作品タイトル不明
第五百七十一話 姿の見えない援軍
両軍出陣。
その一報が港にいる俺たちにもたらされたとき、海務大臣のギレスベルガーは大慌てだった。
「ま、まずいかと! まだ我々は出撃できるほどの練度では到底……!」
「慌てるな。俺たちの出番はしばらく先だ」
帝国の基本戦略は敵を難攻不落のルイヴィーユ要塞に押し込むことにある。
そこからようやく艦隊の出番であり、それまでは出番はない。
先に到着したとしても、艦隊だけでは要塞は攻略できないし、敵地ということもあり補給も限られる。
確実に押し込めるという確証がなければ、こちらは出陣できないというのが現状だ。
「で、ですが、レオナルト殿下の本隊は十五万、対する王国軍は十万。五万の兵力差があれば、素早く打ち破ることもありえます!」
「王国軍が馬鹿正直に決戦に出れば、な。兵力に差があるのは百も承知。わざわざ同等の条件で決戦を挑むほど王国は馬鹿じゃない」
「では……閣下はどうなると思われるのですか?」
ギレスベルガーの質問に対して、俺は報告と一緒に送られてきた王国の地図を広げる。
帝国の目的は王国を屈服させること。王太子が今の地位を捨てることが必須条件だ。そのために王国を追い詰める必要がある。
一方、防衛側の王国は帝国に侵攻を諦めさせればいい。
大抵の場合、攻撃側より防御側のほうが有利だ。今回の侵攻も王国軍が有利となる。
地の利があり、使える拠点もある。しかも補給という点でも有利だ。
アンセムがこの有利を使わないわけがない。
帝国軍の侵攻ルートには多くの都市や砦がある。
パッと見ではわかりづらいが、それらは連携している。
「決戦に出てこない以上、帝国軍は王国軍本隊を引きずり出したい。だから各都市の攻略に掛かるだろう。だが、各都市の間を砦が繋いでおり、綿密な連携が可能だ。十五万の大軍で一つ一つの砦を攻略する余裕は帝国にはない。時間がかかりすぎるからだ。だから分散するだろうが、あちこちから援軍が届く都市を攻略するのは簡単じゃない。それなりの損耗を強いられるだろうな」
「分散したとしても数万の軍です。小規模な都市で耐えられるものでしょうか?」
「ずっと持ちこたえるつもりはないだろう。適度に抵抗して、撤退してもいいし、降参してもいい。そういう指示が出ているはずだ。この防衛網の役割は壁じゃない。侵入を阻止するんじゃなくて、侵入してきたものたちの動きを奪う、言うなら蜘蛛の巣だ。進めば進むほど帝国軍は身動きが取れなくなるだろうな」
「で、では、すぐに知らせなければ!」
「今更遅い。それに気付かないレオじゃない。気づいていても行かざるをえないのが、十五万という大軍のデメリットだ。兵糧の問題を常に抱えているし、十五万も集めたのに、やっぱりやめますは通じない。不利でも攻めるしかないんだ」
とはいえ、勝算もなく状況に流されて進軍するとは思えないから、レオとしても何か策があるんだろう。
いくつか方法は思いつくが……相手がアンセムだということを考えると並みの策じゃ逆に付け入る隙を与えるだけだろう。
「では、我らの出番がない可能性もあるということですか……?」
「十分あるな。帝国の基本戦略は押し込めるという前提で成り立っている。それが崩れれば、連合艦隊にできることはほぼない」
「そ、そんな……」
「海務大臣が情けない声を出すな」
「も、申し訳ありません……しかし、勝算が薄いならば、どうされるのですか? 閣下が援軍を率いて救援に向かいますか?」
「十五万で駄目なのに、数万の援軍でどうにかなるわけがない。それに帝都の父上と宰相がこの事態を見越していないわけがない。苦戦しても、必ず押し込めると判断したからこの戦略で動いているんだ。援軍はすでに用意されているはずだ」
「え、援軍ですか……? リーゼロッテ殿下でしょうか?」
「リーゼ姉上は動かないし、動けない。東の守りを捨てるわけにはいかないからな」
「では、誰が援軍に? 貴族軍を集結させるのでしょうか?」
「さぁな。俺たちは俺たちができることをやるだけだ。アルバトロ、ロンディネの両公国に出した使者がそろそろ到着するころだ。艦隊を集結させて、いつでも出陣できる用意をしておく。それだけに集中しろ」
「そんな無茶な……」
帝国にとっては大事な戦争だが、帝国海軍にとってはもっと重要な戦争だ。
ようやく活躍する場が現れたのだ。
出陣の機会がなくなるかもしれないと言われたら、さぞや気になることだろう。
だが、ここからではやれることは限られる。
今は、艦隊を編成することが急務だ。
元々、俺が両公国に出向いて、各国の艦隊を引き受ける手筈だったが、随伴船の問題もあって俺はここを動けない。
レオを助けにはいけないのだ。
ただ、援軍は存在する。父上や宰相のやりそうなことはだいたい想像がつく。
「いくらアンセムとはいえ、レオと奴を二人相手にするのは苦労するだろうな」
そう小声で呟きながら、俺は北の空を見つめるのだった。