作品タイトル不明
第六百七十八話 裏切りと裏切り
「こちらです、ルーペルト殿下、ジアーナ様」
帝剣城にて、リンフィアはルーペルトとその母である第七妃ジアーナの護衛にあたっていた。
その周りにはネルべ・リッターの姿もあった。
ネルべ・リッターに与えられた任務は、最重要人物の脱出の補助だった。
そのため、いくつもの小隊に別れて帝剣城に突入していたのだ。
彼らと合流したならば、力押しでも突破は可能。
そう考えたリンフィアだったが、目の前に新手が現れたのを見て、心の中で舌打ちをした。
見覚えのある人物がその新手を率いていたからだ。
眼鏡をかけた青い髪の女性。
理性的な面持ちなのに、なぜか蛇のような印象を他者に与える妃。
「これはこれは、ジアーナ。それにルーペルト皇子」
エリクの母、第三妃カミラがその場にいた。
なぜ、こんなところにエリクの母が?
疑問に思いつつ、リンフィアは剣を抜いて臨戦態勢を整える。
カミラの護衛は精鋭ぞろい。
これまでの追手とはわけが違う。
「そう怖がらずに。私と共に逃げましょう」
「カミラ様……どうやって後宮から逃げ出したのですか?」
後宮は包囲されているはず。
間違いなく、後宮にカミラもいた。
それなのにこの場にいるのはおかしい。
安全な脱出路がないから、皇后は後宮にこもっているのだ。
ジアーナはルーペルトの部屋におり、ミツバはフィーネの部屋にいた。外にいたならまだしも、中からここまで来られるなどありえない。
だから。
「エリクに通してもらったのよ。後宮は危険だから、と。持つべきものは息子ね」
「つまり……裏切ったと?」
リンフィアの言葉にカミラはクスリと笑う。
そして目を大きく見開きながら告げる。
「違うわね。裏切り者はあなたたちよ。宰相に加担し、ヴィルヘルムとエリクに敵対した裏切り者。私が自ら捕まえる気はなかったのだけど……ルーペルト皇子がいるならば見逃すわけにもいかないわ。抵抗しなければ悪いようにはしないわよ?」
カミラの言葉と同時に護衛の騎士たちが剣を抜く。
リンフィアはカミラの言葉を聞き、不運に顔をしかめた。
カミラは後宮からの避難中であり、別に脱出を阻止するつもりはなかった。それは別の者たちの仕事だからだ。
ただ、避難している途中で鉢合わせてしまっただけ。
なんと運の悪い。
カミラの護衛は厚い。これを突破するのは骨が折れる。
「殿下とジアーナ様を下がらせてください!」
「捕えなさい」
カミラの指示で騎士たちが向かってくる。
リンフィアは魔剣を槍に変えて、そのまま両手で回す。
リンフィアの魔剣は姿を変える魔剣。槍の時には強力なモンスターでも眠ってしまう音色を発する。
しかし。
「ちっ!」
騎士たちは意に介さず突撃してきた。
効果がないほど力の差があるとは思えない。
何か、精神的な効果を付与されているのだろう。
諦めて、リンフィアは槍で二人の騎士を抑える。
ネルべ・リッターたちもそれぞれ騎士を担当するが、押し切られないまでも、押し切ることができない。
足止めされれば、それだけ敵がよってくる。
時間は敵の味方だ。
そんな中、カミラから少し遅れてさらに新手がやってきた。
「困るっすよ。カミラ母上」
やってきたのは赤い髪の皇子。
軽い雰囲気と顔に張り付いた軽薄な笑みが特徴的だ。
その周りには私兵と思わしき護衛が何人かいた。
「コンラート兄上……」
その姿を見て、ルーペルトがつぶやく。
コンラートはルーペルトを見つけると、ニッコリと笑った。
「ルーペルト、無事でなによりっすよ」
「遅いわよ、コンラート。あなたが選んだルートでこんなことになったのだから、あなたが指揮を執りなさい」
「申し訳ありません、カミラ母上。このルートなら問題なく抜けられるはずなんすけどね。何を間違えたのやら」
首をかしげながらコンラートは腰の剣を抜き、ゆっくりとカミラの後ろから歩き始める。
さらに新手が加わってはもたない。
リンフィアは指示を飛ばした。
「後退! ここは私に任して! とにかくルーペルト殿下とジアーナ様を逃がしてください!」
言いながら、リンフィアは騎士たちを抑えにかかる。
殿。
立派なことだと思いつつ、コンラートは笑う。
「そんなことする必要はないっすよ」
「そうよ、どうせヴィルヘルムとエリクが勝つのだから。抗うだけ無駄よ。生き延びても辛いだけよ? ここでおとなしく死んでおきなさい」
「そうっすよ。ここで死んでおくのが……幸せってもんっすよ」
言いながらコンラートはスッと剣を突き出した。
その剣はスルリと。
カミラの背中から胸までを貫通した。
一体、何が起きたのか?
