作品タイトル不明
第六十七話 蒼鴎姫効果
アルたちがラインフェルト公爵領についた頃。
帝都ではフィーネが大忙しの状況になっていた。
「はわわっ!!?? ど、どうしましょう! どうすればいいですか!? ユリヤさん!」
「そこでジッとしてなさい。それで十分だから」
「開店でーーーす!!」
亜人商会の帝都支店が開店すると同時に長蛇の列を形成していたお客がなだれ込んでいく。
目的は亜人商会が打ち出した新商品である〝美肌水〟だ。
これ自体もかなり優秀な商品だが、亜人商会はこれにキャッチコピーをつけた。
「はーい! あの 蒼鴎姫(ブラウ・メーヴェ) も使っている美肌水! 〝カモメ水〟は限定三百個でーす!」
獣の亜人の店員が可愛らしい姿で注目商品をアピール。
そこには透明な水がビンに入っていた。
色々と配合されているそれだが、客の視線はフィーネに向いていた。
「本当にフィーネ様がいるわ! 一個もらうわよ!」
「本物だわ!! 三個ちょうだい!」
「五個よ!」
「面倒だわ! 十個ちょーだい!!」
帝国一の美女が使っている美肌水。
帝都の女性にとっては魔法の言葉だった。勢いよく店になだれ込んできた客たちはどんどん美肌水に手を伸ばし、あっという間に三百個は売り切れた。
ただのキャッチコピーならここまで伸びなかったかもしれないが、支店の二階からフィーネが手を振っていた。
実物がいるということは恐ろしい効果を発揮し、発売から数日でカモメ水は帝都でもっとも売れている化粧水となった。
「お疲れ様ね。フィーネ」
「び、びっくりしました……」
自分の打ち出した戦略がハマったため、ユリヤは終始笑顔だった。
一方、毎回毎回、まるで敵軍に突入する騎士のような勢いで突撃してくる女性客を見る羽目になっているフィーネは気が気でなかった。
「店が開くまでは皆さん、私のほうを見ていますから……私のほうに突撃してきたらどうしようかと……」
「悪いけど慣れてちょうだい。ちゃんと見返りはするから」
「はい! 頑張ります!」
小さく手を握ってみせるフィーネの姿は女性のユリヤから見ても可憐だった。
その姿を一目見ようと当初は男性客がどっと押し寄せたが、ユリヤが女性客以外の入店を許可しなかったため、多くの男性客は諦めざるをえなかった。
中には強引に入ろうとする客もいたが、亜人商会が誇る亜人の用心棒たちにことごとくつまみだされる結果となった。
これによりあの店で狼藉は許されないというのが帝都に浸透し始めていた。
そしてそれを見て、ユリヤは次の手を打ちだすことに決めた。
「フィーネ。次の作戦に移るわよ」
「次の作戦ですか? 私は何をすれば?」
「今回と一緒よ。とりあえず手を振って愛想を振りまいて。警備は倍にするから」
「倍ですか……」
フィーネは自分の周りを見る。
周囲には屈強な亜人の護衛がすでに三人いる。これで倍ということは六人になるということだ。
六人に囲まれる自分を想像し、フィーネは慌てた様子を見せる。
「わ、私が見えなくなってしまいます……!」
「いいのよ。チラッと見えてれば。そこに 蒼鴎姫(ブラウ・メーヴェ) がいるってわかれば男どもは寄ってくるわ」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。馬鹿な男どもから金を巻き上げてやるわ。ふっふっふ、空に飛ぶ鴎は捕まえられないのよ」
「あ、あまりやりすぎないようにお願いしますね……」
「わかってるわよ。ほどほどにするわ。ほどほどに」
そう言ってユリヤは人の悪い笑みを浮かべた。
その笑みを見て、フィーネはまるで悪巧みをするアルのようだと思ったが、口には出さない。
そして次の日。フィーネはユリヤの悪巧みはアル以上かもしれないと思うこととなった。
「はーい! 亜人商会帝都支店開店でーす!」
可愛らしい衣装に身を包んだ亜人の店員たちが入り口を開けると、かなりの大きさがある店内に男性客が流れ込んでくる。
そんな男性客に向かってフィーネはぎこちない笑みを浮かべて手を振った。
「うぉぉぉぉぉ!!!! フィーネ様だ!! 生フィーネ様! 似顔絵や幻影紙で見るよりも可愛い!!」
「綺麗だ! 眩しい! 輝いてるようだぜ!」
「目に焼き付けないと! 一生ものだ!」
亜人商会は総力上げてあらかじめ、フィーネの似顔絵つきのポスターや幻影紙という一定時間だけ幻影を浮かびあがらせる量産型の魔導具を使って、帝都中に宣伝をしていた。
蒼鴎姫に一目会える。その付加価値は男性客を帝都支店に走らせた。
しかし、中にはよくポスターを読まない者もいる。
「フィーネ様! こっちを見てください! フィーネ様!」
