作品タイトル不明
第六百八十一話 反逆者フランツ
ヴィルヘルム帝都占拠。
その一報を受け、俺は眉をひそめた。
「どうにもならなくなって、最終手段に出たか」
「だといいんだがな」
西部のモンスターをあらかた片付けた俺とジャックは、帝都近くの街の宿屋にいた。
ヴィルヘルムの出方次第では東部のモンスターも片付けにいこうと思ったが、事情が変わった。
「帝都には家族や知り合いがたくさんいるんだろ? 行かなくて平気なのか?」
「今更行っても間に合わない。宰相が何もせず占拠されるわけがない。必要な人たちは逃がしているさ」
「ずいぶん余裕だな? そんなに宰相を信頼してるのか?」
「当たり前だ。あれほど能力がある人はそうはいない。それにいざというときに備えて、何人かには声をかけてある。協力してくれるだろう。ただ……宰相も逃げられているといいんだが……」
「どうだかな。この内容じゃ逃げられているとは思えんが」
そう言ってジャックは配られていた紙を見て呟く。
そこにはこう書かれていた。
『悪辣な宰相フランツは皇后陛下を巧みに騙し、勅書を書かせ、ヴィルヘルム殿下を討とうと企んだ。ヴィルヘルム殿下はそれを察知し、帝都を宰相の手から取り戻した。心ある者は宰相の思惑に乗ってはいけない』
何度読んでも笑わせる。
いくらなんでも無理がある。
「長年、帝国を支えた宰相だ。反逆者に仕立て上げるには相手が悪い」
「とはいえ、そうしないと自分たちの正当性を担保できなかったってことだろ? いよいよ手詰まりか」
「……こうなることは目に見えていた」
皇帝と皇太子候補の不在に加え、連合軍の消失、さらにモンスターが大量発生して、不安が広まった。
それらの隙を突く形でヴィルヘルムが現れ、民心を掌握するというのが奴らの計画だ。
しかし、皇帝や連合軍が無事と知れ渡り、俺たちがモンスターを片付けてしまった。
これで前提となる民の不安が和らいだ。
そうなると計画は破綻だ。
だが。
「誰かが邪魔したら崩れ去るような計画をエリクは立てないし、わざわざ悪魔の本隊を陽動にしておいて、この程度の計画を発動するとは思えない」
「それもそうか……奴らを囮にするだけの計画だもんな」
この程度なら悪魔との決戦に参加したほうがマシだろう。
少なくとも、完全に帝国が乗っ取れないなら割に合わない。
政治のことは民にはわからない。正確な情報がおりてこないからだ。
しかし、この紙に書いてあることを鵜呑みにする民は少ない。
誰も彼も違和感を覚えているはずだ。
宰相と皇后に悪い噂はない。忠実に帝国へ仕えてきた。
ましてや皇后はヴィルヘルムの実母だ。
ヴィルヘルムより、宰相側についたということは何かヴィルヘルムに問題があるのではないか?
そう考えるのが普通だ。
そうなると、現れたヴィルヘルムは偽物なのではないか?
という疑問が浮かんでくる。
「ヴィルヘルム兄上を引っ張り出せば、皇后陛下が味方につくと思っていたなら……甘く見すぎだ。息子のこととなれば感情的にもなる人だが……それでも決断を間違える人じゃない」
思惑が外れた。
それだけならいいのだが。
皇后が思ったよりも味方してくれなかった。
連合軍を封印したと思ったのに、SS級冒険者が二人も逃れていた。
宰相が思ったよりも粘り強かった。
他人は自分の思った通りには動かない。
だから、こちらの想定とは違う結果はどうしても出てしまう。
けれど。
「ヴィルヘルム・レークス・アードラーやエリク・レークス・アードラーは、二の手、三の手を用意しておく人物だった。常にリカバリーできる状況を作り、自分たちの有利を固めていく。皇帝自慢の息子たち。そう言われたのは伊達じゃない」
ヴィルヘルムは偽物かもしれないが、そうなると裏で糸を引くのはエリクだ。
ここまでお粗末な計画を立てるだろうか?
このようなことをしていると、自分についていた勢力すら離れかねない。
そのような愚をエリクがおかすだろうか?
「とはいえ、現状が答えだろ? 詳細は知らんが、奴らは武力でもって帝都を占領した。皇帝から留守を預かっていたのは宰相だ。武力を用いたなら、これは反乱だ」
「そうだ。これは反乱だ」
「なら、力で討つ理由もできた。どうせ奴らは民の前に姿を現すだろ? そこに俺の矢を放ったらどうだ? 致命傷でも死なないなら疑惑はさらに増すぞ? 死ぬなら死ぬで、反乱者だ。大きな問題にはならない」
「そんなに単純じゃない。もちろん……成功するならそれでいいが。俺たちが姿を現した時点で、奴らは帝都に向かうことを選択した。帝都を武力で掌握することは選択の内に入っていたはず。そうなれば、俺たちが出てくることも想定できる。帝国の問題などと今は言えるときじゃないからな」
通常の帝位争いならSS級冒険者は介入などできない。
そんなことを冒険者ギルドは許さないし、他国も許さない。もちろん帝国も。
けれど、今はどこもボロボロだ。悪魔のせいで。
ゆえに悪魔の気配があるならば、俺たちが動くことに文句は出ない。
そしてそれは向こうもわかっている。
つまり。
「俺たちへの対策があるっていうのか?」
しばし俺は考え込む。
最初に暗殺の手が使えなかったのは、宰相とヴィルヘルムが対立していたから。
実行すれば、宰相の攻撃だと言い張られてしまう状況だった。
けれど、今は違う。
奴らは反乱者。支持者が多かろうと事実は変わらない。
暗殺も手だ。
しかし、しかし、だ。
「俺の考えすぎか?」
何もかも想定して、常に自分たちの望む結果へ導いてきたのがヴィルヘルムとエリクの二人だ。
その二人の印象があるからお粗末な計画が引っかかる。
この場合、考えられるのは二つ。
一つは、想定以上のことが起きすぎて、計画がお粗末になったパターン。
もう一つは、何が起きてもどうにかできると踏んでいるパターン。
後者の場合、計画がお粗末だとかは関係ない。
とにかく逆転の一手を打てばいい。
だが、そんな都合がいいものがあるだろうか。
そんなことを思案していると。
「うん? 地震か?」
「いや……これは……!?」
大地が揺れている。
けれど、これは魔力が大量に発せられているのが原因だ。
出所は帝都だ。
そして次第に大きくなっていた地震が徐々に収まっていく。
あれは一体、なんだったのか?
そんなことを考えた時。
突如として衝撃波が街を襲った。
威力は突風程度。
けれど、範囲が広い。
「おいおい、なんだ?」
「街は無事か?」
俺とジャックは宿屋の窓からチラリと外を伺う。
大した被害もなく、民たちはいつもの暮らしをしていた。
だが。
「聞いたか? 宰相がヴィルヘルム殿下を討とうとしたらしいぜ?」
「けしからんな。宰相も耄碌したんだろう」
「権力は人を変えるって言うしな。ただ、ヴィルヘルム殿下が玉座についてくれるなら、これからは安心だ!」
「ヴィルヘルム殿下万歳!」
「ヴィルヘルム殿下万歳!」
「帝国万歳!!」
異様な光景だった。
それまで話題に出すようなことでもなかったのに、突然、民は紙の内容を受け入れた。
俺とジャックはしばし顔を見合わせる。
そして。
「これはやばいか?」
「非常に、な」