作品タイトル不明
第七百三十二話 父と子と、兄と姉と――弟と
「くっ!」
結界内の戦いは俺たちが有利だった。
ヴィルヘルムにとって俺の乱入は予想外。
とはいえ、こちらとしても全力で戦えない。
こちらは結界に閉じ込められており、範囲の広い攻撃を使えばこちらも巻き込まれる。
威力を調整しながら戦う必要があった。
それに対して、ヴィルヘルムは徹底して防御を優先させた。
結界を自由に変形させて、ヴィルヘルムは巧みに俺の攻撃を防御する。
この場で自分が討ちとられるわけにはいかない。そういう判断なんだろう。
だが。
「はぁっっ!!」
気合の声と共にレオがヴィルヘルムの懐に潜り込み、その体を斬りつける。
肩口から斬りつけられたヴィルヘルムは顔をしかめながら、その視線は後ろにいる俺へ向いていた。
警戒すべきは俺。
それをよくわかっているようだ。
無数の魔力弾で俺はヴィルヘルムに追い打ちをかけるが、ヴィルヘルムはそれを避けた。
結界から出るという方法で。
「さすがに発動者は出入り自由か」
「予定とは違うが……貴様らを閉じ込められるならそれはそれで問題ない」
体の傷を治しながらヴィルヘルムは告げる。
できるならレオを討っておきたかったんだろう。
この結界内は相当、ヴィルヘルムに有利だ。破壊不可能な壁をいくらでも出現させることができるのだから。
けれど、それでも俺たちを止められなかった。だから、閉じ込めておく。
幸い、俺も入った。
戦力の封じ込めとしては悪くない。
とはいえ。
「その時間稼ぎがいつまで持つかな?」
この結界は急遽作られたものだ。
天球から派生したものであるため、同等レベルの耐久はあるだろうが。
俺なら時間をかければ破壊は可能だ。
「時間を稼げればそれでいい」
そう言ってヴィルヘルムは城へと戻っていく。
何かまだ手があるようだ。
「どうする? 兄さん」
「国に張られた結界と同じ縛りだ。破壊してもいいが、ここで力を使うのも勿体ないだろうな。奴にはまだ奥の手があるようだし」
「でも、破壊しないと出られないよ?」
「外から破壊するさ」
「兄さん以外にできるかな?」
「できるさ。SS級冒険者は俺だけじゃない」
人類の規格外。
その集まりがSS級冒険者だ。
急ぎすぎた進化。
人類が少しずつ歩むはずだった道を先に歩んでしまった者たち。
それがSS級冒険者。
帝国が誇る最高峰の防御も破るだろう。
それを確信させる力が彼らにはある。
■■■
流星が帝都に墜ちた。
天球は崩れ落ち、俺たちは結界から脱出する。
「すごい威力だね……」
「さすがリナレスってところだな。おかげで力を温存できた。これで帝都にも入れるぞ」
こそこそと隠れることはできなくなった。
奴は最後の砦を失った。
とはいえ、奴の戦力補給も限りがない。
門があるかぎり、相手は魔界全体。
いくらなんでも相手がデカすぎる。
塞がなければいけない。
「門をどうにかしたいが、開いた門を塞ぐには強力な一撃が必要だ」
「聖剣だね」
「エルナに門を任せて、ヴィルヘルムは俺たちが討つぞ。また開かれても困るからな」
「そうだね。あと、あの悪魔はダンタリオンらしいよ?」
「悪魔の大参謀。魔王に粛清された悪魔か。どうりで悪魔らしくない手段の数々。納得だ」
悪魔でありながら、人間よりの考えを持つ悪魔。
なるほど、なるほど。
「哀れなやつだ」
悪魔は悪魔。
人類は人類。
何もかもが違う。
だからダンタリオンは中途半端なのだ。
悪魔の強さと人類の強さを有しているように、悪魔の弱さと人類の弱さも有している。
そして。
人類の強みは個人で生かされない。
単体で完成されている。単体で強い。それは悪魔の強みだ。
人類は弱い。けれど、群れることができる。
共感し、繋がることができる。
それが人類の強さだ。
それなのに。
ダンタリオンは一人だ。
だから哀れだ。
もう一人。
ダンタリオンを理解できる悪魔がいれば話は違っただろうに。
「さて……」
呟きながら俺は西側の戦場に目をやる。
そこには懐かしい人々が集まっていた。
その後ろでは俺たちが引き連れてきた援軍を加えて、再攻勢の準備がなされている。
「行くか、レオ」
「うん」
少しうれしそうにレオが返事をする。
気持ちはわかる。
