軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七百五十四話 英雄伝

「第三近衛騎士隊隊長、エルナ・フォン・アムスベルグ、帰還いたしました。陛下」

玉座の間にて膝をつくエルナに対して、皇帝ヨハネスはフッと微笑む。

「任務ご苦労だったな、エルナ。お目当ての品は見つかったか?」

「いえ……いくつか古代魔法文明の遺物は見つかりましたが……」

「次元の穴を開く魔導具や強力な結界を張る魔導具は見つからんか。まぁ、こればかりは仕方ないな」

「申し訳ありません……」

「よい。次はいつ出発する?」

「皇太子殿下の結婚式のあとに出発いたします」

エルナの言葉にヨハネスは一つ頷く。

そんなヨハネスを見て、エルナは再度謝罪した。

「申し訳ありません……復興で人手が足りない中、私だけ我儘を……」

「気にする必要はない。アルノルトを助けたいと皆が思っている。けれど……その術がない。だからお前が術を探すのだ。お前が探すならば、誰も文句は言わん」

「ありがとうございます」

「しばし、帝都でゆっくりせよ。皆、続々と集まってきているからな」

そう言ってヨハネスは少し騒がしい外へ目をやるのだった。

■■■

帝都に凱旋してきた部隊がいた。

その部隊の先頭には明るい茶色の髪の少年がいた。

青年というにはまだ年若く、しかし精悍な顔つきで部隊を率いている。

かつては背の低さを気にしていたが、今では背も伸びて立派な武人といえた。

名はアロイス・フォン・ジンメル。

「ジンメル侯爵だ! 東部国境守備軍の若き副将が帰ってきたぞ!」

「リーゼロッテ様がご結婚されたあとは東部国境守備軍を率いると噂されているぞ……」

「さすがジンメル侯爵だ、帝国の若き英雄だな」

「当たり前だろ、十二歳で帝国軍一万を食い止めて、その後も戦場に出てきた方だ。大戦の際にも南部諸侯連合軍を率いた英傑。あのアルノルト殿下からも目をかけられていた実質的な弟子だ。そりゃあモノが違うさ」

「流れの軍師グラウに扮したアルノルト殿下とジンメル侯爵の物語か。あそこは好きだなぁ。新刊はまだなのかなぁ?」

「この前出たばかりだからなぁ。いやぁ、待ち遠しいよ。〝アルノルト英雄伝〟」

「脚色もあるんだろうなぁって内容だが……実際の凄さを見てるからなぁ。本当にあったことなんだろうな」

人々は帝都に戻ってきた英雄を熱烈に歓迎する。

とくに女性からの歓迎は熱烈で、アロイスの部下は小声でアロイスに話しかけた。

「大人気ですね、侯爵」

「よしてくれ……フィ、いや……あの本のせいだ」

「面白かったですよ、あれ。実際、どうなんです?」

「なにがだい?」

「アルノルト殿下は神算鬼謀の軍師だったのですか? それとも実際は侯爵が指揮を? 作者は不明と聞いていますが」

主人公であるアルノルトを引き立たせるために、アルノルトの手柄にしたのか?

