軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百五十五話 第二皇子夫人

帝国中央部。

帝都からほど近い中堅都市・リックス。

そこにある巨大な館。

領主の館より明らかに大きいそれは、帝国最古の貴族・アルテンブルク公爵家の持ち物だった。

その一室にエリクがいた。

しかし、そこはエリクの部屋ではなかった。

無駄なものがないその部屋は、大貴族の一室にしてはひどく質素だった。

装飾らしい装飾はほとんどなく、部屋を彩るのは飾られた花だけ。

しかし、それでよかった。

部屋の主はそれを楽しめる感性を持っていたからだ。

部屋の主は女性。

透き通った水色の髪に、同色の瞳。

穏やかな雰囲気を纏った優しそうな女性だった。

「政務で忙しいのに、わざわざ顔を出さなくていいのよ? エリク」

「そういうわけにはいかない。夫として妻に顔を見せるくらいはしなくては」

そう言ってエリクは穏やかな笑みを浮かべて、ベッドに寝ている女性へ果物を切って、差し出した。

部屋には二人しかない。

普段ならいるお世話係は下がらせていた。

エリクの意向だ。

女性の名はレーア・レークス・アードラー。

第二皇子夫人として、本来ならば城にいるべき人物だった。

レーアはエリクと同い年の妻だ。アルテンブルク家の令嬢でもあり、エリクにとっては幼馴染。

かつては内気なエリクを振り回す活発な女性だったが、今は病に伏せており、ここで療養しているのだ。

「ねぇ、エリク。今日は調子がいいの。風に当たってもいいかしら?」

「――君がそう望むなら」

そう言ってエリクはレーアに手を貸して、ベランダまで連れていく。

細い手にエリクは顔を歪ませる。

レーアの病は原因不明。

大陸随一の名医でも治療法の分からない奇病。

かつては剣を握り、冒険者になると語っていたレーアは弱っていく一方だった。

幼き頃、エリクを引っ張ったレーアの姿はもうどこにもなかった。

「ごほっごほっ……」

「部屋に戻ろう……」

「もう少し……風に当たらせて……」

「そうか……」

せめてとばかりにエリクはレーアを抱きしめる。

それが大して役に立たないと知りながらも、何もしないわけにはいかなかった。

「ねぇ……エリク」

「なんだい?」

「アルノルトが帰ってくるって聞いたわ……」

「ああ、そうだ」

「……レオナルトとまだ帝位を争うつもりなの?」

レーアの言葉にエリクは答えない。

沈黙を肯定と受け取ったレーアは静かに呟く。

「ヴィルヘルムも……ゴードンも、ザンドラも逝ってしまったわ……トラウゴットは藩国へ行き、リーゼは国境へ……家族がどんどん離れ離れになっていく……それでも続けるの……?」

「帝位は強い者が継ぐ。それが決まりだ」

「本当にそれだけ? その決まりだけで、弟たちと対立しているの……? 私はそうは思えないわ」

「――私は皇帝になる。もう決めたんだ」

「……もしも、私のためなら」

「違う。君のためならば……君が悲しむようなことはしない。これは私のためだ。私が皇帝になろうと決め、その一歩を踏み出した。もはや止まれない」

レーアはエリクの顔を見ない。

どんな顔をしているかは、見なくてもわかるからだ。

「良き帝国を築く。平和で……誰もが愛する人と穏やかに暮らせる国を」

「……」

レーアは何も言わない。

エリクの辛そうな表情の向こうに、そんな世が待っているとは思えなかったからだ。

ベランダからベッドに戻り、レーアは横になった。

エリクが来て、すこしはしゃぎすぎた。

疲れから体がだるく、睡魔が襲ってきたのだ。

「エリク……どうか……」

「どうした?」

「……無茶はしないでね……」

そう言ってレーアは眠りについた。

規則正しい寝息を聞き、エリクは立ち上がる。

無理をして時間を作ったため、やるべきことはたくさんあった。

最後に妻の顔を見て、柔らかく微笑んだあと、エリクは冷徹という名の仮面を被った。

それはエリクの弱さを隠してくれる都合の良い仮面だった。

「帝都へ戻る。アルノルトが戻れば、レオナルトは動き出す。先手はこちらが打つ」

側近に指示を出して、エリクは馬車へと向かう。

その馬車には先客がいた。

「殿下」

「アルノルト一行の足を遅らせろ。その間にできる準備をする」

馬車の中にいたのはメイド服の暗殺者、シャオメイだった。

エリクの指示に静かに頷く。

「わかっているな? 強硬手段には出るな。あくまで足を遅らせるだけでいい」

「御意」

「王国との再戦の機運は高まっている。レオナルトを王国との決戦に向かわせるわけにはいかん。母上にもそう伝えておけ」

「仰せのままに」

そう言ってシャオメイは姿を消す。

一人になったエリクは深くため息を吐く。

今までは動かず、待っている立場だった。

しかし、相手が絞られた以上、待っているわけにはいかない。

「諦めろ、レオナルト、アルノルト……私は退かん」

聞こえるはずのない忠告を送り、エリクは遠くを見つめるのだった。