「この野郎! 商品を買いに来たんじゃないなら帰れよ!」
「うるせぇ! 商品なんて買う気なんてねぇよ!」
そんなことを大声で言った若者は、ずんずんと店内に入ってきた大柄な亜人の用心棒にがっちりと拘束されてしまう。
「な、なんだよ!?」
「お客様。当店のポスターの注意書きをご存知ですか?」
「は!? 注意書き!?」
客の反応を見て、用心棒は呆れたようにため息を吐き、ポスターの下を指さす。
そこにはそれなりに大きな字で「商品を買わないお客様はお断り。破った場合は罰金を払っていただきます」と書かれていた。
よく読んでいなかった若者は顔を青くするが、時すでに遅し。
ずんずんと用心棒によって店の裏まで連れていかれてしまった。
「ゆ、ユリヤさん……」
「平気よ、乱暴なんてしないわ。商品を買わせるだけ。お金を持ってないならその分、こき使うわ」
「そ、そうでしたか……」
ホッと安心したようにフィーネは息を吐く。
そんなフィーネの様子を見て、ユリヤはクスリと笑った。
「な、なんでしょうか?」
「いえ、優しいんだなと思っただけよ。普通、あんな奴の心配しないわ」
「そ、そうなんですか?」
「普通はね。でも、あんたはそれでいいんだと思うわ。私みたいなあくどいのがいるんだし、あんたみたいな優しい子がいてもいいでしょ」
「ユリヤさんは十分優しいです!」
「そう? 私、この場にいる男どもから金を巻き上げることしか考えてないのよ?」
「隠しても無駄です! 私、知ってますから。ユリヤさんが富裕層がいる場所にポスターを優先的に張ってるのとか、外層の人たちに向けて炊き出しをしているとか、いろいろ知ってるんです!」
お金のある奴なら巻き上げてもいいという問題ではないが、それでもお金のない人間をターゲットにはしない。それはユリヤの基本スタンスだった。
亜人商会には人間社会に溶け込めず、孤立した者が多く集まっている。そのとき、とても貧しい思いをした者も多い。そんな者たちを見てきたため、ユリヤは定期的に外層に住む貧困層に炊き出しをしていた。
それは帝都支店がオープンしていないときからだ。
利益の上がらないその行為をユリヤは自分の私財を投じて行っていた。
「なんでそんなこと知ってるのよ?」
ばつが悪そうにユリヤはつぶやくが、フィーネはにっこりと笑って周りの用心棒を見る。
城よりも安全とは言えない支店にいるため、用心棒たちは常にフィーネに張り付いている。
そんな用心棒たちにフィーネはニコニコと話しかけて色々と聞き出していたのだ。
「お喋りね」
「申し訳ありません……つい」
「はぁ……」
「皆さん、ユリヤさんを褒めてました! 立派な人だって! 大陸にはいろんな亜人がいて、色々と悪い噂のせいで人間から嫌われている。だから亜人商会を立ち上げたんですよね! 孤独な亜人の受け皿になれるように。亜人の評判を少しでもよくできるように。とても感動しました!」
「まったく……お人よしなお嬢様が好きそうな話をしてくれちゃって」
「事実ですので」
用心棒たちの足をユリヤは軽く蹴る。
それでおしまいだった。
ユリヤは売上を見てくるわといって下へ降りていってしまう。
「怒ってしまったんでしょうか?」
「照れておられるのかと」
「そうですか。可愛いですね。ユリヤさん」
ユリヤが聞いたら怒りそうなことを言いながら、フィーネは下のお客へ手を振る。
しばらくそれが続き、お客の買い物が済んだ頃。
フィーネも店の奥へと下がる。フィーネがいるといつまでもお客が居座るからだ。
「ふぅ、疲れました」
「お疲れ様」
ユリヤはフィーネに労いの言葉を投げつつ、紅茶を渡す。
その手には今日の売上が書かれた紙があった。
そこに書かれた金額は、長く商売をやっているユリヤでもなかなか見たことがない金額であった。
「帝都での蒼鴎姫の効果を見誤ってたわ。これはもう一度見直さなきゃ駄目ね」
「あんまり効果ありませんでしたか!?」
「逆よ、逆。効果がありすぎるの。商品を入荷させないとすぐに在庫がなくなっちゃうわ」
「あ、そうなんですか! よかったです!」
自分でも役に立ったとフィーネはほくほく顔で紅茶を飲む。
だが、そんな中にあって突然、部屋の中にセバスが現れた。
用心棒たちは的確に反応するが、ユリヤがそれを制す。
「やめなさい! アルノルト殿下の執事よ」
「セバスさん? どうかしましたか? そんなに慌てて」
「大変でございます! すぐに城へお戻りを!」
「えっ……?」
「クリスタ殿下が攫われました。今はエルナ様が追跡中ですが、フィーネ様も狙われるかもしれません。お早く!」
それはフィーネの良い気分をぶち壊すには十分すぎる報告だった。