作品タイトル不明
第六百二十四話 業
「報告!! レオナルト将軍より増援要請!」
「前線の詳細な情報は?」
「はっ! 偽人兵二万、偽獣兵三万に加え、王都は結界にて守られており、いまだに攻略の目途は立っていないとのことです!!」
予想より多い。
報告を受けて、俺は静かに考えこんだ。
総司令部には三万の予備兵力がある。
さらにヴィンが管理している中間地点には二万の兵力。
合わせれば五万の兵力を送り込める。
ただ、兵力だけ送りこんでも意味はない。
「フィン。行けるか?」
「もちろん行けますが……総司令の護衛が……」
フィンは現在、俺の傍にいる唯一の近衛騎士だ。
それを派遣するということは、俺の傍が手薄になるということだ。
しかし。
「万が一に備えて、一万は残す。ここから二万、ヴィンのところへ派遣して、合わせて四万を増援とする。お前はとにかく急いでレオの下へ向かってくれ」
「それでしたら……」
フィンは渋々ながら頷き、一礼してすぐに部屋を去る。
前線が苦戦しているのは事実であり、急行できる最大戦力はフィンだ。フィン自身もわかっている。
だから行動も早い。
それを見届けると、俺は指示を発した。
「ヴィンのところに二万を派遣しろ。指揮はヴィンに任せると言っておけ!」
「かしこまりました! しかし……総司令閣下が率いなくてよろしいのですか……?」
当然、俺が直々に増援を率いると思っていたんだろう。
兵士が訊ねてくる。
それに対して俺は苦笑する。
「指揮官は十分いる。今更、俺が行っても変わらんさ。それに万が一、連合軍が撤退した場合は、俺はそれを受け入れないといけない」
後方に総司令がいることは間違いじゃない。
総崩れを避けるためだ。
その説明に兵士は納得して、敬礼して去っていく。
そのまま俺は部屋を出て、総司令部内に設けられた遠話室へ向かった。
護衛の騎士たちには誰も入れるなと厳命し、俺は遠話を開始する。
繋がるのはどの支部でもない。
帝剣城に設けられた遠話室だ。
直通ライン。
使用は一度のみ、という条件で取り付けさせた。
この遠話に関しては冒険者ギルドは関与できない。
「総司令のアルノルトだ。陛下を頼む」
『かしこまりました!』
ずっと待機していただろう騎士が、急いで父上を呼びにいく。
これはたった一度の遠話。
それが許可されたのは、俺が連合軍の全権を委ねられていたから。
俺には帝国皇帝に対して、誰にも邪魔されることなく言葉を伝える方法が必要だった。
『――待たせたな』
すぐに父上はやってきた。
これは帝国における最優先事項だ。
たとえ、会議が入っていようと優先される。
「いえ……さっそくですが、連合軍は現在、苦戦中です」
『報告は聞いておる』
レオからの遠話は冒険者ギルド支部を通しているため、冒険者ギルドの各支部にも伝わっている。
帝都支部から父上にも伝えられたんだろう。
そういう体制が整えられている。
なぜなら、いざというときに帝国皇帝には大事な役割があるからだ。
それを促すために俺との直通ラインがある。
「……父上。決断しなければいけない時です」
『……言っている意味がわかっているな?』
「もちろんです」
俺はしっかりと父上の目を見て、頷く。
父上はそんな俺を見て、フッと微笑む。
『しばらく見ない間に頼もしくなったな。アルノルト』
「頼もしくなければ務まらないので」
『思いもよらぬことだ。帝国皇帝として歴史に残るだろう決断を、お前から促されるとは。しかし……不思議と受け入れることができる。お前が促すならば……間違いはないのだとワシの心が言っておる』
「確証はまだありません。しかし……後手に回るわけにはいきません。ですから――連合軍総司令として帝国の皇帝陛下にお願い申し上げます。賢王会議にて、連合軍の下に大陸の最強戦力を集結させることをお決めください。敵は悪魔です」
『……いまだに悪魔の姿は確認しておらぬが、それでも決めるべきだと言うのだな?』
「はい。出てきてからでは遅いのです。集結するにも時間がかかります。連合軍総司令として……王国は〝大陸の脅威〟と認定いたします。現在、大陸に住まうすべての国、種族は持てる最強戦力を派遣していただきたい」
〝大陸の敵〟とされた王国に対して、連合軍が結成された。
〝大陸の脅威〟はそのさらに上。
五百年前の再来であり、大陸全土の戦力を用いて、人類存亡の戦いになるということだ。これが発令されれば、SS級冒険者も対象となる。しかし、簡単には決められない。
悪魔がいなければ……王国は過剰な戦力で焦土となるだろうし、これ以後の発令も躊躇われてしまう。
これは諸刃の剣なのだ。
それでも。
ここで動かなければ、代償を払うのは前線のレオたちだ。
「父上……アードラーの一族が血を磨き続け、帝国が強力な軍備を持ち続けたのは……今日、この時のためだと思っています」
『我らアードラーの背負いし業は重い。許されるのは、大陸に平和をもたらすことだけだ。よろしい……人類と悪魔。決着をつけるとしよう』
父上はそう言うと立ち上がる。
そして。
『アルノルト、ワシも出る。だが……ワシも老いた。昔のようにはいかん。今のお前にはどう映る?』
「……父上は今も昔も……俺の憧れた皇帝です」
『そうか。では、頑張らなければな』
そう言って父上は去っていく。
その後ろ姿に俺は思わず声をかけたくなる。
父上は俺を、俺の言葉を信じている。
必ず生きて帰ると言ったから、俺の心配はしない。
その信頼を俺は裏切ろうとしている。
けれど、罪悪感から逃れるために何もかもを打ち明けるわけにはいかない。
これは俺の業なのだ。
「ご武運を……」
そう父上の背中に告げると、俺は遠話を切った。
そして。
「準備はいいな?」
「もちろん」
誰もいないはずの遠話室。
その闇からヘンリックが姿を現した。
そして俺はシルバーの仮面を被り、シルバーへと変身する。
ヘンリックは俺の姿へ変身した。
「ここが正念場。行くぞ――暗躍の時間だ」