作品タイトル不明
第五百三十三話 良き臣下
城が制圧されたという情報を受け取ったマルセルは迅速に砦を放棄して、アルたちがいた港町の制圧に動いた。
港を確保していなければ、逃げ道を失うからだ。
そして港町の制圧を終えると、ついてきた貴族たちに今後の身の振り方を説明した。
彼らはマルセルを信じてついてきた。
できる限りのことをしたかったのだ。
しかし。
「バルナバ様が到着しました」
「やっと来たか……連れてこい」
マルセルは呆れと怒りの混じった表情を浮かべていた。
事の顛末はすでにマルセルのところに届いていたからだ。
「おお! マルセル大使! いやはや! 死ぬかと思いました! 僕としても努力はしたんですが!」
「話は聞いている」
「そうでしたか! あの蒼鴎姫とかいう小娘が生意気にも……」
バルナバは最後まで言葉を続けることができなかった。
鬼のような形相でマルセルが睨んでいたからだ。
「あ、あの……」
「小娘? 生意気? 貴様ごときが蒼鴎姫を侮るとはな。笑わせる。彼女は皇帝の任命を受けた使者だ。王国との戦争寸前の状況で、他国に無能を送り込む余裕など帝国にはない。任務を全うできるという信頼があるからこそ、彼女は選ばれた。それだけの功績もあげている。その彼女が都にやってきたというのに、のこのこと城に通すとは……愚かという言葉は貴様にこそお似合いだ! ジッとしていればそれでいいのに、余計なことをするとはな!? 彼女が小娘なら、貴様は赤子以下だ!」
「なっ、なっ、なっ……!! いくらなんでも無礼すぎるのでは!?」
「貴様に払う礼儀などあるものか! 虫に頭でも下げたほうがまだマシだ! 都にいる公王はこちらの生命線だった! 海軍は公王がこちらの手にあるから裏切らなかったのに、みすみす奪還されるとは! あれほど説明したのに、なぜ理解できていない? 我々は都を失ったら負けなのだ!」
マルセルは怒りに任せて近くの椅子を蹴り上げる。
その椅子がバルナバの近くに飛び、バルナバは恐怖で腰を抜かした。
それほどマルセルの怒りは激しかった。
「そ、その……お、落ち着かれよ……」
「落ち着けだと? 俺は落ち着いている。その証拠に貴様を斬ってはいない。貴族たちには手土産が必要だからな!」
「て、手土産……? ま、まさか僕を見捨てるので!?」
「当たり前だ! 貴様につくメリットがあるなら説明してみろ!? こちらが最善と思う策をことごとく台無しにしてきたのは、貴様ら親子だぞ!? 公王に誰も近づけさせないという簡単な役目も果たせず、城も奪還できずに逃げてきた奴を誰が担ぎ出す!? すでに勢力は瓦解した! 貴様には何もない!」
そう言ってマルセルは近くの兵士に視線で合図を送る。
心得たとばかりに兵士がバルナバを捕らえた。
「ま、待ってください! ま、マルセル大使! ぼ、僕はまだ利用価値のある人間です!」
「利用価値というのは他人が決めることだ。自分で判断するものではない。どうせ、絶世の美女という評判に惑わされ、城に招いたのだろう。相手を過小評価し、自分は色香に惑う。救えないほどの大馬鹿者め! 今の貴様にある利用価値は一つ。貴族の手土産として、公王の前に引き出されることだ!」
そう吐き捨てて、マルセルは兵士に連れていくように命じた。
だが、すぐに呼び止めた。
「待て、言っておかねばならないことがあった」
「ま、マルセル大使! 僕は心を入れ替えます! ですからどうか!」
「貴様にも感謝するべき点があった。よくぞ間抜けにも都を奪われた。おかげで俺は公王を人質とするという卑怯な手を取らずに済んだ。その点には感謝しておこう。よくやった」
「お待ちを! マルセル大使! マルセル大使――!!」
今度こそ連れていかれたバルナバ。
そんなバルナバと入れ替わる形で、マルセルの部屋に一人の人物が現れた。
「殿下、公国海軍の妨害には成功しました」
「ご苦労だったな。ミレーヌ」
そこにいたのは金髪の舞姫、ミレーヌだった。
任務成功の報告。
だが、その顔は浮かなかった。
「お許しを……私がロンディネを止めきれなかったばかりに殿下の計画を台無しにしてしまいました……」
「少数でロンディネを抑えるのは無理があった。よく時間を稼いでくれた。それを活かせなかったのは俺だ。すまなかったな」
「そのようなことを仰らないでください……殿下のお嫌いな方法を使ったにも関わらず、私は失敗しました……」
