軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百五十九話 暗殺成功

王都での決着がついた頃。

「この程度の防備とはな。これなら我々だけでよかった」

「そうだな。危険な奴を連れてくる必要もなかった」

きっとこれは天罰なのだろう。

そんなことを思いながら、アルノルトに扮したヘンリックは大人しく拘束されていた。

連合軍の総司令部。

ルイヴィーユ要塞。

そこに乗り込んできたのは四人の暗殺者たちだった。

一万の兵士がいるとはいえ、精鋭たちは前線に駆り出されている。

数がいたところで一般の兵士では暗殺者の侵入を阻めない。

そのうえ、彼らは凄腕だった。

セバスに匹敵するやもしれない暗殺者。

それが三人もいた。対策として様々な仕掛けを用意していたヘンリックだったが、それらはほとんど無力化されてしまった。

しかし、侵入してきた暗殺者は四人。

最後の一人は誰なのか?

「はぁはぁはぁ……ひ、ひっ……久しぶりだな……アルノルト……」

「……ギード……」

三人の暗殺者を率いてきたのはアルノルトの幼馴染、ギード・フォン・ホルツヴァートだった。

北部での戦いのあと、ギードは行方不明となっていた。

ヘンリックも死んだと思っていたが、ギードは生きていた。

そして刺客として再び現れた。

ただし。

「……なにがあった……?」

「い、いろいろさ……お、お前の弟に……こここ、この腕を斬られてね……」

そう言ってギードは残る右腕で左肩を押さえる。

傷はそれだけではない。

体中に無数の傷があった。

言動もおかしく、なにより。

「その刻印はなんだ……?」

ギードの顔には刻印が入っていた。

それは体中に刻まれたもので、ギードの変質をより顕著に示していた。

「た、たた、大変だったんだ……大変だったんだぞぉ!!!! お前の弟のせいだ!! お前のせいで! お前のせいで!!」

そう言ってギードはいきなり頭を振り始めた。

明らかに常軌を逸している。

それを見て、ヘンリックを押さえつける暗殺者たちは顔をしかめていた。

「はぁはぁはぁ……弟の責任は……あ、兄の責任だ……そうだよな……? アルノルトぉ」

そう言ってギードは暗殺者に目で合図を送る。

そして片手で剣を抜いた。

暗殺者はヘンリックを机に押さえつけ、左腕を出させた。

それをヘンリックは黙って受け入れた。

抵抗しようにも対策はほとんど封じられている。

総司令部の周りにいた護衛たちもすべて排除された。叫んだところで人は来ない。

なにより。

抵抗する資格がなかった。

「これは……お返しだぁぁぁ!!」

そう言ってギードはヘンリックの左腕を切断した。

ヘンリックはそれを受けて、痛みで呻く〝フリ〟をした。

凍毒に侵されたヘンリックの体はもはや普通の人間ではない。

正常な感覚などとうの昔に失っており、薬がなければ死んでしまうほどだ。

当然、痛みもほとんど感じない。

それでも怪しまれないため、ヘンリックはもがき、苦しむ演技をした。

その様子を見て、暗殺者たちは互いに目線を合わせた。

「ギード様。トドメはギード様が刺されますか?」

「と、当然だ! こんなもんじゃない……! こんなもんじゃないんだ! 僕が感じた痛みは!」

「では、我々は外で見張りをしております」

そう言って暗殺者たちはそそくさと部屋から出ていく。

どうして暗殺者がそんなことをするのか、ヘンリックには薄々わかっていた。

ギードは保険。

相手は連合軍総司令。

前線に精鋭を送り込んでいるとはいえ、その防備を破れない可能性がある。

そのためにギードは連れてこられていた。

そして、思ったより簡単に事が済んだから。

ギードを刺激しないようにしながら、暗殺者は退避したのだ。