その質問にアロイスはため息を吐く。

若き英雄、アロイスの姿を見ている最近の部下はアロイスが子供の頃から凄かったと錯覚している。

しかし。

「僕は当時、十二歳。やれることはやったけれど、帝国軍を退けられたのは殿下のおかげだ。殿下は……いつだって凄かった」

少し遠くの空を見つめながらアロイスは呟く。

しかし、すぐに頬を引きつらせて、馬を走らせ始めた。

「侯爵!?」

慌てて走り始めたアロイスを見て、部下たちも馬の脚を速める。

歓迎を受けるため、ゆっくり進んでいた部隊がいきなり走り出した。

何かのパフォーマンスかと勘違いした群衆は大きな歓声をあげるのだった。

けれど、アロイスはそれどころではなかった。

「何をしているんだ、あの人は……」

■■■

「殿下……怒られるのは俺なんですが……」

「お父様は飛んじゃ駄目って言ってたから……これは落ちるだけ」

帝剣城の尖塔近く。

第八近衛騎士隊長、フィン・ブロストは白い飛竜でその付近を飛んでいた。

背中には長い金髪の少女。

三年が経ち、少女は美しくなった。

人形のように愛らしかった少女が、大人としての美しさを合わせもつようになったのだ。

お淑やかなリーゼロッテ。

そんな風に少女を評する人もいる。

けれど、フィンからすれば昔と変わらない。

やんちゃなお姫様。

「詭弁ですよ……クリスタ殿下」

「世の中は詭弁で出来ているんだよ……フィン」

「世の中を知っているみたいな言い方はやめてください」

「知ってる……本で読んだ」

「本だけじゃ世の中はわかりませんよ」

「うん……だからそのうち旅に出る」

「また無茶なことを……」

「だから必要なの……自分で空を飛べる力が」

それじゃあ、といってクリスタはスッと空に身を投げた。

やれやれと呟きながら、フィンは落下するクリスタに並走する。

「ちゃんと魔法発動させてくださいね!?」

「わかってる……」

「ギリギリで着地とか考えないで! 余裕をもって!」

「……」

「殿下!!」

「うるさい……」

「あっ!? 殿下!? クリスタ殿下!?」

外の音を遮断する結界を張ったクリスタは、落下する感覚に身をゆだねる。

風の音も頬に触れる冷たさも、目まぐるしく変わる光景も。

どれも心地よい。

そして地面が近づいた瞬間。

飛行魔法を使って、ふわりと着地する。

急な減速は難しい。

けれど、クリスタは難なくそれを行った。かなり地面に近いところで。

「殿下! ひやひやさせないでください!」

「この程度じゃ失敗しないから……」

「見てる方は肝が冷えるんです!」

「フィンが心配性なだけ……」

クリスタの言い分に対して、フィンはため息を吐く。

だが、すぐにフィンの言い分が正しかったことが証明された。

「はぁはぁはぁ……ご無事ですか!? 殿下!?」

「アロイス……? お帰り……久しぶり」

「お久しぶりです……ではなくて……今、落ちていましたよね……?」

「落ちてただけ……飛んでないから大丈夫」

「飛行魔法で危険な飛行しすぎて、最近、陛下に飛行禁止令を出されたのです……」

「ああ、なるほど……ご苦労様です、フィン隊長」

「苦労をわかっていただけて嬉しいです、ジンメル侯爵」

状況を理解したアロイスは体から力が抜けていくのを感じながら、馬を降りて膝をつく。

そして。

「――アロイス・フォン・ジンメル、帝都に帰還いたしました。クリスタ殿下にご挨拶申し上げます」

「うん、おかえり。お父様のところに行くでしょ? 一緒にいこう」

「わかりました」

「そういえば、帰ってきたらルーペルトが手合わせしてほしいって言ってた……」

「ルーペルト殿下が? それは楽しみです」

「ルーペルトは強くなったよ? 大丈夫?」

「まだ負けませんよ」

「本当?」

「本当です。それで、ルーペルト殿下はどこに?」

「勇爵家。稽古に参加しているの」

「勇爵家の稽古に……それは……すごいですね……」

もしかしたら負けるかもしれない。

嫌な予感がしながら、アロイスはあとで型の稽古をしようと決意するのだった。

■■■

「もう一本……!!」

「来なさい」

「はぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

そこは勇爵家が保有する稽古場。

勇爵家の騎士たちがそこで稽古をしていた。

稽古をつけているのは今代勇爵、テオバルト・フォン・アムスベルグ。

片足には義足をはめているテオバルトだが、いまだに全盛期に近い動きが可能だった。

稽古場には数十名の騎士がいるが、軒並み稽古場の端で座り込んでいる。

疲れているからではない。

テオバルトに挑み、打ち負かされて、動けないからだ。

今、挑んでいるのが最後の一人。

けれど、横薙ぎの一撃は躱され、突きで吹き飛ばされてしまう。

「かはっ……」

木剣とはいえ勇爵の一撃。

勝負あったと感じたテオバルトは背を向けて、稽古を終えようとする。

「今日の稽古は」

「も、もう一本……」

起き上がった相手を見て、テオバルトは目を瞬かせる。

明らかに戦意を折る一撃だった。

けれど、戦意は折れるどころか増している。

勝てないと理解しているだろうが、それでも勝つという闘志と気概を感じる。

「失礼、ルーペルト殿下。どうぞ」

かかってこいと、テオバルトは剣を構える。

それに対して、起き上がった相手、ルーペルトは真っすぐ突っ込んだ。

力任せな一撃。

躱そうと思えば躱せたが、躱させることが目的の一撃なのは明白。

だからこそ、あえてテオバルトは力比べに受けて立った。

双方の木剣が交差するが、力はテオバルトのほうが上。

まだまだ体ができていないルーペルトが勝てる相手ではないのだ。

けれど、テオバルトが押し切る瞬間。

ルーペルトは力を抜いて、テオバルトの足元に滑り込んだ。

そして、足でテオバルトの義足を払った。

バランスを崩したテオバルトに対して、ルーペルトは渾身の突きを放つ。

だが、テオバルトは片足とは思えない身のこなしで体をひねって回避すると、流れるような仕草でルーペルトの首に剣を当てた。

「義足を狙う判断は正しいですが、義足を払った瞬間に喜びが顔に出ていました。それがなければもう少し早く攻撃に移れたはずですよ、ルーペルト殿下」

「はい……勇爵……」

「ですが、良い攻撃でした。正面から勝てないならば、勝てる方法を見つける。勝負の鉄則です。良く学んでいますね」

「いえ……まだまだです。もう一本お願いします!」

「向上心があるのはいいことですが、そろそろお時間です」

そう言ってテオバルトは時計を示す。

ルーペルトは顔を青くして、すぐに一礼して走り始める。

「まずい! 母上との約束に遅れる! ありがとうございました! 勇爵、騎士のみなさん!」

「お気をつけて」

稽古後だというのに元気に走り去っていくルーペルトを見て、テオバルトは微笑ましそうに笑う。

そして。

「私はルーペルト殿下の凄さを褒めるべきかな? それとも我が勇爵家の騎士の情けなさを嘆くべきかな?」

テオバルトの言葉を聞いて、端で倒れていた騎士たちが起き上がり始める。

「よろしい、稽古の続きだ。聖剣がなくとも、我らは勇爵家。帝国を守る義務があることを忘れるな」