作品タイトル不明
第六百八十四話 ヴィルヘルムの演説
「帝国の民よ。どうか私の言葉を聞いてほしい。私は帝国第一皇子ヴィルヘルム・レークス・アードラー。不幸にも私は宰相と争い……帝都で血を伴う戦いを起こしてしまった。仕方なかったこととはいえ、申し訳ない。そのうえで私は再度、帝国の皇太子として帝国の立て直しを行うことをここに宣言する! いまだ皇帝陛下の帰還は叶わず、宰相の偽情報により各地にて私へ不満を抱く者たちもいる! しかし! 私は彼らを攻撃しない。私がすべきことは私に逆らう者を屈服させることではなく、帝国を立て直すことだからだ! 私は争わない! 皆も争いを好まないはずだ!」
帝剣城にてヴィルヘルムは演説していた。
その声は冒険者ギルドの遠話を使って、帝国各地に届けられていた。
悪用はしない。ただ就任演説をするだけ。
その条件により、冒険者ギルドは協力を承知した。
トップ不在で混乱する冒険者ギルドとしては、帝国の事実上のトップとして権力を掌握したヴィルヘルムの要請を断るのは難しかったのだ。
「この考えに至った理由を説明しよう。皆には黙っていたが……私の弟にして連合軍総司令として対悪魔の総指揮をとっていた……アルノルトが死んだ……。暗殺されたという報告だ。アルノルトは……出涸らし皇子と呼ばれていた。皇族としての尊重を受けていなかった。だが……アルノルトはそれでも有事の際に立ち上がり、その手腕で平和に貢献した! 皇族はその特権を享受し、周囲から尊重される。なぜなら、有事の際に皇族としての責任を全うするからだ。しかし、アルノルトはそうではなかった。特権を享受せず、尊重されることもなく、出涸らし皇子と馬鹿にされていたのに……我が弟は戦場に立ったのだ! これほど尊重されるべきことは他にはない!!」
拳を握り、ヴィルヘルムはよく通る声で強く、激しく主張する。
心の中の激情を表現しているのだ。
「私は……間に合わなかった。動けるようになったのはつい最近だ。私がいれば……弟が命を落とすことはなかった。そう思えば思うほど……争いはこりごりだ。私は争わない。犠牲はもういい……皆、平和を願う心は同じなはず。どうか……争いはやめよう。私は争いのない帝国を目指す。皆にも協力してほしい!!」
そういうと、ヴィルヘルムはゆっくりと右手を胸の前に持って行った。
そして。
「どうか……アルノルトに黙祷を……安らかに眠れるように」
そこで演説は終わる。
それを聞いていた冒険者ギルドの帝都支部にいた冒険者たちは……。
「なにが争いはやめようだ」
「ふざけた野郎だぜ。今更出てきて、何様のつもりだよ」
「実は生きてましたってのはわかる。だが、また皇太子になります? お前の不在中に争っていた奴らが馬鹿みたいじゃねぇか。死んだ弟や妹はどうでもいいってか?」
「どの面下げて帰って来たんだ、この皇子は。何が間に合わなかっただ……そう思ってるなら弟の死を利用すんじゃねぇよ」
「姿を見せて、生きているから安心しろ、あとは弟妹たちに任せた。それでいいじゃねぇか。なんで、皇太子に戻ろうとするかねぇ」
出てくるのは文句ばかり。
だが、全員が小声だった。
ただ、少しずつ声の音量が上がっている。
それを聞き、ギルドの受付嬢であるエマが手を叩く。
「はーい、声が大きくなってますよー。外に漏れたら大変ですから、小声でお願いしますね」
「わかってるぜ!」
「任せろ! 誰かに聞こえるヘマはしない!」
「ヴィルヘルム皇子派に聞かれたら、下手したら捕まりますからねー」
だから冒険者たちは端に固まり、小声で文句を言っていた。
ささやかな抵抗。
帝都の多数がヴィルヘルム皇子を受け入れた。
受け入れていない者のほうが少数だ。
冒険者にとって、国の権力者が代わろうが基本的に関係ない。
民のためにモンスターを討伐するのが冒険者だから。
とはいえ。
「汚いやり口なのは間違いないですけどね」
争いは望まないといいながら、自ら表舞台に出てきた。
混乱するのは当たり前だ。
皆が死んだと思っていたのだから。
今更生きていましたと言われても困る。
そのうえ、反発した宰相と争った。
攻撃を仕掛けたのは宰相側だというが、だとしてもヴィルヘルムが現れなければ起きなかった争いだ。
輝かしい数年前を知っているからこそ、ヴィルヘルムの行動には疑問符がつく。
ただ。
「責任の一端は我々にあるのも事実……」
本部のトップ不在、そのうえである程度、リーダーシップを発揮できるような高位の冒険者たちは皆、出払ってしまった。
ゆえに本部では誰が指揮を執るのか、はっきりせず、各支部も混乱してしまった。
情報が錯綜し、津波のような現場レベルで対応するには難しい問題へ、適切な対応を取れなかった。
一部の冒険者が頑張ったところでたかが知れている。
帝国全土をカバーできる冒険者など、一握りだ。
「シルバーさんから連絡は?」
「まだありません……」
「そうですか……」
帝都支部所属のSS級冒険者、シルバー。
王国での決戦から帰還したシルバーだが、いまだに帝都支部へ連絡はない。
本部が混乱している今、SS級冒険者は冒険者ギルドをまとめ上げられる数少ない人材だ。
そのシルバーの動向は帝都支部としても気になるところだが、連絡はない。
西部にいることはわかっているが、動きはない。
「せめて、本部がしっかりしてくれたら動きようがあるんですけどね」
本部がガタガタなため、各支部の人員調整すらままならない。
必要なところに必要な人材を送れないのだ。
自分たちの担当区分で頑張るしかない。
だから、ヴィルヘルムが出てくるまで東部や南部の問題に対応できなかったし、シルバーたちが来るまで西部の問題も解決できなかった。
モンスターへの対応が後手後手にならなければ、帝国はこんな風にならなかったかもしれない。
責任を感じるエマに、新人の受付嬢が慌てて駆け寄ってきた。
「先輩! 本部で新しい本部長が決まったそうです!」
「やっと……それで本部長は誰?」
「それがわからないらしく……ただ、一斉遠話で直々に指示は出ています!」
「知らない人が本部長? 指示は?」
「冒険者ギルド各支部長に全権を委任。各支部長は支部間の連絡を密にして、個々で判断を下すように、とのことです」
思い切った指示にエマは目を丸くする。
すでに本部は統制を失っている。
これを取り戻すには、支部の状況を一から把握して、そのうえで対策を検討して、という無駄な手順が出てくる。
それならば、と、各支部長に全権を委任して、現場の判断を最大限尊重するという手法に出たのだ。
現状、最速の一手だ。とにかく直近の問題を解決するのに、これほどの一手はない。
ただし、混乱する可能性はある。
それについては現場の指揮官たる支部長や、各職員、冒険者を信頼したんだろう。
だから。
「今すぐ馬車を用意して! B級以上の冒険者を派遣する準備! 支部長は各支部との連絡で忙しいわ。こちらで人選し、必要な場所に派遣するわよ! はい! 文句大会は終わりですよ! 準備してください! 仕事です!」
冒険者たちに声をかけながら、エマは新人の方を振り返る。
「新しい本部長についてわかることってある?」
「それがまったくわからなくて……顔も隠れていて……ただ、男性声だったのに女性口調でした!」
それを聞いて、エマは心の中で呟く。
ああ、なるほど、と。