軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六百十一話 剣爵家

アムスベルグ勇爵家。

大陸中に知られる勇者の家系。

その勇爵家には三つの分家がある。

初代勇者には一人の息子と三人の娘がいた。

本家は息子が継ぎ、三人の娘は分家として本家を支えることになった。勇者の血を絶やさないためだ。

貴族ではあるが、ほかの貴族とは血の重みが違う貴族。勇爵家ほど特別ではないが、それに準じる家系。

彼ら三つの家は〝剣爵〟と呼ばれる特別な爵位が与えられていた。本家が途絶えた時、次なる勇爵家となる責務を背負った家と示すためだ。

この三つの家は帝都近くに領地を持ち、勇者の剣術を受け継ぐ騎士たちを抱えていた。

他家の騎士とは一線を画する力を持った騎士たちを抱える剣爵家は、帝都周辺を守るもう一つの〝近衛〟だった。

内の近衛、外の勇爵。帝都に向かう外敵を排除するのが彼らの役割の一つだった。

帝都の反乱時にも五千の騎士を動員し、勇爵の下で動いた。

結局、帝都に合流することはなかったが、北からの援軍を押さえた。

すべて結果論ではあるが。

「連合軍総司令にアルノルト殿下が就任したそうですよ? 予想しておりましたか? エメルト剣爵」

屋敷の中。

エメルト剣爵と呼ばれた壮年の男は面白くなさそうに呟いた。

「予想などできるはずがない。長年、出涸らし皇子と嘲笑われてきた皇子が、実は傑物などと」

「それもそうですね。見抜けた者はごく一部。勇爵家の方々は見抜いていたようですが」

チクチクとした言葉。

それにエメルト剣爵は余計不機嫌になった。

目の前の青年と一緒にいること自体、不愉快なのに、その青年から本家は見抜いていたと言われるのは屈辱以外の何物でもなかった。

エメルト剣爵は帝都の反乱時、勇爵の下にはせ参じた。その軍の数は二千五百。全体の半分の兵力がエメルト剣爵の騎士だった。

それゆえにエメルト剣爵が北から来る軍勢の迎撃を主張したことで、足並みが乱れた。

勇爵の援軍が遅れた理由は、このエメルト剣爵だったのだ。

結果的に帝都の問題はエルナが解決し、北から来る援軍を押さえるという判断は間違いではなかった。

エルナを信じていたからこそ、帝都を任せて、ほかの軍を押さえる。その主張自体は間違っていないため、エメルト剣爵は処罰されることはなかった。

ただし、軍を用意せよと内々に命令を発した宰相の思惑からは外れた行動をしたのも事実。

それを多くの者はもう一人の剣爵、シュタイアート剣爵と不仲ゆえに起きたことだと思っている。

シュタイアート剣爵は三つある剣爵の一つ。そして剣爵家筆頭だ。

そうなったのは本家とのつながりゆえ。

現シュタイアート剣爵はエルナの母、アンナの弟なのだ。つまり、アンナは元々、シュタイアート剣爵家の出身ということだ。

本家に分家の出身者を送り込むのは、分家にとっては名誉なことだ。

そして、本家が分家から伴侶を迎え入れるのは頻繁にあることではない。

一度、本家に伴侶を送り込めば、ほかの剣爵よりも本家に近づき、優位に立てる。

剣爵も貴族なのだ。そして勇爵家と呼ばれる本家を強く重んじている。

ゆえに、アンナが嫁入りする際、剣爵内でひと悶着があった。なにせ、聖剣を召喚できる勇爵家の当主だ。その妻となれば、影響力は計り知れない。

エメルト剣爵の父、先代は、自分の娘、つまり今代の妹を勇爵の妻にと推した。

だが、結局はシュタイアート剣爵の娘、アンナに決まった。

これに政治は関係ない。

勇爵がアンナを気に入っただけのことだった。

これだけならば、一杯食わされた程度とエメルト剣爵も諦めることができた。

しかし。

エルナが生まれてしまった。

勇爵家の神童。勇者の再来。

勇爵家の歴史の中でも、最も勇者に近いと評される天才。その母の座を逃した。

自らが逃したモノの大きさが計り知れないことに気づき、エメルト剣爵はシュタイアート剣爵を敵視するようになった。

その敵対関係ゆえに、エメルト剣爵は足並みを乱した。帝都に行ってしまえば武功を立てられないから。

そう思われていた。

けれど、違った。

「いつまでここにいるつもりだ? 帝都で敗れ、北部で敗れた。もはや帝国は持ち直したぞ? 反乱など所詮、夢物語だ。諦めろ」

「帝都で敗れたことは認めますが、北部で敗けたのは僕じゃありませんよ」

「お前が与した勢力が敗けたのだ。お前の敗けといえるだろう。元近衛第十騎士隊隊長……ラファエル・ベレント」

エメルト剣爵の言葉に青年、ラファエルは笑顔を浮かべる。

それは邪悪な笑顔だった。

「そんな余所余所しい呼び方やめてくださいよ、〝兄上〟」

その言葉にエメルト剣爵は倒れそうになる。

エメルト剣爵家最大の醜聞。

世に出ればエメルト剣爵が取り潰されてもおかしくない事件。

その結果が目の前の青年、ラファエルだった。

その髪は桜色で、その瞳は翡翠。

勇者の血筋の特徴をラファエルは持っていた。

なぜ持っているのか?

