作品タイトル不明
第五百六十四話 時間がない
玉座の間を出た俺は、後宮に向かっていた。
母上に会うためだ。
だが。
「アル様!!」
「フィーネ? なにがあった?」
「ミツバ様のご体調が……!」
後宮に繋がる一本道で、フィーネの知らせを聞いた俺は走り出していた。
わざわざ転移するほどの距離じゃない。
魔法で身体能力を強化して、さっさと一本道を走り抜けて母上の部屋へと向かう。
扉を開けると中では侍女たちがベッドの周りで慌てていた。
「ミツバ様! もうすこしで宮医が来ます! 頑張ってください!」
「早く水を持ってきて!」
「食べたものをはやく確認して!」
大きな声が飛び交う。
ベッドの上では母上が荒い息を吐いていた。
それを見て、俺は深く息を吐く。
そして。
「落ち着け。宮医は呼ばなくていい。お前たちも部屋を出ろ」
「あ、アルノルト殿下!?」
「ど、どういうことでしょうか!?」
「いいから……言う通りにしろ」
有無を言わせぬ口調で俺は侍女たちに告げる。
普段の俺とは全く違う様子に、侍女たちは息を呑み、そのまま部屋から出ていく。
出ていったのを確認して、俺はすぐさま薬をベッドで横になっている母上に飲ませる。
効くかどうかはわからない。
この薬は症状を遅らせることしかできない。根本的な解決策ではない。
本格的に毒が命を取りにきたとしたら。
俺にはどうすることもできない。
体中から汗が噴き出る。
母上の荒い息は変わらない。
容体が変わらないことに不安が募る。
どうすればいいかわからず、ただ手を握ることしかできない。
これだけは変わらない。
どれだけ強くなっても、俺には母上を治せない。
母上の体調が悪くなるたびに、ひどい無力感が俺を襲う。
手を握るしかできない息子にどれほどの価値があるのか。
自分の存在意義が揺らぎそうになる。
そんな時、そっと空いている俺の手を誰かが掴んだ。
「――大丈夫です。ミツバ様はアル様を置いていったりはしませんよ」
「……フィーネ……」
走って駆け付けてくれたんだろう。
汗をかき、息も荒い。それでもフィーネは優しく俺に微笑んでくれた。
その笑みを見て、頭が少しずつ冷静さを取り戻していく。
同時に母上の呼吸も安定し始めた。
薬が効いたのだ。
そのことに安堵して、俺はゆっくりと近くにあった椅子に腰をかけた。
「……時間は俺が思うほどないのかもしれない……」
「だとしても……やることは変わらないのでは? 最善と思う手を打ち続けるしか、勝ちへの道はありません。残酷なようですが……この状況ではアル様を助けられる人はアル様しかいません」
「……まったくもって、君の言う通りだな」
誰か助けてくれという思考に陥っていたのに、フィーネにそれを否定されてしまった。
それは正しい。
ピンチに颯爽と駆けつけてくれる者がいれば、どれほどいいだろうか。
いつも俺がその立場なんだから、俺が助けられることを望んだって罰は当たらないだろう。
けど、俺は世の中のすべての人を助けているわけじゃない。
俺が助けているのは一部だけ。大部分の人は自力で困難を乗り越えている。
それでもと歯を食いしばって生きているんだ。
諦めたほうが楽でも、諦めたくないから頑張っている。
俺は人よりも強いし、人よりも賢い。その自負はある。
立場だってある。周りの人にも恵まれている。
そんな俺が他者の助けを座して待つのは、傲慢だろう。
それに、俺なら座して助けを待つ人より、足掻いている人を助けたい。
「本当は……私が助けてさしあげられるなら、そうしたいのですが……」
「いいんだ。十分助けてもらっているから」
フィーネにそう答えて、俺は椅子から立ち上がる。
時間がないと焦っている暇もなければ、ここで誰かの助けを待っている暇もない。
やるべきことをやらなければ、誰も救えない。
悪魔を殲滅しなければ、母上は救えないし、王国戦で俺という存在をアピールしなければ、レオも救えない。
すべてが終わるまで、母上が持ってくれることを祈って走り続けるしかない。
立ち止まるのは時間の無駄であり、母上の命を無駄に浪費する行為だ。
「フィーネ、母上の傍にいてくれ。俺は帝都でやらなきゃいけないことを終わらせてくる」
「かしこまりました」
臨時元帥となった俺は、海から王国に侵攻するという役目がある。
いつまでも帝都にはいられない。