理解が追い付かないカミラに対して、コンラートは告げる。
「お許しを、カミラ母上」
口から血を吹き出しながら、カミラは振り返る。
そこには間違いなくコンラートがいた。
なぜ、コンラートが裏切るのか?
「なぜ……? 私は……育ての……親よ……?」
コンラートの実母は第四妃のゾフィーアだった。
しかし、武人肌のゾフィーアはゴードンの養育に夢中で、コンラートは実質、カミラの子として育てられた。
けれど。
「引き取ってくれたことには感謝してるっす。けど、オレに愛情を注いでくれたのは別の人っす。あなたは形だけ引き取っただけ。一緒に食事もとったことないのに、親のような顔をしないでほしいっす」
「このっ……」
コンラートが剣を抜くと、カミラはよろよろとコンラートの傍まで近寄り、力を振り絞り、コンラートの頬に爪を立てる。
ツーっとコンラートの頬に血が流れるが、それが精一杯だった。
カミラは力を失い、そのまま倒れていく。
それをコンラートは優しく抱き止めた。
「どうか……安らかに」
「……この……裏切り者……」
「ええ、オレは裏切り者っす」
カミラが静かに息を引き取るまで、コンラートはその手を握り続けた。
そして。
「始末しろ」
コンラートの指示を受けた私兵たちは、カミラの護衛の排除にかかった。
リンフィアたちと挟み撃ちの形になったため、護衛たちは意外にもあっさり討たれた。
そして。
「コンラート兄上! やっぱり父上を裏切ったわけじゃ……」
「ルーペルト……人を安易に信じるべきじゃないっすよ」
少し厳しい口調でルーペルトをたしなめると、コンラートは私兵たちに道を空けさせた。
「カミラ母上を始末するために利用させてもらったっす。お詫びといってはなんですが、ここからのルートはすべて排除済みっす」
そう言うとコンラートはリンフィアたちに背を向けた。
用は済んだとばかりに。
そんなコンラートをリンフィアが呼び止める。
「コンラート殿下……なぜカミラ妃を始末しなければいけなかったのですか?」
「オレがやらないと誰かがやるからっすよ……血のつながりや愛情を使うことでしかアードラーを狂わすことはできないっす。ならば……先にその要因を取り除けばいい。それだけのことっすよ。それじゃあ……弟を頼んだっすよ」
そう言ってコンラートは歩いて行ってしまう。
まだ聞きたいことはあったが、このまま留まるわけにもいかない。
見逃してくれるというなら、それに越したことはない。
「……行きましょう」
「けど、コンラート兄上が……」
「コンラート殿下にはコンラート殿下の思惑があるのでしょう。今はコンラート殿下より、脱出が先決です」
わざわざカミラと自分たちをぶつけたのは、おそらく自分たちに敗れたように見せるため。
それならば不慮の事故として片付けることができるし、精強な護衛も前に出るため、カミラの周りは薄くなる。
すべてコンラートの思惑どおりなのだろう。
ただ、なぜ、コンラートがこんなことをするのか?
それについてはリンフィアにもわからなかった。
確かなことは、コンラートが実母に続いて、育ての親をその手で討ったということだった。