すべての理由はエメルト剣爵の父、先代エメルト剣爵にあった。

「父の子ゆえ、帝都でも助け、お前を保護している。だが、あまり調子に乗るな」

「言い方に棘がありますね。生まれてきたのが間違いだと言わんばかりだ」

「その通りだ。お前は生まれてくるべきではなかった……あの女さえ余計なことをしなければ……!!」

忌々しそうにエメルト剣爵は吐き捨てる。

すべては十九年前。

先代、エメルト剣爵は中々子供に恵まれない男だった。ゆえに遅くにできた今代エメルト剣爵や娘を可愛がっていた。

けれど、七十を過ぎてから一気に痴呆症が広がってしまった。今代エメルト剣爵は若くして剣爵位を引き継ぎ、父を屋敷に閉じ込めた。

だが、痴呆症を発症したとしても、元は剣爵。勇者の血筋だ。

ときたま屋敷を抜け出し、徘徊するようになった。

そして何度目かの徘徊で、それは起きた。

エメルト剣爵が帝都に行っている間に、先代は一週間以上も屋敷に帰ってこなかった。

帰ってきたエメルト剣爵はすぐさま秘密裏に捜索隊を派遣した。

そして先代を見つけた。

小さな小屋で。

誰かと暮らしていたような痕跡にエメルト剣爵は愕然とした。

勇爵家本家、そして剣爵家には血筋を守る義務がある。

勇者の血は強力だ。ゆえにその血の行方を選択し、把握しておく義務があるのだ。

まさか。

そんなことはありえない。

エメルト剣爵はそう思って、何事もなく父と共に帰還した。

齢七十を超えた老人が子供を作ったなど、想像するのは難しかったのだ。

「不安からさらに捜索した。そして領内にいる怪しげな魔女が妊娠したと知った……。すぐに父の子だと確信した。そうでなかったとしても、疑いがあった。ゆえに必ずお前を殺そうと私は探したが……あの魔女は決して手を出せない場所にお前を置いた」

「そう。大恩ある母君は僕に魔法をかけた。髪と目の色を変える魔法だ。そして……偶然を装って皇帝陛下に見つかるように僕を置いた。慈悲深い皇帝ならば必ず保護すると踏んで」

そしてラファエルと名付けられた少年はすくすくと成長した。

髪と目を偽る魔法は十歳まで続いた。けれど、十歳で効力が失われた。

そうなると慌てるのはエメルト剣爵家だ。

すべてが露見してしまう。

ゆえにエメルト剣爵はラファエルに接触して、特殊な薬を与えて、身分を偽り続けさせた。

すべては家のためだった。

けれど。

「その慈悲深い皇帝を裏切るとは……我が弟ながら情けない奴め」

「情けないのは兄上のほうでは? 帝国、そして勇者の血筋のために、あなたは正直になるべきだった。保身に走ったからこそ、僕が生まれたんだ」

「ふん……裏切り者が偉そうに」

「お忘れなく、兄上も裏切っていることを。帝国を」

「お前と私は違う。私は自分のできる範囲でお前を助けたにすぎん。裏切ってはいない」

「僕を匿うのは明確な裏切りですよ。ちゃんと説明したはずです、僕の目的を」

「……」

「知りながら協力するのは、兄上も興味があるから。分家の力がどこまで本家に通用するか。もしかしたら取って代われるかもしれない。そんな淡い思いがあるんですよね?」

エメルト剣爵は押し黙る。

すべてラファエルの言う通りだった。

エメルト剣爵家は確かに分家だ。

しかし、その息子であるラファエルはエルナに匹敵する傑物。

興味が抑えきれなかった。

どこまでこの傑作が通用するのか。

だから、エメルト剣爵は協力していた。

「いつ……仕掛ける?」

「もう少し待ちます。連合軍の中にいられると邪魔者が多いので」

「勝算はあるのか? エルナ様に本当に勝てるのか……?」

「ええ、ありますよ。それに僕一人でやるわけじゃない。保険も用意してあります。ね? ノーネーム」

そう言ってラファエルが振り返ると、そこには黒い仮面に白い装束を着たノーネームが立っていたのだった。