作品タイトル不明
第四百六十二話 惰眠の日
帝剣城の朝は早い。
父上が朝早くから仕事をするからだ。
そうなると全員が早めに動き出す。
迷惑な話だ。
「朝でございます。アルノルト様」
「今日は惰眠の日だ……起こすな……」
ベッドの上で布団をかぶりながら俺は答えた。
横からセバスのため息が聞こえたが、気にしていては惰眠は貪れない。
藩国では仮にも宰相だった。舐められるわけにもいかないため、頑張って規則正しい生活を送ったが、城に戻った以上、それを続ける必要もない。
今日はたっぷり惰眠を貪ろう。
そう決心して昨日の夜、ベッドの中に入った。
皇子として昨日の今日で翻意するわけにはいかない。一度決めたら貫かねば。
「それではいつ頃起こせばよろしいですか?」
「俺が起きたときだ……」
「なるほど。考えさせられるお言葉ですな」
セバスは呆れた様子でそう言って、ベッドから離れていった。
これでやっと眠れる。
そう思いながら俺は惰眠へと向かったのだった。
■■■
あれからどれほどの時間が経っただろうか?
深い闇の中で俺は漂っていた。
まるで深い海のように暗い中をゆっくりと流されていく。
その心地よさに身を任せていると、突然、深海に光が差し込んだ。
誰だ!? 俺の眠りを邪魔する奴は!?
薄っすらと目を開けるとカーテンが開けられていた。
眩しい光が部屋に差し込んでくる。
「セバス……カーテンを開けるな……」
「残念ながらセバスはいないわよ?」
耳に響く声。
それは聞き飽きた声で、そしてなんとも懐かしい。
最後の抵抗で、俺は布団を頭まで被った。
「今日は、寝るんだ……」
「もうお昼よ? 十分でしょ?」
「まだお昼だろ……」
「一日の半分がもう終わったのよ?」
「まだ半分ある……」
「価値観の違いね」
そうだなと、小さく呟くと布団を奪われた。
「あ~……」
「情けない声を出してないで、シャキッとしなさい!」
そう俺を怒鳴りつけるのはエルナだ。
どうしてこいつが部屋にいるのか?
考えるまでもない。
俺を起こしに来たのだ。
この悪魔め。
「俺は一年ほど規則正しい生活をしてたんだ……」
「そうなの? すごいじゃない。進歩だわ」
「だから今日は惰眠を貪る日と定めた……」
「十分貪ったでしょ? 起きなさい」
そう言ってエルナは指先を俺に向けると、水の魔法で俺の顔を濡らす。
その冷たさに頭が覚醒していく。
「……タオル」
「はい」
一言告げると、エルナが投げてよこしてきた。
それで顔を拭いたあと、俺は一息ついてからエルナを睨んだ。
「最悪な目覚めだ。どうしてだと思う?」
「こんな時間に起きたからね。次からは早起きを心掛けなさい」
「人間は寝たいときに寝るのが一番なんだ! なぜそれがわからん!?」
「わかりたくないわ。獣と変わらないじゃない、それじゃ」
エルナはこっちを見もせずにいうと、次々にカーテンをあけていく。
眩しい光が部屋を満たしていく。
なんて光量だ。
目が焼ける……。
「朝からダメージを受けた……もう動けない」
「もうお昼よ。早く着替えなさい」
「着替えるから出ていけ」
「そのつもりよ。ただし二度寝したら、明日から毎日起こしに来るから」
とんでもない脅し文句を残して、エルナは部屋から出ていく。
なんて恐ろしい奴だ。
とても人とは思えない。
どういう育ちをしたら、あんなふうになるのやら。
諦めて服を着替えると、ちょうどいいタイミングでノックが聞こえてきた。
どうぞと応じると、エルナとフィーネが入ってきた。
フィーネの手には軽食が乗った御盆。
「おはようございます、アル様。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
礼を言って、俺はその軽食をとりあえず平らげる。
そしてソファーに我が物顔で座っているエルナに目を向ける。
「起きたからどっか行け」
「そういうわけにはいかないわ。私は用があってここにいるんだもの」
「ならさっさと用件を言え、用件を」
「その前に近衛騎士団のことを伝えておくわ。再建された部隊は二つ。第八近衛騎士隊はフィンが一人で担っているわ。もう一つ、第十近衛騎士隊にも新任の隊長がついたわ」
「そこまでは知っている。昨日、チラリとみたが知らない顔だったぞ?」
「名前はブルクハルト。フィンは特例で即隊長だったけど、ブルクハルトは選抜試験を勝ち抜いて隊長になったわ。私以来の第一次試験での決定ね」
近衛騎士隊の隊長選抜試験。
第一次試験は常に一緒だ。
一つの大きなリングに全員が入れられ、一定時間、または一定数になるまで、無事にやり過ごす。
周りは全員ライバル。
ここで問題なのは、周りにいるのは現役の近衛騎士か、それ相応の力を持つ者であることだ。
求められるのは力だけじゃない。
巧みに力を抑え、集団の標的にならない小賢しさも必要になる。
危険だと判断されたら、ライバルたちが手を組んでしまうからだ。
まぁ、そういう試験なんだが。
たまにすべてを力で解決する奴がいる。
一定数どころか自分以外の全員を即座にノックダウンさせて、次の試験は不要というパターンだ。
「近衛騎士隊長が猛者なのはありがたいな。それで? どこの誰がそんな猛者を送り込んだんだ?」
「推薦者はエリク殿下よ。本名はブルクハルト・フォン・アルテンブルク。アルテンブルク公爵家の庶子だそうよ」
「やれやれ……」
アルテンブルク家もとんでもない隠し玉を用意していたな。
この状況下で武芸に秀でた庶子を近衛騎士団に送り込むとは。
「お前と戦ったらどうなる?」
「私が勝つわ。当然でしょ。けど、私以外じゃどうなるかはわからないわね」
「それほどか」
私以外というのは、俺の周りにいる実力者たちのことを指している。
エリク兄上の推薦で、アルテンブルク家の庶子。
これから争いが激化したら、衝突することもありえる。
もちろん近衛騎士隊長は皇帝以外の命令では動かないが、それをこちらが指摘することはできない。
エルナが俺たちに協力しているからだ。
全面的にでないにしろ、協力は事実。そこをついて相手の行動を制限すれば、俺たちのほうが困る。
「困ったもんだ」
「まぁ、それはあくまでついでよ。今日来たのは仲介役として」
「仲介役として?」
「あなたと個人的に会いたい人がいるの。どうする?」
エルナの問いに俺は再度ため息を吐いた。
勇爵家の跡取り娘、近衛第三騎士隊の隊長、聖剣召喚者。
エルナの肩書きはどれもビッグなものだ。
そのエルナに仲介を頼めるということは、相手もそれなりに大物ということだ。
「さっそく厄介事か」
「それは知らないわ」
無責任にエルナは告げる。
まぁエルナが信用ならない人物を紹介することはないだろう。
そう判断して俺は静かに頷いた。