帝都にいるうちに終わらせたほうがいいことは、終わらせなければ。
■■■
帝剣城の隠し部屋。
うちの爺さんが住まうそこに、俺はいた。
「うーむ……思った以上に壮大な陰謀じゃな。悪魔のくせに小癪な」
これまで聞いた話を俺はすべて爺さんに話した。
それに対する一言がこれだ。
悪魔に体を奪われた皇帝にしては、上から目線だ。
「すでに人類は詰みかけている。方法は二つ。元凶をこっちから出向いて殺すか、向こうから出向いてきてもらって殺すか」
「魔界に行く方法がわかれば苦労せんわい。古代の文献ですら行く方法は書いてはおらん。どちらかといえば、後者のほうが現実的じゃな。こっちが追い詰められれば、意気揚々と現れるじゃろ」
「追い詰められるっていうと、どのくらいだ?」
「帝国が崩壊するレベルまで追い詰めれば出てくるじゃろう。ほぼ勝ちだと確信してな」
爺さんの言葉に俺はため息を吐く。
帝国が落ちるレベルとなると、相当な混乱だ。
まぁ、魔界にいればほぼ勝ちが確定の相手を引きずりだすにはそれぐらいするしかないか。
「とはいえ、完全に崩壊する必要はないじゃろ。帝国の半分が敵の手に落ちる程度でよい。悪魔は常に傲慢じゃ。それで出てくるはずじゃ」
「半分ね……」
一番手っ取り早い方法はレオを玉座に座らせてから、俺が反乱分子をまとめて挙兵することだろう。もちろん、悪魔と繋がりを持った状態で。
そうすれば向こうはこちらに加勢する。とにかく病毒の権能を持つヴェパルさえ討てばいいのだから、引っ張り出せば勝ちだ。
その後、レオたちは苦戦を強いられるだろうが、ヴェパルさえ討てば戦力は十分。
勇者もいれば、SS級冒険者もいる。やってやれないことはないだろう。
だが、邪魔な勢力が存在する。
レオと皇太子を争うエリクだ。
エリクは現状、帝国の半数を従える勢力といってもいい。エリクをどうにかしなければ、俺の手は使えない。
「……すべて仕組まれたことだと思うか? 爺さん」
「それはわしにはわからん。判断する材料がないでな。ただ、悪魔をおびき寄せる準備は出来ていることは確かじゃ。大陸三強のうち、帝国と王国が争う。どちらが勝っても人類の弱体化は必至。悪魔には好機にしか映らんじゃろうな」
「出てくると思うか? 魔界から」
「それもわからん。だが……やれると踏めば出てくるじゃろう。奴らとて我慢の限界じゃろうし、権能で勇者の子孫が殺せるかどうかは……あやつらとて確信はないじゃろうからな」
殺せるはず。そう思っての策であることは間違いない。
だが、百パーセントの確証はない。だから、今なら人類を排除できると思えば出てくるか。
「うん……参考になった。ところで……この銀仮面がとんでもないものだと何で教えなかった?」
「とんでもないものじゃと知らんかったからじゃ。逆に聞くが、魔力を抑制するような代物をつけて窮屈に感じなかったのか?」
「多少感じてはいたが、これが普通だったんでな。爺さんはどうなんだよ?」
「そんなものをつけて全力で戦うことはなかったでな。気づくわけないじゃろ。それだけ自分が異常なのだと気づけ」
「気づけない俺が鈍感だっていうのかよ……」
魔法を覚え始めた頃は、たしかに仮面をつけたときのような窮屈さはなかった。
だが、すぐに慣れた。そういうものだと思って気にも留めてなかった。
窮屈さを感じていても、覚え始めたばかりの頃より魔法の威力は上がっていたからだ。成長しているのに制限されているなんて、誰が思う?
「そういう者こそつけるべき仮面なんじゃろう。よく覚えておけ。その仮面を苦に感じないということは、お主の力は古代魔法文明の王族に匹敵するということじゃ。仮面を外して全力で戦えば、それこそ世界を揺るがすことになるじゃろう。外すときは良く考えることじゃ。今まで仮面に抑えられていた魔力があふれ出したら、元に戻るかはわからんぞ」
爺さんは真剣な顔で忠告してくる。
言いたいことはわかる。
古代魔法文明の者たちは姿を消した。
そうせざるをえなかったからだ。
俺もそうなりかねないと言っているのだ。
それは良く理解している。
それでも。
「そうしなきゃ駄目なら……俺は躊躇わない」
「……じゃろうな」
爺さんは言うだけ無駄とばかりに、もう何も言わない。
これでも俺の師匠だ。俺のことはよくわかっている。
そのことに感謝しつつ、俺は部屋をあとにしたのだった。