作品タイトル不明
第七百八話 また会える……?
本来ならば、帝国の外で聖剣を召喚するには皇帝か皇帝に準じる者の許可が必要となる。
王国内でラファエルが聖剣を召喚できたということは、許可を与えられたということだ。
皇帝が与えるわけもないため、ヴィルヘルムが許可を与えたとみるべきだろう。
それは皇帝権力が完全にヴィルヘルムによって掌握されており、実質的な皇帝としてヴィルヘルムが君臨していることを意味する。
初代の施した聖剣召喚と皇帝による制限。
二つの枷が突破され、ラファエルの手に聖剣は降り立った。
それは由々しき事態ではあったが、エルナにそこまで気にする余裕はなかった。
聖剣は魔を滅する星剣だが、善悪を判別するものではない。
悪魔が召喚したならば、その聖なる気によってまともに扱えないだろうが、ラファエルは本質的には人間だ。
使う分には問題ない。
それが許せないというなら、手は一つ。
エルナがラファエルから聖剣を奪えばいい。
どちらが相応しいか。そんなものは考えるまでもない。
ただ、そこまでの気力がエルナにはなかった。
ラファエルより自分のほうが勇者としてふさわしいのだ、と張り合うということは自分を奮い立たせるということだ。
奮い立つ熱い思い。それがエルナには足りてなかった。
ゆえに。
「くっ……!」
エルナはただラファエルと打ち合っていた。
たとえ気力がまったく湧かないような状態でも、エルナはラファエルには劣っていなかった。
その状態でもSS級冒険者クラスの戦闘力を発揮していたのだ。
それでも聖剣を持ったラファエルを相手にするのは分が悪かった。
「どうした!? その程度かい!!」
ラファエルはそう言ってエルナを吹き飛ばす。
勝てる。
聖剣を手にした自分ならばエルナに勝てる。
ラファエルはそれを確信していた。
絶大な力。何人にも脅かされない力。
この力さえあれば自分は最強でいられる。
赤子の頃に捨てられたラファエルは家族に、愛情に、飢えていた。
それを満たしてくれたのは父のような皇帝だった。
けれど。
その愛情も本物ではないことに気づいていた。
皇子たちを見つめる目線と自分を見つめる目線。似ているようで違う。
エルナと自分を見つめる目線。それも似ているようで違う。
優先順位が低いのだ。
だから、ラファエルはより励んだ。けれど、どれだけ励んでもエルナはラファエルの上を行く。
剣技で上回ることはできなかった。
屈辱の前に恐怖がラファエルを襲っていた。
ラファエルは満足を知らない。
悪魔の母が自分を愛したという事実に満足はしなかった。
皇帝が実の息子のように愛してくれるという事実に満足はしなかった。
近衛騎士として尊敬を集めているという事実に満足はしなかった。
より先へ。より高みへ。
より強い愛情を求めた。
母だけではなく、誰からも愛されたかった。
皇帝にも実の子よりも愛して欲しかった。
皇帝よりもエルナよりも、誰よりも尊敬されたかった。
そうすれば失うことはなく、失っても痛くはない。
自分が高みに至れば問題ない。
幼い頃の歪みは成長したあとも心の内に巣食い、自分の出生における秘密を知ることで広がってしまった。
愛されたい、認められたい。
けれど、失うのは怖い。
他者から切り捨てられることを怖がるゆえに、自分から切り捨てた。
ラファエルにとって愛は与えられるものであり、与えるものではない。
それがラファエルの歪み。
求めすぎた怪物。
勇者の血への憎しみも一つの理由でしかない。
結局は他者への妬みと際限ない承認欲求がラファエルの根底だった。
それにエルナは気付いていた。
だから、憐れむようにラファエルを見つめる。
それがラファエルを刺激した。
ラファエルにとって、エルナは常に目の上のたんこぶだった。
天才と呼ばれても、エルナには及ばない。
エルナには勇者の血が流れているから、と。そう言い訳することもできなかった。なにせ自分にも流れていたから。
皇帝は実の子のように自分を愛したが、同等以上の愛をエルナにも抱いていた。
愛する我が子の傍にいる者だから。
そんなエルナにようやく勝てる。
ようやく上回った。
なのに、エルナから憐れむような目を向けられた。
「なんだ……なんだ!? その目は!!??」
怒りが頂点にまで差し掛かり、ラファエルは全力で聖剣を振るう。
それをエルナは受け止めようとするが、今のエルナに受け止められる攻撃ではない。
後ろにある暫定王都には被害が出ないようにせめて逸らそうとするが、その前にエルナの前に割り込んできた人物がいた。
