作品タイトル不明
第四百七十話 弟弟子
帝都近郊。
周辺の村に避難命令を出し、平原の真ん中にセオドアとアリーダは待機していた。
場は整えた。
あとは暴れるだけ。
そんな中、アリーダは静かに瞑想を行っていた。
普段なら邪魔はしない。
だが、セオドアは言わなければいけなかった。
「アリーダ……一つ願いを聞いてもらえないだろうか?」
「……珍しいですね」
アリーダは瞑想をやめて立ち上がる。
その目に映る批難の色にセオドアは思わず目をそらした。
何を言おうとしているのか、それを見透かされているからだ。
「そう怒らないでほしい……」
「怒ってはいません。ただ不謹慎だと思っただけです」
「それは承知の上だ……それでも私は私の手でナイジェルを討ちたい。兄弟子として……私がケリをつけるべきだ。本当の弟のように思っていた。私が一人で決着をつけたい」
セオドアの申し出にアリーダは小さくため息を吐いた。
そして。
「心情は理解できます。自信もあるのでしょうね」
「頼む……」
「失敗した場合、どう責任を取るのですか?」
「……私と戦えばナイジェルも無事には済まない。君がそこを仕留めてくれ」
「それならば共に戦えばいい。あなたの自己満足で被害を増やすわけにはいきません。ここにいるだけ贅沢なのだと理解するべきです」
「……いつになく……手厳しいな」
「この作戦は帝都の安全を守るためのもの。個人の心情がそれを上回ることはありません。彼は危険。ゆえに二人がかりで仕留めます」
アリーダはそう言ってセオドアの申し出を断った。
セオドアもあまり期待していたわけではない。
アリーダは職務に忠実だ。
それはセオドアがよくわかっていた。
「すまない……忘れてくれ」
「……弟の不始末を自分の手でつけたいと思うのは、理解できます。私もできるならそうしたかった。しかし、私たちは近衛騎士。すべては帝国と皇族の方々のために。背負ったこの白いマントには、先人たちが作った偉大な功績が宿っています。それを汚すわけにはいかない。もはやこの問題はあなただけの問題ではないのです」
近衛騎士として強い自負をアリーダは持っていた。
幼い頃から近衛騎士を目指し、努力を重ねた。
皇帝は父の友人。
幼少期より、その人に仕えるのだと思っていたし、周りからもそう望まれた。
ゆえに弟のラウレンツの時ですら、アリーダは何もしなかった。
近衛騎士として動くべきではなかったからだ。
「……そうだな。すでに私だけの問題ではないな……許せ。傲慢だった……この場には多くの人の協力でいると忘れていた」
「その通りです……責任を取るのは私たちではありません。殿下は必勝を期して私たちをここに配置したのです。私たちに勝利以外の報告は許されません」
本来ならば近衛騎士だけで片づける問題だった。
皇帝にはそう任された。
だが、帝都の被害を考えれば策士が必要だった。
策士と言われて、アリーダが思いついたのはアルだった。
弟を嵌め殺した皇子。
レオと入れ替わっていたと説明されているが、これまでの功績を含めると怪しいところだった。
今更、詮索しても仕方ない。
だからアリーダは何も言わなかった。
偶然にもセオドアも勇爵からの助言で、アルに力を借りるべきだと思っていた。
そして頼んだ時。
アルが一瞬見せた表情をアリーダは見逃さなかった。
仕方ない、という諦めの表情。
それはエルナに対して見せた表情でもあったが、その前にアルの視線が自分を捉えていたこと、アリーダはわかっていた。
幼馴染に甘いから引き受けた。
それだけではない。
自分に対する引け目も、あの表情にはあった。
「……近衛騎士が殿下を巻き込んだのです。できることは結果を出すことのみ。ほかのすべては雑念でしかありません」
ゆっくりとアリーダは剣を鞘から引き抜いた。
セオドアがつけていた腕輪が反応している。
もうナイジェルが転移してくるということだ。
「――殿下のために」
小さく呟きながら、アリーダは臨戦態勢に入ったのだった。
■■■
ナイジェルが転移した先。
そこにいたのは初めて見る女と、久しぶりに見た兄弟子の姿だった。
「小賢しい策だ」
そう吐き捨てて、ナイジェルは炎神を上段に構えた。
すると、それに合わせて二人も構えを取った。
「帝国近衛騎士団団長、アリーダ・フォン・ヴァイトリング」
「帝国近衛騎士団副団長、セオドア・ライルズ」
二人が名乗った瞬間。
その場の空気が一瞬でピリついた。
剣士としての本能がナイジェルに告げていた。
二対一で勝てるほど甘い相手ではない、と。
それでもナイジェルは、その本能をしまい込んだ。
「相手にとって不足はないな」
「そうですか」
声が横から聞こえてきた。
ナイジェルは体が反応するに任せて、身をよじる。
すると、脇腹を浅く斬られていた。
もう少し遅ければ深手を負わされていただろう。
先ほどまで自分の前にいたアリーダが、気づけば横にいた。
そのスピードを見て、ナイジェルは炎の結界を自分の体の周りに張った。
攻防一体の炎の結界は燃費が悪いうえに、炎神の炎を使うため、攻撃力が下がる。
さきほどのように、攻撃に専念し始めたら解除せざるをえない技だ。
それでも防御を優先させたのは、それだけアリーダが危険だと判断したから。
「私たちには不足も妥当もない。ただ、命令だからあなたを討つ。それだけです」
「さすがは近衛騎士団の団長……楽しませてくれる」
「私は楽しくなどありません。亡きロスアーク伯爵の弟子、ナイジェル。アルノルト殿下の命令により、あなたを討ちます」
そう宣言するとアリーダはゆっくりとナイジェルへ向かって歩き始めたのだった。