作品タイトル不明
第六百八十六話 二人の長老
「森の外に出るなど、いつぶりだろうな」
そう呟いたのはエルフの老人だった。
杖をつき、腰は曲がっている。
長命なエルフでありながら、老いているということは相当な高齢ということだ。
その顔には多くの傷があり、かつては武人だったことがうかがえる。
「まさか貴様に連れ出されるとは思わなかったぞ? 竜人族の長老……〝トライアス〟」
「非難するような言い方はよせ、エルフの長老、〝メイソン〟。お主が隠居して、エルフたちを統制しないから我らも出張ることになったのだ」
老エルフ、メイソンの隣には竜人族の長老、トライアスがいた。
名を呼ばれたのは久々だった、互いに。
共に五百年前、肩を並べて戦った戦友。
自らの一族を率いて、勇者と共に戦った古強者だ。
だが。
「同族がダークエルフに堕ち、無数の戦の果てに戦いを嫌悪するようになったのはわかる。だが、その果てに森の奥で引きこもるというのはどうなのだ?」
「……戦いは二度としない。それが五百年前の戦いを生き残ったエルフたちの総意だ。若い者たちが外と結びつき、外に出ようとするのは仕方ない。だが、戦いはしたい者がすればいい。我らはごめんだ」
「それで孫娘を戦場に行かせたのか? 呆れた奴だ」
「我々は戦わない。だから森の奥でひっそりと暮らすことを選んだし、ドワーフたちの救援要請にも応えなかった」
皇国とドワーフの国が戦争状態に入った時。
ドワーフは多くの亜人国家に援軍を要請した。
そんな援軍要請にエルフの里は応じなかった。
長老をはじめとする大戦の生き残りたち、つまり老人たちの決定だった。
五百年前の大戦時、同族との戦いや悪魔の圧倒的な力を見て、老エルフたちは戦いを厭うようになったのだ。
それは今回も変わらない。
里が王国派と反王国派で割れたとはいえ、老エルフたちはほとんど実力行使に出なかった。
外とは結びつかず、里から出ない。
それが唯一の主張であり、そのせいで敵に付け入られた。
にもかかわらず、老エルフたちは変わらなかった。
それだけ大戦の影響は根強かったのだ。
だから、王都にはウェンディがエルフを率いてきた。
「我らには我らの考えがあり、今を生きる者には今を生きる者の考えがある。好きにすればいい。別に我らの考えに若者を縛っているわけではない」
メイソンは呆れ顔のトライアスに向けて告げる。
長命なエルフは変化を嫌う。ゆっくりと流れる時間を楽しむのがエルフだからだ。
価値観がそもそも人間とは違う。
「隠れ住んでいたというなら、貴様らも同じなはず。こちらばかりを非難するな」
「我らは病毒に対抗するために薬を作っていたのだ。一緒にするな」
「それで? 薬はできたのか?」
「あと、五百年あればできるだろう」
「では、手遅れだな」
「そうさせぬためにお主たちを里から引っ張り出した」
トライアスの周りには老エルフたちがいた。
皆、五百年前の大戦を生き抜いた強者ばかりだ。
エルフ側の最高戦力といえた。
彼らが動いていれば、いろいろと状況が変わったはずだ。
しかし、動かないと決めたエルフを動かすのは難しい。
ゆえにトライアスは無理やり、転移で彼らを連れてきた。
説得する時間が惜しかったからだ。
「それで? 戦えというわけではあるまい?」
「無論だ。そこまで無理強いはしない。ただ、結界を壊すのを手伝ってほしいだけだ」
「ならば、なぜこんなところに?」
トライアスたちがいたのは人間の都市だった。
そこは王国の王であるフランシーヌが臨時の王都と定めた都市。
連合軍も駐留している。
いきなり現れたトライアスに驚き、人間側は包囲を作っていた。
そんな包囲の中から、一人の男が現れた。
「さ、下がって武器を下すんだ! 遅れて申し訳ありません。自分は王国の宰相を務めるドロルムと申します。エルフの皆様方、それと……」
「竜人族の長老、トライアスだ。宰相ならば話が早い。我々はこれから結界の破壊に向かうゆえ、その許可をもらえるだろうか?」
「なぜ、人間の許可が必要になる?」
「ここは彼らの国だ」
「律儀なものだ」
「忘れたか? かつてもそうだった。人間とはこうやって付き合うのだ」
「忘れたな。人間との付き合い方を覚えているほうがどうかしている」
呆れた様子のメイソンを放っておいて、トライアスはドロルムを見つめる。
ドロルムはまじまじとトライアスを見つめかえすと、静かに頷いた。
「文献だけに登場する竜人族……その長老にお会いできたこと、光栄に存じます。そのうえで宰相としてお願い申し上げます。どうか、結界の破壊をお願いしたい」
「賢明な判断に感謝を。それでは行くぞ」
そう言ってトライアスは老エルフたちを連れて転移したのだった。
■■■
連合軍と悪魔の決戦場。
王都があった場所には何もなかった。
しかし、亜人として優れた力を有する彼らはすぐに結界の存在を感知した。
「この規模の結界……しかも時空を隔離しているのか? 手間をかけたものだ」
「中から壊そうとしているはず。こちらも手を尽くして、少しでも壊れやすくするぞ」
トライアスの言葉を受けて、老エルフたちは周囲に散っていく。
そんな中。
「長老ー!! みんな配置についているよー!」
「術式もいくつか準備しました」
竜人族の双子。
ルベッタとロレッタが近づいてくる。
ここに来たのはトライアスだけではない。
竜人族が総出で出向いていた。
「ふむ、では始めよう」
「よし! ジークを助けなきゃね!」
「ですが、長老……私たちだけで来てしまってよかったんですか?」
「保護した二人のことか?」
竜人族がここに来る前。
とんでもない勢いで吹き飛ばされてきた二人の人物を保護していた。
とはいえ、吹き飛ばされて気絶していただけだ。
致命的な傷を負っていたわけではない。
トライアスは彼らに回復用の薬を用意すると、放置して結界の破壊を優先した。
「覚えておけ、ああいう規格外は気にするだけ無駄だ。かつてもそうだった」
そう言ってトライアスはクスリと笑う。
外に出て、規格外な存在たちを見ているとかつてを思い出す。
「精霊魔法準備……まずは攻撃を仕掛けて結界の効力を弱めるぞ!」
無理やり連れて来られたわりには積極的なメイソンを見て、トライアスは目を丸くした。
「なんだかんだ、孫娘が可愛いか……我らも動く。エルフに合わせて結界を弱めるぞ。異変は中に伝わる。内と外から時間をかければ、壊れるはずだ」
そう言ってトライアスは肩を回す。
「さて……本気で動くのは五百年ぶりか」
その呟きの後。
エルフたちが召喚した無数の精霊による攻撃と、竜人族の用意した無数の術式による攻撃により、一帯は巨大な爆発が断続的に鳴り響くようになったのだった。