作品タイトル不明
第六百三十七話 見聞の悪魔
悪魔たちがアスモデウスの指示を受け、皇帝の首を狙いに行った頃。
エゴールはアスモデウスの側近の一人、アルゴルと対峙していた。
アルゴルは大柄な男を依代としていた。
その手には巨大な大剣。
だが、両者はまだ剣を合わせてはいなかった。
「なかなか騒がしくなったのぉ。お主も行ったほうがよいのではないか?」
「冗談はよせ、貴公を放置するほうがよほど危険というものだ」
エゴールの言葉にアルゴルは笑う。
そして。
「戦況は膠着する。つまり……我ら精鋭の働きがすべてを決する。ここで貴公と決着をつけることこそ、我に望まれしことだ」
アルゴルはそう言って、大剣を構えた。
力みのない構えを見て、エゴールも剣を抜いた。
普通の人間から見ても背の低いエゴールは、大柄なアルゴルと比べるとより小さかった。
けれど、後ずさったのはアルゴルのほうだった。
顔に汗を浮かべながら、アルゴルは呟く。
「魔界において……我以上の剣の使い手はいない。この大陸にも我以上は存在しないと思っていたが……世界は広いな。剣聖エゴール」
「儂も悪魔に剣士がいるとは思わなんだ」
悪魔は権能を用いる。
剣を生み出すことはあるだろうが、剣を用いる者がいるとは。
ただ使っているだけではない。しっかりと精通している。
その点はエゴールからしても驚きだった。
「さて……そろそろ儂らも始めるとしようかのぉ」
「望むところ」
アルゴルはゆっくりと呼吸をして、エゴールの姿を正面に捉える。
ただ佇んでいるように見えるが、アルゴルにはエゴールの覇気が読み取れた。
一切の無駄がない。
だらりと剣を持つ腕を下げているが、エゴールほどの達人ならばそれでいいのだ。
それすら構え。
いつでも攻撃に移れる。
だからアルゴルはエゴールから目を離さなかった。
油断などない。
小柄なエゴールはきっと、どこかで機動力を用いてくる。
だからこそ、見失うわけにはいかない。
そう思っているアルゴルに対して、エゴールは自然な足運びでアルゴルに接近した。
正面。
そこでエゴールは下から剣を振った。
意外な攻撃に驚きつつ、アルゴルはその剣を受け止めた。
だが。
「ぐっ……!?」
体が浮いた。
依代として人間を使ってはいるが、その力は悪魔そのもの。
そんなアルゴルの体が浮いた。
技などない。
力で浮かされた。
とはいえ、アルゴルとしてもそれは予想外というほどでもなかった。
ニヤリと笑い、アルゴルは空中で一回転して距離を取る。
相手は剣聖と呼ばれる相手。
自分が圧倒されるのはアルゴルとしても予想通りだった。
「嬉しそうじゃの」
「久しく経験してない感覚だ。勝てないかもしれないと思うのは」
「では味わっておくことじゃな。それが最後の感覚じゃ」
そう言ってエゴールは一気に連続攻撃を放った。
それをアルゴルはなんとか受けきる。
速く、強い。
特に問題だったのはエゴールの攻撃には一切の予備動作がないことだ。
突然、攻撃が発生する。
だからこそ、反応しきれない。
それでもアルゴルはなんとか食らいついた。
そんなアルゴルに対して、エゴールは決めにかかった。
「剣聖流、北の型――斬界」
斬撃による包囲。
さきほどの連続攻撃の比ではない。
さすがのアルゴルも防ぎきれず、体が切り刻まれた。
だが、消滅は免れた。
血を流しながら、アルゴルはどうにかこうにかエゴールから距離を取ることに成功した。
強い。
SS級冒険者として括られているが、どう考えても一つ頭が抜けている。
そう感じながらアルゴルは急速に体を癒していく。
権能ではない。傷を閉じているだけだ。
失った体力が回復するわけではない。
けれど、まだ動ける。
そしてアルゴルにとっては動けるならば勝機があった。
「まだあきらめておらんとは……何か秘策がありそうじゃな」
「隠しても仕方ない。たしかに我には秘策がある」
そういってアルゴルは笑った。
その笑みは不気味なものだった。
だから、エゴールは斬撃を放った。
さきほどまでアルゴルが何とか反応できていた程度の攻撃だ。
だが、アルゴルは今度は見事に受け止めてみせた。
その目は怪しく光っていた。
「我の権能は〝見聞〟。一度見た攻撃は二度と通じない。あの速さの攻撃を見た以上、貴公の攻撃はもはや我には通じない」
「なるほどなるほど。目が良いというわけじゃな」
アルゴルの権能を聞いても、エゴールは余裕を崩さない。
エゴールの攻撃を覚えたアルゴルは、そんなエゴールに対して強気に攻めた。
攻撃を受け止め、エゴールはカウンターを放つが、それをアルゴルは完璧に受け止める。
そしてエゴールを蹴り飛ばした。
しかし、エゴールはくるくると空中で回転して、着地する。
「自ら飛んだか……」
「やれやれ。思った以上に厄介じゃの」
「そんな風に余裕を保っていられるのもここまでだ」
そう言ってアルゴルは大剣を構えた。
その構えから何かを察したエゴールは、フッと微笑んだ。
そして。
「「剣聖流、北の型――斬界」」
二人は同時に技を放った。
無数の斬撃がぶつかり合い、その斬撃の余波で周囲がどんどん破壊されていった。
すべてがぶつかり終わったあと、エゴールの頬に傷がついていた。
そのことにエゴールは笑う。
「剣で斬られるのはいつぶりじゃろうな」
「楽しそうだな?」
「大変愉快じゃ」
エゴールはそう言って声をあげて笑い始めた。
アルゴルはそれを見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「技を完全にコピーされ、気でも狂ったか? 貴公の攻撃はもはや我には通じない。愉快といっている間に死ぬぞ?」
「愉快なものは愉快なのだから仕方あるまいて。自分の技を受ける日が来るとは。なかなか楽しいものだ」
エゴールは楽しそうに笑うと、そのまま剣を杖の中に収めた。
諦めたのか?
一瞬、アルゴルはそう思ったが。
エゴールは居合の体勢に入っていた。
そのまま告げる。
「技を真似るのは結構。しかし、それで勝ち誇るのは早かろう。仕留めきれなかった技に固執する気はない。どれ、どこまで真似れるか試してみるがいい。儂の技はまだあるでな」
アルゴルの権能は単純なコピー能力ではない。
学習だ。
ゆえに斬界の亜種も通用しない。斬界を完全に上回らなければ、決して通用しない。
速度も強さも覚えている。
大抵の相手はそれで打つ手がなくなる。
だが、今、目の前にいる相手は剣聖。
「面白い。我を仕留められなければ命はないぞ?」
「面白い。見切れなければ命はないぞ?」