久しぶりの再会だから。
ずっと待ち望んでいた。
家族で協力できる時を。
「……ご無事でなによりです、父上」
空から地面に降りると、俺は父上に挨拶した。
それに対して、父上は優し気に笑いかけた。
父上は俺の正体を知っていた。
少なくとも、決戦の最中には。
そうでなければあの言葉は出てこない。
「よく、戻ったな。苦労をかけた」
「……処罰は必ず受けます」
「馬鹿を言うな。処罰などあろうはずがない。ワシは誇らしいぞ、アルノルト。国に、大陸中に、声を大にして叫びたいくらいだ。ワシの息子はどうだ? すごいだろう、と。だが、まだそれはできん」
「事が片付いたとしても、できればやめてほしいですね……」
「それは終わった後次第だな。では……家族会議と行こうではないか。家を取り戻すためのな」
そう父上が言うと、父上の後ろに控えていたゴードン兄上とザンドラ姉上が前に出てきた。
「ザンドラ姉上、ゴードン兄上……」
レオの声を聞き、ザンドラ姉上とゴードン兄上はフッと微笑む。
そして。
「まるでヴィルヘルム兄上のようね、レオナルト」
「そうだな。だが、もっと胸を張れ。威厳は大切だ」
「レオナルトはそういうタイプじゃないのよ、人望で支えられるから偉そうにする必要はないわ」
「笑わせるな。レオナルトは戦場でこそ輝く。雄々しいレオナルトを見て、兵士は士気をあげるのだ」
「あんたの願望でしょ?」
「言葉をそのまま返そう。お前のほうが願望だ」
「やれやれ」
二人の間にいた父上が首を横に振ってため息を吐く。
そんなとき、北と南から騎馬隊がやってきた。
「これはどういうことでありますか!? 自分は夢でも見ているでありますか!?」
「夢じゃないわよ。魔法で一時的に存在しているだけだけど……現実よ」
「ルーペルトとクリスタが俺たちにチャンスをくれたのだ」
「なんと……度肝を抜かれたであります」
父上の傍にいるザンドラ姉上とゴードン兄上を見て、トラウ兄さんが驚愕の表情を浮かべる。
だが。
「そもそも、北側はどうした? お前がここにいたら誰が指揮をとっている?」
「いやぁ、ルーペルトが西に向かったと聞いて、居てもたってもいられず……」
「北がまずいか」
状況を察したゴードン兄上は動こうとする。
援軍に向かおうとしたのだ。
けれど、それは制される。
「もう援軍は送った。立て直している頃だろう」
「リーゼ姉上……」
「お前まで来たら東は誰が指揮をしている?」
「ユルゲンに任せました。補佐はアムスベルグ夫人に頼みました。南はジンメル侯爵が奮戦しております。父上」
「大丈夫ならいい。しかし、そうなると西側の攻勢は失敗できんな」
「大丈夫でしょう。将には困りませんので。助っ人もいることですし」
リーゼ姉上はザンドラ姉上とゴードン兄上を見て、フッと笑う。
そして。
「家族での作戦会議はいつぶりだろうな」
少し遠くを見るようにリーゼ姉上は呟く。
かつては当たり前だった。
それがようやく叶った。
「ところで、アル」
「はい……」
来た。
声は届いていないだろう。けれど、恰好を見ればある程度、察することはできる。シルバーの正体が俺だった、ということに。
説教だ。
そう思って肩を落として返事をする。
しかし。
「こそこそと色々やっていたようだな。誰が協力者だ?」
「えっと……フィーネとセバスですかね」
「何をするのも勝手だが、あまり周りを傷つけるな。とくに幼馴染は、な」
「はい……」
エルナに黙っていた。
その一点においては誰も味方ではないらしい。
一斉に非難の視線に晒されて、俺は視線を下に向ける。
けれど、そんな俺の頭にリーゼ姉上の手が置かれた。
「とはいえ、SS級冒険者とは大したものだ。さすが……〝私たち〟の弟だ」
そう言うとリーゼ姉上は父上に視線を向ける。
視線の意味を理解したのか、父上は首を横に振る。
「ワシは後方にいる。指揮はレオナルトに任せるとしよう」
「たしかに皇太子が指揮を執るのが妥当でしょう」
全員が頷く。
レオもそれを受け入れた。
もう皇太子なのだ。
父上が指揮を執らないならば、レオが執るのが当然だ。
そして、誰も文句は言わない。
そういう意味では。
今、ここで帝位争いは終わったのかもしれない。
「「「「「ご命令を――皇太子殿下」」」」」