「ノーネーム……」
「私の後ろへ!!」
ノーネームはエルナを後ろにかばうと、冥神によってラファエルの一撃を受け止める。
光をともなった一撃は、漆黒の一撃によって相殺された。
だが、ノーネームに余裕はなかった。
肩で息をして、体のあちこちに小さな傷があった。
「ちゃんと抑えておいてもらえますか?」
「割り込むならばまとめて片付けるのみです」
ラファエルの言葉に対して、先代ノーネームは炎神を上段に構えた。
それを見て、ラファエルは肩を竦めたあとに自らも聖剣を上段に構えた。
強力な攻撃が来る。
それを察して、ノーネームは指示を出す。
「クロエと共に結界の中へ」
「一人じゃ無茶よ」
「二人でも一緒です。今のあなたは戦える状態ではありません」
「戦えるわ」
「あなたは戦ってない。死ぬなら死ぬでそれでいいと、命を捨てようとしているだけ。人は生きるために戦うのです。次代につなぐために戦うのです。あなたにその意思はない。だから、下がってください。私は……友を失いたくありません」
そう言ってノーネームは冥神の力を最大限に引き出す。
躊躇を見せるエルナに対して、ノーネームは告げた。
「いつか決着をつけたときに伝えようかと思っていましたが、今、伝えておきましょう。私の名は……イングリット。イングリット・ノックス。それが私の名です」
それだけ伝えると、ノーネームはエルナを後ろに突き飛ばす。
そしてラファエルと先代ノーネームよりも先に攻撃を仕掛けた。
最大出力の冥神による一撃。
それを二人は炎神と聖剣によって受け止める。
激しい光の奔流のぶつかり合い。
だが、ほぼ互角の中で徐々に冥神がおされはじめた。
そして。
「くっ……!!」
力の均衡が崩れ去り、爆発が起きた。
爆風が一帯を支配する。
すべてが収まったとき、エルナの視界の先でイングリットが膝をついていた。
「さすがに……聖剣と炎神の相手は骨が折れますね……」
そう言いながらイングリットは立ち上がろうとするが、体が痛んで立つことができない。
そんなイングリットの隣。
エルナがそっと並び立った。
「エルナ……」
「庇われるのって慣れてないの」
そう言うとエルナはイングリットに手を差し出した。
同時に、反対側からも手が差し伸べられた。
「私じゃ力は足りないかもしれませんけど……共に戦いましょう!」
「クロエ……」
二人の手を借りて、イングリットは立ち上がる。
そんなイングリットを見て、先代は不快そうに告げた。
「あなたは弱くなった。馴れ合い、強さを見失ったのです」
「……私は強くなったのです。人は支え合って生きる生き物ですから」
そう言うとイングリットはつけていた仮面を外した。
そしてその赤い瞳を先代へと向けた。
「私はアーヴァイン・ノックスの子孫として……人類側につきます。我々は元々、人類の守り手だからです」
「それが望みならば……望みの場所で逝きなさい」
再度、先代ノーネームは炎神を掲げた。
それに合わせてラファエルも聖剣を掲げる。
攻撃に合わせて、エルナたちも備える。
エルナは勇爵家に伝わる奥義・星刻の体勢に入り、イングリットは再度、冥神の力を引き出す。
クロエはダークネス・フォースを無理やり発動させ、その力を双剣へ伝えていた。
準備はすぐに済んだ。
先に動いたのはラファエルたちだった。
二つの剣より光と炎の奔流が放たれ、エルナたちは各々、できる力でそれを防ぎにかかる。
けれど。
受け止めることはできても、はじき返すことはできない。
奔流は徐々に強くなっていき、エルナたちを飲み込んでいく。
死にたくはない。
そうは思いつつ、生きていたいと強く思うこともできない。
理由は明白だ。
それでも。
恥ずかしい姿は見せられない。
それだけでエルナは自らを奮い立たせた。
「「「はぁぁぁぁっっっ!!!!」」」
気合の声と共にエルナたちは奔流を押し返す。
だが、それだけだった。
押し返された分だけ、ラファエルと先代ノーネームも力を込めてくる。
押し返した奔流が徐々に自分たちのほうへ向かってきた。
その光景をエルナは静かに眺めていた。
飲み込まれれば死ぬだろう。
死ねばすべて忘れて楽になれるのだろうか?
死ねば。
「また会える……?」
その呟きと共にエルナの前に一人の人物が現れた。
黒いローブに銀仮面。
その人物が作り出した銀の盾によって、二つの奔流は受け止められる。
そして。
「――無事か? エルナ」
エルナのほうを見つめながら、そう告げるのだった。