「お前を用いたのは俺だ。その手段に文句はない。責任を感じるな。元々、無理があったのだ。お前はよくやった。時間を稼ぎ、しっかりとロンディネと公国海軍にも打撃を与えた。十分だ」
そう言ってマルセルはミレーヌを慰めた。
それでもミレーヌは浮かない顔だったが、これ以上の謝罪はマルセルが嫌がるとわかっていたため、静かに傍に控えた。
「マルセル様。船の用意ができました」
「わかった。すぐに行く」
そう言いながら、なぜかマルセルは机に向かった。
そこには用意させていた紙があった。
「手紙ですか?」
「そうだ。バルナバの身柄だけでは手土産として弱いからな。アルノルトに手紙を書く」
「公国の貴族のためにそこまでする必要があるのですか?」
「どこの貴族だろうと、俺についてきたのだ。最後まで面倒は見る」
言いながらマルセルはとある情報を手紙に記した。
そして筆を置こうとして、最後にいくつか書き足して封をする。
「さて、これを貴族たちに預けておけ。アルノルトに渡せば必ず助命されるとな」
「かしこまりました」
リゼットは近くにいた自分の部下を呼び寄せ、手紙を渡すと急ぎの使いとして出発させた。
マルセルの準備が整えば、すぐにでも船は出航するからだ。
「さて、帰るぞ。王国へ」
そう言ってマルセルはリゼットとミレーヌを引き連れて船に乗り込んだのだった。
■■■
「俺宛ての手紙?」
都を制圧してから一週間後。
港町を制圧していた公爵軍の貴族たちは、バルナバの身を拘束して降伏を申し出てきた。
そこで貴族たちが差し出したのは俺宛ての手紙だった。
「王国の大使からですか?」
「そのようだな」
パッと見た感じ、魔法の気配はない。
さすがに罠ではないだろう。
一応、気をつけながら開けるとそこには面白い情報が書いてあった。
「律儀な奴だな、まったく」
「これは……貴族の弱みですか……?」
「そうだ。しかも辺境貴族の弱みだな」
マルセルの手紙に書かれていたのは公王側についた貴族たちの弱みだった。
大きな弱みもあれば、小さな弱みもある。
アルバトロ公国での戦いを終えたマルセルにとっては用済みの情報。
これで裏切りを誘っても、情勢がひっくり返らないから王国に撤退したわけだしな。
しかし、公王にとっては有益な情報だ。
今回の一件で、公王は貴族が大きな力を持つことを嫌がるだろう。
だが、辺境貴族たちは自分の手柄をしつこく主張するはず。その牽制にこの情報は使える。
辺境貴族たちを抑え込めなければ、パストーレ公爵の地位に辺境貴族たちが取って代わるだけだ。
バルナバの身柄よりもよほど価値がある。
「これで貴族たちの助命をということでしょうか?」
「そういうことだな。知ったことかと斬るのは簡単だが、それをすると辺境貴族の力を強めてしまう。すべての責任をパストーレ公爵とバルナバに被せて、他を助命する。それが公王にとっては最善の策だ。これを俺に託したということは、俺に説明しろってことだろう」
すでにこの地にマルセルはいない。
降伏した貴族たちを守る者はいないということだ。
マルセルはこの情報を俺に渡すことで、彼らの身を守った。
俺が説明すれば、公王も納得するだろう。
辺境貴族たちはパストーレ公爵とバルナバだけでは納得せず、公王を突き上げるはず。
この情報があれば、その突き上げも含めて公王は跳ね返せる。
いらないモノを上手く利用したものだな。
そんなことを思っていると、少し間を開けて文章があることに気付いた。
此度は貴様の勝ちだと認めよう。
見事な活躍だった。
しかし、忘れるな。
貴様には万の軍にも匹敵する蒼鴎姫という協力者がいた。
賢い貴様のことだ。彼女がいなければどうなっていたかもわかるだろう。
貴様にはもったいないと言いたいところだが、それでは他の愚か者と同じとなるだろう。
それは俺の矜持が許さん。
ゆえにこの言葉を送ろう。
良き臣下を持ったな、アルノルト皇子。
この決着はいずれまた。
王国全軍総司令、第三王子アンセム・ド・ペルラン。
「これはまた……」
「なんと書いてあったのですか?」
「そうだな……あいつに言わせると今回の勝利は君のおかげ、だそうだ」
「まぁ、負けず嫌いな方ですね。そのマルセル大使というのは」
「いや……奴の名はアンセム・ド・ペルラン。王国第三王子さ」
そう言うとフィーネは驚いたように目を見開いた。
手紙をフィーネに渡し、俺は海を見つめてため息を吐いた。
「俺は次がないことを祈りたいけどな……」
そんな言葉を残し、俺はフィーネと共に歩き始めたのだった。