軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五百十一話 檄文

都を脱出した俺たちはアルバトロ公国の西側にある、グランディ男爵の領地に入っていた。

グランディ男爵は数少ない帝国派の一人。

だが、その領地は狭く、影響力もない。

「男爵の話では、かき集めても兵力は二百に届くかどうかだそうです」

「都に入った公爵の軍は二千以上……十倍か」

男爵との会談を終えたジュリオからの報告を聞き、俺はため息を吐く。

こうも後手後手に回らされるとは。

「都に入ったパストーレ公爵は、あくまで国のためだと主張している。帝国につけばアルバトロ公国に明日はなく、王国につくことこそ国を存続させる唯一の道。だから忠臣として王の間違いを正しにきた。そういう主張だ」

「軍を伴って都を制圧しておいて、忠臣とは……皆、嘘だと気づくはずです」

「それがなかなか難しい。公爵は各地の貴族に檄文を発している。内容を見たが、実によくできた文だ」

どう考えても公爵の作成したものではない。

内容はこうだ。

アルバトロ公国は長きに渡って王国と同盟を結んできた。

今、帝国と王国が争うにあたり、派閥争いが起きている。

だが、帝国と同盟を結べば、アルバトロ公国は詰んでしまう。

帝国が必要なのは王国の要塞を落とすための海上戦力。かつて落とせなかった要塞を、アルバトロ公国の力を借りて落とす気だ。

よく考えてみてほしい。

帝国派の者は、帝国とは国境を接しているから帝国に与するべきだという。怒らせるべきではない、と。

では、王国に勝利した帝国がアルバトロ公国を攻めないという保証は?

帝国は歴史的に見て侵略国家だ。特に帝位争いが終わり、国内が安定すると外征に動く。

要塞さえ落とせば、アルバトロ公国の力は必要ない。

一方、王国は帝国を防ぐためにアルバトロ公国を必要としている。

あくまで王国からすれば防衛戦。勝利したからといって、帝国を滅ぼす気はない。

王国が健在ならば、帝国は東西への警戒で南下できない。これまでのように。

ゆえに。

我らは王国と同盟を組むべきであり、帝国と同盟を組むべきという者は国を破滅に向かわせているのである。

考えたのはマルセルだろう。

直近の帝国ではなく、歴史的な帝国を持ち出してくるのは上手い手だ。

「む、向こうに都合の良いように言っているだけです!」

「だが、嘘はついていない。帝国は歴史的に見て侵略国家だし、要塞攻略のためにアルバトロ公国の海上戦力を必要としている。するかどうかは別として、王国に勝利し、弱体化させることができれば南下の余裕も生まれる」

「南部への領土的野心があるなら、海竜事件で軍を派遣すれば済んだ話では!? 海竜を直接倒したのは帝国の勇者であり、我が国は断われなかった!」

「だから上手いんだ。最近のことには触れてない。読んだ者が、最近の帝国は違うということに気付かなければ非常に説得力のある文だ」

そしてほとんどが気づかないだろう。

アルバトロ公国にとって帝国は最近まで敵国に近い存在だった。

なにせ親しい王国とは幾度も戦っている。

いつ南下してくるのかわからない大国。

ロンディネとも繋がっていた。

アルバトロ公国の根底には帝国に対する恐怖と疑心がまだ残っているのだ。

それを払拭するために俺が派遣されたわけだが、ものの見事に先手を取られて、やりたいようにやられてしまっている。

「で、殿下……では、どうすればいいのでしょうか……?」

ジュリオが不安そうな表情を浮かべる。

だが、その顔には期待が混じっている。

何かいい手があるんでしょ? という期待だ。

「どうすることもできない。こちらは支持者に集うように呼び掛けるだけだ。向こうが侵攻してきても耐えられるように、な」

「そ、それだけですか……?」

「俺を何だと思っているんだ? 天才軍師か? 何でもできる魔導師か? 残念ながら、現状打てる手はほとんどない」

「ではこのまま……彼らの専横を見過ごすのですか……?」

「見過ごすというか、彼らが俺たちを見過ごさない。いずれ武力によって潰しに来るだろう。それだけが唯一のチャンスだ」

「ピンチでは? チャンスなのですか……?」

「小細工では盤面は覆らない。だが、武力行使に出た相手が戦場で負ければ、盤面はひっくり返る。戦場に立ってくれれば、逆転できる」

問題はこちらが逆転できる時間を、向こうが与えてくれるかどうか。

現状、向こうは圧倒的優位にある。

あえて一発逆転のある戦いには挑みたくはないだろう。こっちが降伏するのを待てばいい。

そうしてくれると助かる。

こっちにはいくつか布石があるからだ。

しかし、そうではなくてさっさと戦いに出て来られると、布石が機能しなくなる。

「では、すぐに兵を集めましょう!」

「いや、急ぐ必要はない。ゆっくりでいい」

「敵が来たらどうするんですか!?」

「急いで集めると危機感を与えてしまう。欲しいのは時間だ」

「殿下の先手を取るような相手ですよ!? 時間なんて与えるわけがありません!」

「マルセルが大将ならそうかもな。だが、相手の大将はパストーレ公爵だ。君のお父上が王位を継ぐ際、パストーレ公爵は最後まで武力行使には出なかった。正確には出られなかった。兵力を有していたのに決断できなかったんだ。王になるチャンスだったのに」

「それは聞いたことがあります……」

「人は本質的な部分では変われない。きっとパストーレ公爵は慎重というか、臆病な人なんだろう。いくらマルセルが言葉を尽くしたところで、自分が圧倒的優位な時に戦場に立つことはしないと思う」

「過去を教訓にしていた場合は……?」

人は過去に学ぶ。

ジュリオもまたそうだ。

そうやって人は変わっていく。

だが、全くの別人にはなれない。

「過去を教訓としていたから、都を制圧したのさ。勇気は何度も振り絞れはしない」

きっと公爵は動かない。

時間はきっとこちらに味方する。

あとは布石となる者たちの働き次第だろう。