軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百六十四章 疑惑の皇太子

第一皇子ヴィルヘルムの帰還は数日で帝国中に広がった。

まさかと疑う者も多くいたが、騎士を率いて、各地のモンスター問題を解決する姿を見れば信じるしかなかった。

もちろん、その報告は帝都にも入っていた。

「ヴィルヘルム殿下はたしかに亡くなったはずですが……」

「間違いありません……この手で冷たくなったあの子の手を……握ったのを覚えています」

玉座の間。

主不在のこの場で、宰相フランツと皇后ブリュンヒルトは話し合っていた。

二人ともヴィルヘルムの遺体と対面している。

たしかに葬儀を済ませて、皇族専用の墓地に埋葬したはずだ。

それが今になって、復活するなどありえない。

事態を複雑化させているのは。

「エリク殿下がヴィルヘルム殿下の傍におられるため、信ぴょう性が増しています。しかし、私は殿下から何も伺ってはおりません」

「エリクがわざわざ偽物を担ぎ上げる理由はありません……しかし……」

「はい。エリク殿下は帝位争いに参加しておられたのです。自分が玉座に座れる可能性がもっとも高くなったタイミングで、ヴィルヘルム殿下の偽物を登場させる理由はありません。ですが、本物とも思えません」

「エリク個人が何か事情があり、ヴィルヘルムを匿っていたと思いたいですが……都合よく死者は復活したりはしません」

ブリュンヒルトの様子にフランツは心の中でホッと息をついた。

ブリュンヒルトにとってヴィルヘルムの死は人生最大のトラウマだ。

そのため、この話をすぐに信じてしまうのではという危惧があった。

皇帝不在の中、皇后が復活した元皇太子を支持してしまえば、それがたとえ偽物であったとしても本物になってしまう。

本物か偽物か。

フランツとブリュンヒルトは冷静に判断する必要があった。皇帝の不在を預かる者として。

「現在、墓地にて確認を取っております。もしも本物なら遺体は偽物ということになります」

「嫌な役を任せてしまいましたね……」

「宰相として当然の務めです。しかし……私だけでは国内の混乱は収められません。モンスターだけなら鎮圧すればいいだけですが、ヴィルヘルム殿下がご帰還という話が飛び交っては、収拾するのは難しいです」

「貴族たちは私が抑えましょう。しかし、いつまでも放置はできません」

「現在、ヴィルヘルム殿下に付き従う騎士は一万をこえています。それが各地のモンスターを鎮圧している状況です。不本意ではありますが、帝国にとっては有益です」

「各地の騒動が落ち着いたタイミングで、ヴィルヘルムを帝都に呼ぶべきでしょう。その前にエリクだけでも呼び出すべきでしょうが」

「すでに伝令を走らせてありますが……応じられるかどうかはわかりません」

ヴィルヘルムの登場により、帝国は地方の統制を失いつつあった。

モンスターの混乱。それを解決してしまっているのが、登場したヴィルヘルムだからだ。

余計な混乱を避けるため、宰相はあえて帝都から戦力を派遣しなかった。

今、帝国の民や各地の領主は、帝都の意向でヴィルヘルムが動いていると思っている。

一枚岩だと思っているのだ。

そこに派遣軍がきて、ヴィルヘルムから手柄を奪うようなことをしたら、混乱に拍車がかかる。

だから何もしなかった。

しかし、何もしなかったため、ヴィルヘルムの話が膨れ上がっている。

「もしも……すべて計算どおりだとしたら、嫌な手を打ってこられるものです」

「計略ならばエリクの計略でしょう。ここで計略を仕掛ける意図はわかりませんが」

そこが二人にとっては謎だった。

エリクが何をしたいのか。

それが謎だったのだ。

レオというライバルがいなくなったあと、エリクは筆頭候補だ。

帝位は何もしなくても転がり込んでくる。

なのに、エリクはヴィルヘルムを担ぎ出した。

「とにかく……伺ってみるしかありません。しかし、すでに地方の軍閥と化している以上、下手に刺激はできません。幸いなのは各地の有力者は静観を貫いていることです」

「東部のラインフェルト公爵家、南部のジンメル侯爵家、人望のある両家が賢明で助かりましたね」

「はい、早々に帝都の意向に従うという使いを送ってくれました。北部のツヴァイク侯爵、西部のクライネルト公爵も同様です。とはいえ、状況が不鮮明なことに変わりありません。力不足で申し訳ありません」

「宰相のせいではありません。この際ですが、はっきりさせておきましょう。皇帝ヨハネスの留守を預かる皇后として……私は宰相を全面的に支持します。これからも職務を全うしてください」

「感謝いたします」

フランツは深々と頭を下げる。

フランツは平民出身の宰相だ。大規模な後ろ盾は皇帝だった。

自らの実力で多くの支持を獲得してきたが、権威という点では劣る。

フランツが宰相の位に居座っているために、宰相につけなかった高位の貴族もいる。さらにフランツが実力主義の抜擢をしたことで、栄達できなかった者もいる。それらを抑えていたのは皇帝の権威にほかならない。

ゆえに皇帝が不在の中、皇后が支持してくれるというのは助かることだった。

そんなフランツは自分の部屋に戻ると、椅子に座りながら報告を受ける。

「墓地での確認作業が終わりました」

「どうだった?」

「遺体はありませんでした。代わりに中に手紙が」

「見よう」

フランツは手紙をあける。

そこに書かれていたのはエリクの文字だった。

内容は仮死状態にする毒ということが判明したので、ヴィルヘルムの体を移すという旨が書かれていた。

目覚めるかどうかの保証がないため、独断で行動することを許してほしい、と。

その手紙を見て、フランツはため息を吐いた。

連合軍からの情報により、悪魔が人を依代としていることはわかっている。しかし、悪魔は連合軍との決戦でほぼ討伐された。

最後に残った悪魔だけは不明だが、シルバー、エルナ、レオナルトの三人で挑んで無事ということはないだろう。

悪魔にとって、王都での一戦は間違いなく最終決戦。

出し惜しみするとは考え難い。

「本当に皇太子、本人なのか……?」

すべてエリクの言う通りで。

このタイミングで目覚めたため、エリクは玉座を辞退した。そもそも皇太子がいたときは帝位争いが起きなかったからだ。

だとするなら、今の帝国にとっては願ってもないことだ。

しかし、フランツは知っている。

奇跡はそう簡単には起きないということを。