軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百六十八話 いつぞやのシェフ

俺とエルナは馬車に乗って、帝都の中層までやってきていた。

そこに話題の店があるらしいからだ。

紹介してくれたのはフィーネだ。

明らかに上流階級の馬車を見て、歩く人たちの視線が集まる。

降りてきた俺を見て、何人かが足を止めた。

そして俺が手を差し出して、ドレス姿のエルナが降りてくると全員の足が止まった。

視線が集まってくるのがわかる。

帝都にいる者なら、桜色の髪に翡翠の瞳を見ればアムスベルグ勇爵家を思い浮かべる。

だが、馬車から出てきたエルナはドレスアップしたエルナだ。

近衛騎士ではなく、勇爵家の令嬢としてここにいる。

そういう姿を見たことがない民たちは、なんだあの美女は!? と足を止めたのだろう。

アムスベルグ勇爵家の特徴を見ても、なかなかエルナだと一致しないから、男も女も釘付け状態だ。

一方、エルナはそんな視線を感じているらしい。

「すごい見られてる……」

「珍しいからだろ?」

「消えたい……」

海の上にでもいるのではと思うくらい、情けない声でエルナは呟く。

いつもの覇気はなく、俯いてエルナは手を引っ張られるままだ。

確かにこの状態ではエルナとは思えないだろう。

笑いながら俺はエルナの手を引き、店の中へと入る。

今回はエルナをからかうのが目的ではないし、晒し者にする気もない。

まぁ、これでただ単に食事をしにきたと思ってくれただろう。

「セバス、どうだ?」

「食いついたようですな。監視の目があります」

死体が出てから皇族は城の外に出ていない。

俺が初めてだ。

焦れているなら、絶好の獲物に見えるだろう。

セオドアは近衛騎士。

皇族を守るのが仕事だ。

しかも、近衛騎士隊長であるエルナが明らかにプライベートで外に出ている。

罠と思っても動かざるをえないだろう。

自分の腕に自信があるならば、アムスベルグ勇爵家にも興味がある。

というか、剣士で意識しないものはいないだろう。

「まぁ、とりあえず食事だな」

そう言った時、従業員が案内に出てきた。

「アルノルト殿下、当店のご利用、感謝いたします」

黒いパンツスタイルの姿で現れた従業員は、茶色の髪の少女だった。

意外に似合っているので、俺は小さく呟く。

「様になってるな?」

「仕事ですから」

従業員はリンフィアだった。

潜ませるとバレるから、店の中に入ってもらった。

立ち振る舞いは完璧だ。

これではほとんどわからない。

「こちらです」

案内されたのは二階のテラス席。

今日のために上品な感じで飾り付けがされている。

ここは俺たちの貸し切りだ。

「なかなか趣味がいいな」

「どうして外で食べるの……?」

「そっちのほうが目立つだろ?」

「もう十分でしょ……」

エルナは椅子に座ると、なるべく目立たないように小さく屈む。

その姿に勇爵家の神童の姿はない。

苦笑していると店主が挨拶にやってきた。

「……お久しぶりです。殿下」

「久しぶりだな?」

店主の顔には見覚えがあった。

ラウレンツを筆頭とした白鴎連合が俺に対して攻撃を仕掛けてきた時。

裏で手を回した貴族の差し金で、俺にだけまずい料理を出したシェフ。

それがここの店主だ。

「最外層からコツコツとやり直したと聞いたぞ?」

「はい……もう自分の料理に嘘はつかぬと決めて再起しました」

「良い心がけだな」

たった一年で中層にまで店を出せるということは、それだけ味が評判になったから。

前のように上流階層に求められるようになるのも、時間の問題だろう。

「フィーネの紹介で来たんだ。期待していいな?」

「もちろんでございます。フィーネ様にも、クライネルト公爵家にも、ずっと支援していただきました。必ず期待に応えます」

「そうか。それと、店が荒れるかもしれん。許せ」

「どうぞ、ご自由に。店など飾りです。この腕があれば、いつでも料理はできます」

そう言って店主は笑顔を浮かべて下がっていく。

そんな店主を見送り、俺はいまだに縮こまっているエルナに視線を移す。

「いつまでそうしているつもりだ?」

「だってぇ……」

「似合ってるぞ。堂々としていろ」

「そんなこと言われても……」

「ここは下からじゃ見えない。俺くらいしか見てないから安心しろ」

「そうなの……?」

大通りを歩く者たちは顔くらいしか見えない。

俺以外に見ている者がいるとすれば、ナイジェルくらいだろうが、ナイジェルはきっと隙を探すのに夢中だろう。

「それなら……」

俺の言葉を信じたエルナが背筋を伸ばす。

それでも照れくさそうではある。

「まぁ、こんな形ではあるが、二人で食事ってのはあんまりないからな。俺の歓迎もかねて楽しんでくれ」

そう言って俺は出されたグラスを持ち上げる。

入っているのは酒ではなく、果汁水だ。

そこだけが不満だが、まぁ仕方ない。

エルナと乾杯をして一口飲むと、今度はスープが出された。

スプーンで掬って飲んでみると、さっぱりとしていておいしい。

前に出された食事とは雲泥の差だ。

その違いに笑みをこぼすと、それにつられてエルナも笑みをこぼした。

「美味しいわね」

「シェフの腕がいいからな」

そんな会話をしながら、俺たちは心から食事を楽しんだのだった。