ヘンリックは近づいてきたギードの服に残った右腕を伸ばし、胸元をはだけさせる。

曽祖父に師事してから、さまざまな魔導具に触れてきたヘンリックは、大陸でも屈指の魔導具使いだった。

ゆえに気づいた。

ギードの胸には魔導具が埋め込まれていた。

赤い玉が胸に埋め込まれており、それを体中に施された刻印が制御しているのだ。

魔導爆弾。

かつて魔奥公団を通じてゴードンが使用しようとした、虹彩異色の子供たちを使って作られた魔導爆弾。

あれは資質ある子供を複数人集めて、共鳴させ、暴走させるものだった。

しかし、ギードの魔法的素質はたかが知れている。

とても魔導爆弾に使える素体ではない。

だが、そんなギードに魔導具を埋め込むことで敵は魔導爆弾として完成させていた。

「血を吸う魔導具か……」

帝国の歴史で二番目に古い大貴族。

ホルツヴァート公爵家。

その血はアードラーほどの濃さはないにしろ、ほかの貴族の比ではない。

その血を魔道具は取りこんでいる。おそらく血を魔力に変換しているのだ。

しかし、血を取り込み、魔力に変換するという過程を経たならば、魔力を放出しなければ魔力は溜まる一方だ。

けれど、ギードに魔力を放出する術はない。仮にあったとしても、大規模な魔力を扱う素養もない。

だから自爆させる。

濃い血を持つ者だけに許された自爆特攻だ。しかも、特殊な魔導具がなければ成立しない。

よほどアルノルトを暗殺したかったのだろうな、とヘンリックは薄く笑う。

魔導具が希少かどうかは見ればわかる。

おそらく古代魔法文明時代の魔導具。使い道に困ったあげく、どうにかギードを魔導爆弾に仕立てたのだろう。

魔導具も希少、ギードという素体も希少。これほどの改造を施されて、まだ生きているというのも珍しい。

それほどの兵器を送り込んできた。

暗殺者が失敗した時でも、確実にアルノルトを始末できるように。

読みは当たったな、と思いつつ、ヘンリックはギードの目を見つめる。

その目は憎悪で満たされていた。

「な、なにがおかしい……お前は! お前は! お前は! いつもそうだ! 馬鹿にしやがって! 何の取り柄もないお前が! どうして僕を馬鹿にする!? 出涸らし皇子が!!」

そう言ってギードはヘンリックの顔を殴る。

殴られて痛いということはない。

ただ、ヘンリックは申し訳なかった。

こんな状態に追い込んでしまったこと。

そして、この発露を自分が聞いてしまっていること。

「お前も……! 僕と一緒だ! 落ちこぼれ! なのに!! なんで、お前は僕を見下す!? 馬鹿にする!? どうして! お、お、お、お前ばかり! 人に好かれる!?」

「ギード……」

「こ、子供の頃から! お前はそうだ! 賢いふりをして! 僕を、僕を! 見下す!! 自分は違うなんて顔しやがって!! み、み、見下すだけならまだしも! 憐れみやがって……!! 出涸らし皇子に憐れまれたら……僕がみじめじゃないか!!」

何度もギードはヘンリックを殴る。

そのたびに胸の魔導具が輝いていく。

もはや暴走は止められない。

感情の高ぶりに合わせて、暴走していくのだろう。

だから暗殺者たちはギードを刺激しないようにしていた。

「なにか反応しろ! 殴っても反応しない! お前が嫌いだ! お前が嫌いだ! お前がぁぁぁぁ!! どうして!? どうして!? お前なんかが皇族で! 僕より優れた血筋なんだ!? どうして!? どうして!? お前なんかが!! 僕に殴られるだけなのに! いろんな人がお前を評価する!! 僕は何をやっても評価されないのに!? 何もしてないのに!! お前の周りには人がいる!? 僕には友人がいないのに!? お前の傍には必ずだれかがいた!! お前が憎い! 憎い! 憎い! 出来損ないなのに! 僕と同じなのに!! 家族に愛されているお前が!! 友に恵まれたお前が!! 憎いぃぃぃぃぃ!!!!」

