軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百九十八話 海務大臣

帝国南西部。

そこにある港町ハンマに俺たちは来ていた。

理由はそこからアルバトロ公国に向かうからだ。

だが、アルバトロ公国には陸路で行ける。

レオと大使を任された時は、アルバトロ公国のさらに向こうにあるロンディネ公国に向かう予定だった。

だから船だった。つまり今回は陸路を選べるのに、わざわざ海路で行くということだ。

その理由は。

「大きな船ですね……」

「帝国海軍新造旗艦カイザー・アルフォンス。初代皇帝の名を冠した帝国海軍史上最強の軍船、だそうだ」

見た目は帝国海軍の旗艦に相応しい船だ。

旗艦ということで、その大きさはほかの船とは一線を画する。

その威容は見る者を圧倒するが、皇帝の名を冠する船だけあって見た目も非常に凝っている。

金と青を基調とした装飾が施されており、その船体も流麗だ。見る者が見ればその美しさに惚れ惚れするだろう。

設計に関わったキューバー技術大臣をして、傑作と言わしめた船だ。

ロンディネからの技術提供により、既存の軍船とは一線を画する性能を持つほどになったらしい。

その姿も、その性能も指折り。

そんな船がどうして停泊しているかというと。

「あの船でアルバトロ公国へ行くのですか?」

「そういう決定だ。嫌でも乗らなきゃいけない」

露骨に顔をしかめると、フィーネが首を傾げた。

俺が嫌がる理由がわからないんだろう。

「船はお嫌いですか?」

「嫌いではないよ。ただ、あの船でアルバトロ公国へ向かう思惑が気に入らない」

「思惑ですか?」

「そうだ。わざわざ俺は護衛を少なくした。アルバトロ公国を刺激しないためだ。俺とレオが海竜を片付けたことで、アルバトロ公国は帝国よりになっているが、それは若い世代だ。いまだに公王を中心とした重鎮たちは王国よりだ。長い親交があるからな。だから俺たちはその考えを変えるために行く」

「なるほど。私たちが刺激しないようにしているのに、あの船で向かえばアルバトロ公国を刺激してしまうということですね」

フィーネの回答に首を横に振った。

それは五十点だ。

たしかに俺たちの護衛を減らした意味が薄れてしまうという点で正解だ。軍船なんて使わないで、普通の船で行ったほうがいい。

だが、一番の問題はアルバトロ公国が海洋国であり、帝国が大陸国ということだ。

帝国海軍は精強だ。王国や皇国の海軍とぶつかっても負けたことはない。だが、本質的に双方とも大陸国。主力は陸軍だ。

一方、アルバトロ公国は海洋国。主力は海軍。そこが生命線であり、その実力は他の国とは一線を画する。

同じような国であるロンディネから技術提供を受けて、帝国はこのカイザー・アルフォンスを開発した。

量はともかく、質では一歩も二歩も遅れているのだ。

つまり、この船でアルバトロ公国に向かったところで、相手を刺激することはない。

もっと時間をかけて量産できていれば別だろうが、ようやくできた新造艦だ。

一隻で与える影響なんてたかが知れている。

どうして騎士狩猟祭の褒美として、俺たちはロンディネへ親善大使として派遣されたのか?

それはアルバトロ公国が脅威だからだ。

アルバトロ公国を抑えてくれるロンディネはこれから有力なパートナーとなる。だから俺たちは送られた。

トラブルのせいで色々と予定は狂ったが、本質的なところでは変わらない。

帝国は海の上ではアルバトロ公国を抑えられない。

それはかつての王国との戦争でわかっている。

要塞に対して補給するアルバトロ公国の船を帝国海軍は捕まえることができなかった。

「学ばない連中だよ、本当に……」

「今からでも船を変えますか?」

「それが出来たら苦労しないよ。父上の方針は明確だ。これからは海上での戦力をアルバトロやロンディネに頼る気だ。勝てないなら利用するまで。賢いやり方だけど、そうなると損する奴らが出てくる」

「帝国海軍ですか……」

「その通り。ただでさえ予算が少ないと嘆いている奴らだ。この船だって不満を発散するために作らせたようなものだ。ここで存在感を示さないと後がない。だから今回、ごり押しで旗艦をねじ込んできたんだ」

