軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百七十四話 レティシアとエルナ

「王国北部は農作物が豊かで、温和な人が多い土地です。連合王国が攻め込んでくるまでは、戦争に巻き込まれることもほぼありませんでした」

「だからあなたが人気なのね?」

「他よりは、という話です。アンセム殿下は帝国でいえば亡きヴィルヘルム殿下のような存在です。誰もがアンセム殿下に未来を見ていました。今でも慕う方は各地にいます。前線の都市が大軍勢にまったく退かないのは、そんなアンセム殿下が後ろに控えているからです」

馬車の中。

レティシアと共に王国北部の都市を目指していたエルナは、レティシアから王国北部の都市について聞いていた。

「ヴィルヘルム殿下みたいな存在……士気が高いわけね」

「体が健康であれば、間違いなく王太子に選ばれていたのはアンセム殿下でした。アンセム殿下が王太子ならば……帝国に侵攻しようなどとは思わなかったでしょう」

「そうなの? それほどの傑物なら打倒帝国に燃えていたんじゃないかしら?」

「アンセム殿下は自分の力に圧倒的な自信を持っています。体を壊し、ベッドに横たわっていたときですら、それは変わりませんでした。帝位争いに付け込むようなことはしないでしょう。帝国に侵攻するとすれば、帝位争いが終わってからかと」

「結局、攻め込んでくるんじゃない……」

「苛烈な才能を持っているせいでしょう。自分に匹敵する誰かと競いたいと心の底で抱いているんです。もちろん、勝算もなく攻め込むことはないでしょうから、しばらくは帝国と協調路線を維持したと思いますよ」

競う相手。

それは帝国の皇太子ヴィルヘルムのはずだった。

空に二つの太陽は必要ないように、同じ時代に偉大な王は二人も必要ない。

不運なのはどちらの太陽も沈んでしまったこと。

しかし、片方は生きながらえてまた昇った。

帝国に新たに昇った太陽と競うために。

「とりあえず、今の王太子よりはマシってことね。ただ、抜群に有能ってだけで」

「そうですね。アンセム殿下が王太子に反旗を翻してくれればと思いますが……おそらくアンセム殿下は姉君を人質に取られていますから、それも難しいでしょう」

「よく聞く話ね。為政者が人質を取るのは珍しくはないけれど……アンセム王子の姉ってことは、自分にとっても姉か妹よね? よくやるわね」

「王太子にとってアンセム殿下はコンプレックスですから。どうにか抑えつけたいと思っているんでしょう」

「その話を聞くと、あなたも王太子にとってはコンプレックスだったんじゃないかしら? 国を救った聖女レティシア。話す通りの人物なら、面白くないと思っても不思議じゃないわ」

「かもしれませんね。ただ、王太子が反帝国に傾いたのは最近のことです。それまでは表面上だけかもしれませんが、私とは良好な関係性だったと思います」

「だとしても、あなたを排除しようとしたことは事実よ。私、あの時のこと許してないんだから。あなたは攫われて、すごく危険な目に遭ったし、レオはショックで塞ぎ込むし、アルはレオを殴る羽目になるし。元凶の王太子を見つけたら、ぶん殴ってやろうって思ってるの」

エルナの言葉を聞いて、レティシアは口に手を当てて上品に笑う。

そんなレティシアを見て、エルナは少し照れたように顔を逸らした。

思った以上に素のままで話してしまったからだ。

「エルナ様。私はエルナ様と仲良くなりたいと思っています」

「わ、私も仲良くしたいとは思っているわよ?」

ただ、とエルナは心の中で呟く。

レティシアの立場は非常に微妙なものだ。

王国の聖女という肩書きは、王国と敵対した今でも強力だ。

しかし、それ以上に強力な肩書がレオの伴侶候補というものだ。

正式なものではないにしろ、レオはレティシアを婚約者として扱っている。

レオは皇太子の有力候補。順当にいけばレティシアは皇后となるわけだ。

エルナにとっては仕えるべき相手となる。

ゆえに距離の詰め方に迷っていた。

さらにいえば、レオとエルナは幼馴染。

レティシアからすれば、あまり気分の良い相手ではないという思いもあった。

しかし。

「私は……エルナ様ほどレオのことは知りません。けれど、これからより知れればと思っています」

「いいと思うわ。私は二人を応援しているわよ?」

「はい。わかっています。ですから……勝手な申し出かもしれませんが、エルナ様には私の後ろ盾になっていただきたいのです」

「う、後ろ盾!? 私が!?」

「はい。エルナ様はアムスベルグ家の血を引く聖剣使いで、近衛騎士団の隊長です。帝位争いには表向き関われない立場ですが、レオにとっても大切な幼馴染。レオが玉座につけば、間違いなくレオの傍にいる方です。私は高貴な生まれではありません。最大の後ろ盾である王国とも現在、敵対しています。きっとレオの相手には相応しくないという方も出てくるでしょう。その時……私の味方になってくれる友人がほしいのです」

「あなたが相応しくないだなんて……誰も言わないわよ。よっぽど、私より上品だし……」

「……何が起きるかはわかりません。私が王国によって捨て駒にされたように」

重い言葉だった。

経験しているからこその言葉。

未来は予測できない。

ありえないことが起きてしまう。

ただ、それでも。

「私は……レオがそう望むなら……レオの傍にいたいと思っています。そして、傍にいられるように努力もしようと思っています。打算的なことで申し訳ありませんが……エルナ様とはそういう意味でも仲良くしたいのです。もちろん、エルナ様は個人的にも非常に好感が持てる方と思っていますが」

「……なんだかずるいわ。そういう言い方」

「ごめんなさい……」

「ち、違うの! そういうことじゃなくて……好きな人の傍にいたいって言われたら断れないわ。ましてや、その相手が自分の大切な幼馴染なら」

そう言ってエルナはレティシアに手を差し出す。

そして。

「ぜひ、あなたと仲良くしたいわ。あなたのような人なら、レオを安心して任せられるもの」

「……ありがとうございます」

「私に任せて。全力で応援するから」

「はい! 私もエルナ様を応援しますね!」

「私? 私は……いいわよ。たぶんそういうことないから」

「ですが、アルノルト様を……」

「あー!! 良いの! そういうのは良いから!」

エルナはレティシアの口を塞ぐ。

そのまま、対面の席からレティシアの横へと席を移す。

「とりあえずこの話はおしまい。せっかくだし、女同士で話を咲かせましょ」

「はい。喜んで」