軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百四十七話 剣聖の技

逃げる少年を追う老人。

平和な一幕でもありそうなシチュエーションが、王国領内で繰り広げられていた。

規模と真剣度合いがあまりにも一般人とは差があったが。

「このっ!!!!」

少年は追いかけてくる老人に向かって、緑色の煙を放射する。

それは吸えば一たまりもない強毒だった。

しかし、それはあっさり斬り払われる。

「嘘だろ……権能を斬るなんて……」

「どうした小童……逃げるのはおしまいか?」

ゆらりと少年、カーシモラルの前に迫った老人、エゴールがそう告げた。

あれから幾度もカーシモラルが放った毒を切り伏せ、空を飛んで逃げるカーシモラルを圧倒的速度で追い詰めてきた。

子供たちがやる鬼ごっこならば、そのしつこさに音をあげるところだが、この鬼ごっこで音をあげるというのは、つまり死を意味する。

「……最古のSS級冒険者……剣聖エゴール……斬れないものはないっていうのは本当だったみたいだね」

「誇張じゃよ。わしにも斬れんものはある。まぁわしにとって大抵のものは柔いことは事実じゃがな」

そんなことを言いながらエゴールはゆっくりとカーシモラルに近づいていく。

これまでは空を飛んで逃げるカーシモラルと、大地を駆けるエゴールの図式だった。

しかし、逃げることは不可能と判断したカーシモラルは、そんなエゴールに合わせて大地に足をつける。

逃げきれないならば迎撃するしかない。

「人類にここまで化け物がいたとは思わなかったよ……」

「化け物か……まぁそれも事実じゃな」

「よくそんな力があるのに数百年も冒険者なんてやってられるね? 大陸の人類からすれば、モンスターよりもあんたのほうが怖いだろうさ」

「悪魔が言いよるわい……その点については感謝しておるよ。わしらのような規格外がそれなりの自由の下で動けているのは、お主ら悪魔の存在があったからこそ。人類は悪魔の脅威に立ち向かうために、規格外を常に用意してきた。それがSS級冒険者じゃ」

本来ならばその力が自分たちに向くことを恐れた全人類によって、迫害し、討伐されてもおかしくはない規格外たち。

だが、悪魔という明確な脅威が彼らを〝戦力〟とみなすことを許した。

桁外れな力を持ちながら、他者には傅かない異端児たち。それを戦力とするための制度がSS級冒険者なのだ。

「それじゃあ僕らを討伐するのはまずいんじゃないかな? 次は爺さんたちが討伐されるぞ?」

「……あまりわしらSS級冒険者を舐めるでないぞ? そうならぬように数百年、SS級冒険者として君臨してきた。他者を助け、人類の守護者として立ち回ってきた。同胞の国が滅ぼされようと、人類の対立には干渉しなかった。いまやSS級冒険者は希望の象徴。悪魔がいなかろうと、その立ち位置は変わらぬじゃろうて」

時代によってSS級冒険者の顔ぶれは大きく変わってきた。

それでもエゴールは変わらずにその中にあった。

SS級冒険者たちが万が一でも、人類に牙を向いたときのカウンターとして。

常に睨みをきかせてきた。

SS級冒険者という形を作り上げた張本人ともいうべきが、エゴールだったのだ。

「ご苦労なことだね、僕なら自由に生きるけど」

「わからんじゃろうて、貴様らにはな。力には責任があるのだと、わしらは自ら責任を背負う。放り出せば楽じゃろうが、その背負った責任が人との絆を生む。貴様ら悪魔のように好きに生きれば獣と変わらん」

「わからないなぁ、絆なんて目に見えないもののために、どうして苦労するのかな?」

「わからぬからお主は追い詰められておる。まぁ冥土の土産に教えておいてやろう。かっこいいじゃろ? そっちのほうが。世の中、かっこいい奴が強いんじゃよ」

「ふざけたことを!」

もう十分とばかりにカーシモラルは少しずつ放出していた毒を一気にエゴールへと向ける。

カーシモラルの周りに漂っていた微細な毒が、一気にエゴールへと向かう。

エゴールの周りが完全に毒によっておおわれた。

逃げ場はない。

「馬鹿が! 少しでも吸えばあの世行きだ!」

「馬鹿が、吸わねば良いだけじゃ」

毒に覆われながら、エゴールは平然としている。

その手は高速で動き、刀を振るっている。

自分に近づく毒をすべて斬り落とし、一種の結界を作っているのだ。

一体、自分は何を見ているのかとカーシモラルは愕然とする。

人類の規格外。

その知識はカーシモラルにもあった。幾度かSS級冒険者の戦闘も見たことがある。

だが、そのどれとも今のエゴールは一致しない。

「なんだ……? お前は……?」

「SS級冒険者、エゴール。貴様を討伐する者じゃ」

完全に毒を潜り抜け、エゴールはカーシモラルと肉薄する。

今なら毒を吸わせられるかもしれない。

だが、その動きを見せたら確実に斬られる。

その予感があった。

しかし、やらなければ死ぬ。

人間に憑依してから、カーシモラルはやりたいようにやってきた。

その自由への欲求がカーシモラルに死の予感を乗り越えさせた。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

カーシモラルは体中に毒をため込む。

これで斬れば最後、エゴールも毒を浴びることになる。

悪魔の再生能力は人の比ではない。

生き残る確率はある。

そう判断しての行動だった。

だが、それでも認識は甘かった。

「剣聖流北の型――斬界」

エゴールが自らの剣術に名をつけることは滅多にない。

ただ振るうだけで必殺となるからだ。

そんなエゴールが持つ数少ない技の一つが、斬界だった。

斬撃による包囲。

言葉に表せばそれだけだが、全方位から降り注いだ無数の斬撃によってカーシモラルは一瞬で塵と化した。

内にため込んだ毒ごと完全に斬り殺されたのだ。

「……ぬるいのぉ」

五百年前。

人類に全滅を意識させた悪魔。

勝ったのは奇跡と、後世に語り継がれる伝説の存在だ。

それにしてはぬるい。

エゴールは刀を杖に戻しながら、しばし考えこむ。

しかし、答えは出なかった。

仕方がないので、元の場所に戻るとしようと考えた時。

エゴールは気づいてしまった。

「どこじゃ? ここ」

カーシモラルを追っているうちに、知らない場所に来てしまった。

まぁ歩いていればそのうちだれかと出会うだろう。

そう思いながら、エゴールはいまだに存在する大きな気配に向かって走り出したのだった。