帝国海軍は結果を残している。

だが、帝国の立地上、海軍同士での戦いが戦争の行方を左右することは少ない。

さらに船を作るのにはコストがかかる。

他国の力を借りられるなら、それに越したことはないだろう。

帝国の全体戦略は北と南に同盟国を置き、東と西の強国に備えるというものだ。

それが父上と宰相が出した結論。

海軍からすればたまったもんじゃないだろうが、それが現状の最善手。

足掻くのは勝手だが、こちらを巻き込まないでほしい。

「そろそろ笑顔を浮かべたほうがよろしいかと」

後ろで黙っていたセバスが口を開く。

見れば、旗艦の前に一人の男性が立っていた。

年齢は五十歳前後。背が非常に高い。

精悍な顔つきで俺を待っている。

海務大臣のギレスベルガーだ。

実質的な帝国海軍のトップ。

キューバー技術大臣と協力して、この旗艦建造を主導した人物でもある。

「アルノルト殿下、お待ちしておりました」

「ギレスベルガー大臣。素晴らしい船だな。思わず目を奪われた。キューバー技術大臣からも帝国最強の船と聞いている」

笑顔を浮かべ、ギレスベルガーに右手を差し出して握手する。

隣にいるフィーネは、俺の変わり身の速さに唖然としているが気にしてはいられない。

「さすがは殿下。お分かりになりますか」

「親善大使として船に乗ってから、興味を持っていてな。俺にしては珍しく船に関する本もいくつか読んだ」

「殿下は読書家でいらっしゃいますな。初代皇帝陛下の名をいただくことができたこの船は、帝国海軍の未来を背負っています。必ずや殿下のお力になるでしょう」

「そう期待している。レオは王国を攻める。そこで障害になるのはかつて落とせなかった要塞だ。陸からでは落としきれない。補給を断つため、俺はアルバトロ公国に向かうが、攻略するとなれば海軍の力が必須だ。力を貸してほしい」

「もちろんでございます。我が帝国海軍の威信にかけて要塞は落としてみせましょう」

「ありがとう。レオも恩は忘れないはずだ」

ギレスベルガーは海軍から成り上がった人物だ。

少し前までは海務大臣なんて職はなかった。

海軍は軍務大臣の下にあったのだ。

だが、軍務大臣は海軍出身者からは選ばれない。少数派だからだ。

ゆえにギレスベルガーは父上に働きかけて、海軍を統括する大臣職を作ってもらった。

すべては海軍のために。

それがギレスベルガーという人物だ。

ゆえに帝位争いにも興味を示さなかった。海軍が役立つ場面がほとんどないからだ。

だが、情勢が変わった。

次期皇帝候補は二人に絞られ、その一人が王国を攻める。

要塞攻略には海軍の力が不可欠。

だからギレスベルガーはわざわざ俺の見送りに来たわけだ。

わざわざ旗艦で行くことなど無意味だと声を上げることはできるが、そうするとギレスベルガーからの支持を失ってしまう。

ギレスベルガーにとって海軍を大切にする者こそが皇帝に相応しい。

ここで手を取って友好を示しておかないと、エリクに加担しかねない。

「恩というならこちらのほうこそ恩を感じています。殿下が護衛を少なくてよいと言ってくれたおかげで、せめて船くらいは強力なものに、という私の提案が通りました」

「特に意図したことではないが、お役に立てたならなによりだ」

笑顔を浮かべつつ、内心では余計なことをと毒づく。

護衛を少なくしたのは無言の圧をかけるため。

これほど人質にしやすい二人を送るのは、アルバトロ公国を信頼しているから。

その信頼を裏切ったらわかっているな? という無言の圧力。

この圧力がアルバトロ公国の過激派たちを抑え込む。今は王国に向いている帝国の剣が、アルバトロ公国に向くかもしれない。

そう思わせるために、フィーネまで連れてきた。実際にありえるかはともかく、ありえるかもと思うには十分な存在だ。

だから護衛は少なくてよかった。万が一の時には俺がいる。

すべて万全だったはずなのに、この旗艦の登場で台無しだ。

アルバトロ公国がどう動くか。わからなくなった。

内心でため息を吐いていると、そっとギレスベルガーが顔を近づけてきた。

「殿下、船の中で客人がお待ちです」

「……わかった」

あえてここで伝えるということは、その客人は秘密裏に会うことを望んでいるということだ。

わざわざこんなところで会いたいなんて言う奴は、一体だれやら。