作品タイトル不明
第六百八十八話 人それぞれ
帝国北部・オスター平原。
北部動乱の決戦場にして、最大の激戦地となった場所だ。
そこにルーペルトは来ていた。
立っているのは、まさしくゴードンがレオナルトと一騎打ちを繰り広げた場所。
命を落とした場所だ。
「どんな最期だったの……?」
「味方を撤退させるため、少数による突撃を敢行しました。その先頭を駆ける勇猛さ、強さは……かつてのゴードン皇子を思い起こさせる猛将ぶり。最期の突撃に関しては、卑怯さなど微塵もない、正々堂々としたものだったと……アルノルト殿下は言っておられました」
付き添っているのはシャルロッテだった。
北部貴族を率いて参戦したシャルロッテの言葉は、ルーペルトに当時の情景を想像させるにはうってつけだった。
ここで兄が死んだ。
そのことに意外なほどショックはない。
ゴードンだから、ではない。
すんなりと人は死ぬのだと受け入れられた。帝都でもそうだった。
人は死ぬ。
たとえ自分の身内だったとしても、皇族だったとしても。
だから、人は精一杯に生きるのだ。
死にたくはない。傷つきたくはない。
逃げるのは簡単だ。
〝それでも〟。
人はなにかを成そうとする。
ゴードンとて死にたくはなかっただろう。生きていればできることがたくさんある。
だが、ゴードンは味方の撤退を優先させた。
どうしてだろう。
「ねぇ、ゴードン兄上……命より大切なものはなに……?」
答えは期待していない。
これは自問自答に近い。
だが。
『人それぞれだ』
声が聞こえた。
振り返った時、ルーペルトは白い空間にいた。
魔法? それとも夢?
ルーペルトが困惑していると、そっと後ろから肩に手が置かれた。
『俺はあいつのように魔法に秀でていないからな。難しいことはできん。この場だからこそ、言葉を伝えることができる』
「ゴードン兄上……?」
ルーペルトが振り返るとそこにはゴードンの姿があった。
在りし日の姿。
亡霊かなにかかと思ったが。
肩に置かれた手には温もりがあった。
『命を賭けるモノは人によって違う。それを見つけられない者だっている。簡単なことではない。だが……後の自分を想像するとわかりやすい。敵の前から逃げた自分を想像し、死んだ方がマシだと……そう思うなら命をかけて戦えばいい。それでも生きていればなんとかなると思うなら、逃げればいい。判断するのは他者ではなく、己だ』
ゴードンはそっとルーペルトの胸を叩く。
そこで決めろ、といわんばかりに。
そして。
『お前は俺を出し抜いた。その時、勇気をもって下した決断を思い出してみろ』
ゴードンはフッと笑う。
そのままゴードンの大きな手がルーペルトの頭に置かれた。
『少し、背が伸びたな』
髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でると、スッとゴードンは消えていく。
ルーペルトが物心ついたばかりの頃。
出陣前、ゴードンはよくそうやって頭を撫でていた。
そのことを思い出し、ルーペルトがゴードンの姿を探したときには、ゴードンの姿はどこにもなく、ルーペルトはオスカー平原にいた。
「殿下? 大丈夫ですか?」
「ここに……ゴードン兄上が……」
「殿下?」
「いや……大丈夫だよ」
心配そうにするシャルロッテに対して、ルーペルトは何度か頷きながら答える。
ルーペルトは静かに先ほどの言葉を思い出す。
夢かもしれない、魔法かもしれない、ただの錯覚かもしれない。
それでも。
胸に響いた言葉はたしかに覚えている。
帝都での逃避行の時。
ルーペルトは一度、ゴードンを出し抜いた。
それは囮として仕事を全うしたからだ。
結果的に自分が本命だった。
成功したのは囮としての役割に徹したから。勇気を出して、それを決断した。
その時、自分に勇気を出させたのは何だっただろうか?
クリスタを見捨てた。
多くの人を見捨てた。
それでも役割を果たそうとしたのはなぜだったか?