優れた弟がいた。

優れた父がいた。

出来損ないと影で言われていた。

同じ立場のはずだった。

けれど、決定的に違う。

ギードは母に甘やかされていた。けれど、甘やかされただけ。我儘を聞いてくれた。

だけど、叱られたことはない。愛されたとはいえない。

ギードは父に見限られていた。出来の悪いギードを見るたびに、目には失望が映っていた。

ギードは弟に嘲笑われていた。自分とは出来の違う兄を、弟は馬鹿にしていた。

そうなるはず。なにせ出来損ないだから。

ギードは友に恵まれなかった。一緒にいるのは取り巻き。ギードのために何かしようとする者はどこにもいなかった。

けれど。

けれど。

けれど。

アルには道を示す母がいた。見捨てない父がいた。誰よりも傍にいる弟がいた。アルのためなら命すら厭わない友がいた。

すべてが違った。

歪んだのはギードだ。けれど、すべてギードのせいかというと、そうではない。

慟哭を聞きながら、ヘンリックはそっとギードの頬に触れた。

「許せ……友よ」

それはアルノルトとしての言葉ではない。

ヘンリックとしての言葉だった。

アルノルトとギードの道は交わらなかった。

けれど、ヘンリックとギードの道は交わったかもしれない。

良き友であれたはず。

自分がしっかりしていれば。

こんな最期を迎えさせずに済んだ。

そのことにヘンリックは後悔を抱きながら、許しを乞うた。

「許してくれ……共に死ぬことすらできない……」

「お、お、お前は……誰だ……?」

どこまでいっても。

幼馴染なのだ。

悪縁とて、縁は縁。

長いときを共にしてきた。

だからギードは目の前の相手がアルノルトではないことに気づいた。

そして胸の魔導具が赤い光を放ち始めた。

「……さらばだ。友よ。必ず後を追うと約束しよう」

「は、はは、はっはは……影武者か……アルノルトめ……最後まで……」

もはやアルノルトのフリをする必要もない。

ヘンリックは変装を解いた。

そんなヘンリックを見て、ギードは目を見開く。

そして。

「……ヘンリック……僕は……僕は!? どこで間違えた……?」

「間違えてはいない。必ずお前の犠牲は無駄にしない……お前は帝国を救うんだ」

「そうか……僕は……」

「兄に伝えることはあるか?」

「……アルノルトに……?」

もう時間はない。

ヘンリックは腕を切り落とされた男とは思えないほど軽快に立ち上がると、すばやく止血しながらギードから離れる。

そして隠し扉になっている部分を開き、そこから転移の魔導具を取り出し、発動させた。

そのままヘンリックはギードの言葉を待つ。

ギードはそんなヘンリックを見て、笑った。

「僕は……友が欲しかった……そう伝えてほしい……」

「安心しろ。兄にとってお前は友だった。決して排除しなかったのは……大切な幼馴染だからだ」

「そうだと……いいが……」

言葉はそこまで。

ヘンリックは机の上に転がる自分の腕を見る。

ここは爆発の中心。

きっと跡も残るまい。

痕跡を残せば逆に不自然となる。

斬られ損ではあるが、友への餞別なら安いものだ。

そう思いながらヘンリックは転移したのだ。

そして、ルイヴィーユ要塞は巨大な爆発に飲み込まれたのだった。

■■■

「アルノルト皇子の暗殺に成功しました」

その報告を聞きながら、エリクは静かに目を瞑る。

ただし、その報告を聞いていたのはエリクだけではなかった。

部屋の端。

闇にその者はいた。

「多くの者が疑問に思うだろう。なぜレオナルトではなく、アルノルトなのか? と。けれど、見る目のある者ならばわかる。真なる難敵はアルノルト。生かしてはおけない。貴重な手札を使ってでも、今始末しなければ」

「とはいえ、同じ手は使えん。レオナルトは健在。ここからは真っ向勝負となるぞ? こちらに残された手札は少ない」

「問題ない。悪魔との戦い。それに奇跡的に勝利した人類は、もはや奇跡を拒めない。人は信じたいものを信じる。奇跡を見たからこそ、次も奇跡を信じる。疑わずに、な。悪魔との戦いで大陸全体が傷ついた。しかし、人類最強の国家。帝国がもっとも傷ついた。皇帝や勇爵は生死不明。近衛騎士団は壊滅。かつてない打撃だ。これからどうなるのか? 不安に包まれた民は……奇跡的に現れた救世主を拒むことはできん」

そう言って、闇の中で報告を聞いていた人物は光があるところに出てきた。

「では、私の玉座を取り戻しにいくとするか。なぁ、エリク」

「……仰せのままに。〝皇太子殿下〟」

そう言ってエリクは静かに皇太子ヴィルヘルムへ頭を下げたのだった。