任を取る? アル」

きっと困ったことになるだろう。

けれど、それも弟の人生。

姉として高みの見物とさせてもらおう。

そんなことを思いながら、リーゼロッテは城へ戻っていくのだった。

■■■

「あわわわ!!?? 正体現わしてしまったですわ!? どうしましょう!? トラウゴット陛下!」

「じ、自分に言われても困るであります!」

城に戻ったトラウゴットと護衛隊長であるミアは、いきなり姿を現したアルノルトを見て慌てていた。

予定ではこっそり見守り、そのままトラウゴットたちと共に帝国を出るはずだった。

それがすべて台無しだ。

この後、どうするのか?

そんなことを考えていたトラウゴットだったが。

「やっぱりトラウゴット陛下はご存じでしたか」

後ろから聞こえてきた険しい声に体を固まらせる。

後ろにいたのはシャルロッテだった。

「これはシャルロッテ女史……」

「いくらアルでも帝都にいれば情報が入るはずです。結婚式に際して、帝都に入ったんでしょうけど、誰が連れてきたのか? 来賓の誰かが濃厚で、最有力はトラウゴット陛下だと思っていました」

「いや、その……」

シャルロッテに睨まれて、トラウゴットは視線を逸らす。

シャルロッテが責めているわけではないことはわかる。

とはいえ、問い詰められてはいるし、それに値することをしている。

世界を救った英雄の生還を隠匿し、そのうえで帝都まで連れてきたのはトラウゴットだからだ。

なので、助けを求めるように妻であるマリアンヌに声をかけた。

「ま、マリアンヌ……!」

「たしかにアルノルト殿下をお連れしたのは私たちですが、ご依頼されたのはウィリアム陛下です。つい先日、ご帰還されたそうで、レオナルト殿下の結婚式はぜひ見たいというお申し出だったのでご協力したまでです」

仕方なく、マリアンヌはトラウゴットを庇う。

別に悪いことをしたわけではない。

堂々としていればいいのに。

そんな風に思いながら。

「ウィリアム陛下ということは連合王国に出たのね……北部に来てくれたなら私が手を貸したのに……」

自分の手の届く範囲内に現れなかったこと、そして自分を頼らなかったこと。

シャルロッテはその二点に不満をあらわにする。

アルノルトが姿を隠そうとした理由はわかる。

弟の結婚式が台無しになってしまうし、なにより一度姿を現したら、その情報はすぐに大陸中に行きわたる。

今や、アルノルトはそういう存在なのだ。

「私に伝えてくだされば、いろいろと便宜を図れました。なぜお伝えしてくれなかったんですか?」

「それは……その……」

「アルノルト殿下が誰にも伝えるな、と指示されたからです」

シャルロッテの発する圧に対抗できず、トラウゴットはチラチラとマリアンヌを見て、代弁を頼む。

萎縮しているトラウゴットを見て、マリアンヌはため息を吐く。

「しっかりしてください、あなた」

「弟の女性問題に巻き込まれるのはごめんであります……! こうなるだろうからバレたくなかったでありますよ!!」

アルノルトには自分を頼れ、という女性が多い。

なぜ教えてくれなかったのか?

自分なら、という主張をされても困る。

なぜなら、それが面倒事に繋がるだろうからアルノルトはトラウゴットを頼ったのだから。

ただ、それを指摘する勇気はトラウゴットにはなかった。

「まぁまぁ、落ち着いてですわ、シャルロッテ様」

「落ち着いていられないわよ! はぁ……私も馬車降りるんだった……」

フィーネが降りるなら自分はジッとしておこう。

そう大人な判断をしたことを今更ながらにシャルロッテは後悔していた。

「帰りのプランを教えていただけますか? トラウゴット陛下」

「聞いても意味ないかと……」

「いいから教えてください」

「はい……圧が強いであります……自分、苦手であります、圧の強い女性魔導師……」

追いかけることはできなかった。

けれど、違う形で協力できるかもしれない。

自分はエルナやフィーネとは違う。

それでも。

「いざとなれば北部貴族がアルを匿います。これは……譲れません」

「どう考えても私情ですわ……」

「うるさいわよ、ミアさん」

「自分に頼ってくれなかったからってそんなに拗ねなくてもいいと思いますですわ……」

「拗ねてないわ!」

「これで自分のところに身を寄せたら、もしかして女性陣が押しかけてくるでありますか……?」

「おそらくは」

大陸中から曲者揃いの女性陣が集まってくる様子を想像し、トラウゴットは首を横に振る。

胃が耐え切れない。

「本気で嫌であります……頼むでありますよ! レオナルト! どうにかアルノルトを説得するであります! 帝国に居つくように!」

ただでさえ、世界を救った最強の魔導師なんていうのは揉め事の種だ。

兄として弟が真剣に助けてほしいといえば、全力で守る覚悟だが、その弟の女性問題までは面倒みきれない。

切なる願いを口に出して、トラウゴットは帝都の外で行われる竜討伐に目を向けるのだった。