軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百九十四話 悲願

アードラー一族の謝罪。

それは大陸規模で珍しい出来事だった。

個人としての謝罪ではなく、一族での謝罪だ。

五百年前から強国として、確かに存在する帝国。

その皇族たちはノーネームが背負う時間の重みを理解できる。

自分たちもそうだからだ。

だからこそ、大陸を代表して謝罪した。

そんなアードラーの一族の振る舞いに、ノーネームは黙ったままだった。

「何か言いなさいよ」

「……」

「あなたねぇ……」

「――黄金の鷲の一族……多くの者があなたたち一族に魅せられてきた理由がよくわかりました」

ノーネームはそう告げたあと、静かに膝をついた。

そして。

「五百年間、名を取り戻すことが我が一族の悲願でした……勇者に勝利し、自ら名乗り上げる以外に手はないと思っていましたが……帝国には我が一族の名を忘れないでいてくれた人がいたのですね……心から感謝いたします。皇帝陛下」

「感謝は不要。この名はお前が勝ち取ったものだ。エルナに惨敗するようなら褒美を取らせる気はなかった。皇帝ヨハネスが認めよう。たしかにお前の一族は勇者の一族に並んだのだ」

そう言って皇帝は闘技場の魔導具を停止させた。

役目は果たしたからだ。

大陸中の者が証人となった。

SS級冒険者ノーネームは五百年前、歴史から名を消されたアーヴァイン・ノックスの子孫であり、今、五百年の時を超えて勇者の一族と肩を並べたのだと。

それだけ伝わればいい。

「ノーネーム……もう魔導具は停止させた。声はこの場にいる者にしか届かない。それでもよいのであれば、お前の名を聞かせてもらえるか?」

皇帝がノーネーム個人の名を訊ねた。

アーヴァイン・ノックスは祖先の名。

ノーネームは受け継いだ名。

今、この場にいる今代ノーネームにも名前があるはず。

それゆえの質問だった。

しかし。

「皇帝陛下……たしかに私にも名前はあります。ですが、私も武人の端くれ。少なからず矜持があります。勝ったならばまだしも、引き分けで名乗りをあげるわけには参りません。名乗りはまたの機会にさせていただきます」

「そうか……ワシが無粋であったな。許せ」

皇帝の言葉を聞いたあと、ノーネームは一礼して闘技場を去っていく。

そんなノーネームにエルナが声をかけた。

「私にくらい名乗ったらどうなの?」

「気になりますか?」

「当たり前でしょ? いつまでもノーネームで通すつもり?」

「ただの名無しという意味でしたが、もうノーネームというのは私の冒険者名です。SS級冒険者として、多くの人が私を理解してくれます。たとえ本当の名を名乗れるとしても、私はノーネームであり続けますよ」

そう言ってノーネームは最初に捨てた仮面を拾い、またかぶり直した。

その行動にエルナは顔をしかめた。

「どうして冒険者って仮面が好きなのかしら」

「あなたも被ったらどうです?」

「嫌よ。趣味を押し付けないでちょうだい」

「それは残念です」

「本当に名乗らずに帰るつもり? またとない機会よ?」

これほどの場はそうはない。

自分をアピールできるチャンスだ。

五百年待ったのだ。このチャンスを捨てるのは惜しいのではないか。

そう言った想いでの発言だった。

「そんなに私の名前が知りたいとは驚きです。では、次に私に勝てたら教えてあげましょう」

「なんですって!? 私が再戦で勝てないとでも言うの!?」

「さぁ、どうでしょう」

そう言ってノーネームは手を差し出す。

それを握手と勘違いするほど、エルナも鈍くはない。

自分の持っているクロエの魔剣をノーネームに渡した。

「次は私が勝つわ」

「その台詞はそのまま返しましょう」

そう言ってノーネームはエルナに背を向けて、闘技場の通路へと下がっていく。

そこではクロエが待っていた。

「お疲れ様でした! ノーネームさん!」

「ありがとうございます。この剣も……あなたの剣のおかげで悔いなく戦うことができました」

「そんな……お役に立てたなら剣も喜んでいます。とりあえず控室に行きましょう。怪我の治療もしないといけないですから」

クロエに二本の剣を返し、ノーネームは歩き始める。

だが、その歩みは遅かった。

クロエはそんなノーネームを不思議そうに見つめる。

そして。

「もしかして……泣いてますか?」

「泣いてませんよ……」

「そうですか……これはあたしの感想ですけど……優しかったですね。いろいろと」

「そうですね……優しかったですね……」

二人はそんなことを言いながら、ゆっくりと歩いていく。

その途中、ノーネームはふらりと倒れかけて壁に手をついた。

「大丈夫ですか!?」

「ええ……思った以上に……負担がかかっていたようですね……」

「つかまってください」

クロエはノーネームに肩を貸す。

そして無理やり歩かせた。

「倒れるなら控室で倒れてください。最後まで意地は張るべきです」

「そうですね……もう少し頑張りましょうか……」

そう言ってノーネームは軽く笑みを浮かべたのだった。

■■■

一騎打ち後。

帝都の城壁に四人のSS級冒険者が集まっていた。

「ほれ、シルバー」

そう言ってエゴールがシルバーに一枚の札を渡した。

それは魔導具だった。

「先代が持っていたギルドへの絶対命令権よ。さすがに私たち三人を相手にするのは危険だと思ったみたいで、あっさり渡したわよ」

三人は帝都に来る前。

シルバーの要請で先代ノーネームの下へ行っていたのだ。

目的はギルドへの絶対命令権。その核である魔導具を奪うことだった。

悪魔が存在しているときに、ギルドに命令できるような魔導具は危険すぎた。

ゆえにその排除に動いたのだ。

「手間をかけたな」

そう言ってシルバーは三人の前で魔導具を破壊した。

残しておいては災いの種になるからだ。

「しかし、生かしておいてよかったのか? 怨念に取りつかれたような奴は諦めねぇぞ?」

「そうだとしても、ここで始末すればだまし討ちだ。今代ノーネームも受け入れられないだろう。どこまで行こうと親族だ。自分が帝都に行っている間に、俺たちが先代を始末したとなれば禍根が残る」

「それもそうだろうが……ギルドの監視なんてあっさり潜り抜けられるぞ? 元SS級冒険者だからな」

「そこは今代に任せるとしよう。ノーネームの一族が怨念に縛られる理由はなくなった。あとは今を生きる個人の問題だ」

ノーネームは目的を達した。

名前を取り戻し、名誉も取り戻した。

帝国の皇族が人類の過ちだったと、代表して謝罪までしたのだ。

ケチをつける者はいない。

「ひとまずギルドが操作される心配はなくなった。SS級冒険者の足並みも整えられるだろう。次は王国だ。悪魔がいる可能性があるとすれば、あの国だからな」

そう言ってシルバーは西へと目を向けるのだった。