自分から囮を申し出た。それに対して……兄が頼むぞと託してくれた。
その頼むぞという言葉を裏切りたくなかった。
そこに行きつき、ルーペルトは深呼吸をした。
「シャルロッテ・フォン・ツヴァイク侯爵……一つ訊ねたい」
「は、はい、殿下……なんでしょうか?」
「僕を……ルーペルト・レークス・アードラーを神輿として担ぐ覚悟は?」
「……殿下に覚悟がおありでしたら」
覚悟。
重い言葉だ。
帝都を出る時まではルーペルトにもあった。
けれど、アルノルトの死を知って、それがブレてしまった。
だが、今はブレない。
多くの人が自分を帝都から逃がしてくれた。
皇族としての責任が自分にはある。
期待されたのだ。
そして。
「僕は……アードラーの一族だ。多くの尊敬すべき兄や姉がいる。彼らを幻滅させるのだけは……死んでも嫌だ。だから、戦おう。たとえ相手が兄であっても」
ルーペルトの言葉を聞き、シャルロッテはその場で膝をついた。
「ツヴァイク侯爵家は殿下に従います」
「すべての北部貴族に檄文を。内容は任せる。けれど、最後にこう付け足してほしい。〝誇り高き北部四十七家門の皆が、兄、アルノルトからの恩を忘れていないことを願う〟と」
「殿下、それは……」
挑発に近い。
アルノルトからの恩も忘れたか、というものだ。
だが、ルーペルトは首を横に振る。
「北部貴族は誇り高い。恩知らずと言われたら、黙ってはいられない。生意気な最年少の皇族に文句くらい言いに来たくなるはずだ。直接会えれば……文章なんかよりよっぽど心に訴えられる。来てもらうためにも必要なんだ」
「そこまでお考えならば……指定する集合場所はどちらに?」
「……グナーデの丘にしよう」
ルーペルトはそういうと歩き出したのだった。
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「アル兄さまは……死なない……アル兄さまは……死なない……」
廃人のようにベッドの上で呟くクリスタを見て、アロイスは唇を噛み締めた。
アロイスがクリスタを保護し、南部の諸侯に檄文を発したとほぼ同時に、アルノルトの死をクリスタは知ってしまった。
それ以来、クリスタは伏したままだった。
涙も流さず、ただ茫然としている。
あまりのショックに放心状態なのだ。
「アロイス様」
ここまでクリスタを保護してきたネルべ・リッターの団長、ラースがアロイスを呼んだ。
「なんでしょう?」
「さっそく援軍の到着です」
「もう?」
早い。
そう思いつつ、アロイスは出迎えに出るために走った。
アロイスが拠点とするゲルスの街は、アロイスが侯爵位を受け取ったことにより大きくなった。
今では南部有数の大都市だ。
急速に大きくなったのは、皇帝の思惑もあった。
アロイスは南部の有力貴族に育てたいという思惑だ。
そのため、多くの資金が投入され、ジンメル侯爵領は大きくなった。
そんな大きくなったゲルスの街に、百騎程度の騎士たちが入って来た。
「ジンメル侯爵、お出迎え感謝します」
「これはシッターハイム子爵……お早いですね」
真っ先に駆け付けたのはレベッカ・フォン・シッターハイム子爵だった。
たしかに彼女なら真っ先に駆け付けるだろうな、とアロイスは納得する。
「皇帝陛下とレオナルト殿下には大恩がございます。どちらにつくか、考えるまでもありません。この命はクリスタ殿下に捧げます」
レベッカは晴れ晴れとした表情で告げる。
かつてレベッカの主人だったシッターハイム伯爵は、不正に手を染めた。しかし、その行いを恥じたシッターハイム伯爵は告発文をしたため、それによって南部におけるクリューガー公爵の行いが明るみに出た。
皇帝はレオナルトの推薦を受け、レベッカにシッターハイム子爵位を授け、そのうえで勲章を授けた。
レベッカと、シッターハイム伯爵への勲章だ。
その配慮は今でもレベッカの心に残っていた。
いつか、必ず恩を返そう。
そう思っていた中での檄文だった。
この時が来たと、レベッカは騎士を率いてきたのだ。
「殿下はどちらに? ご挨拶をしたいのですが……」
「それが……」
アロイスは顔を歪める。
どれだけ軍が集まっても、旗印が機能しなければ意味がない。
そして、十代の少女へ兄の死を引きずるなということが、どれほど無理難題なのか、アロイスにもわかっていた。
南部の反ヴィルヘルム派は機能不全に陥ったのだった。