軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百九十話 二人の勇者

異次元。

俺は目の前の戦いをそうとしか表現できなかった。

「今からアルを暗殺するから頑張って防ぎなさい」

そう言って勇爵は何もないただ広いだけの平原の真ん中で、木剣をもって攻撃してきた。

防ぐのはエルナ。こちらも木剣。

あくまでこれは訓練だ。

勇爵がエルナを鍛え直す訓練。

勇爵が父上の命令で動いたとは思わせない建前。

だが、理由はどうであれ勇者と勇者がぶつかり合っている。

無事で済むわけがない。

「くっ……!」

巻き起こる突風に吹き飛ばされないように姿勢を低くしなければいけない。

互いに木剣。

込められる力は同じだ。

壊れないように振っているのに、剣圧だけで突風が巻き起こる。

目だけじゃもう何が起きているのか把握しきれない。

かろうじて打ち合う音を拾えるが、それも四方八方から無数に聞こえてくる。

「常に実力で圧倒するだけだから、苦手がいつまでも克服できないのだよ」

声が後ろから聞こえてくる。

振り返るとエルナと勇爵がつばぜり合いをしていた。

「護衛は苦手じゃ……ありません!」

「どうかな? 攻めるほうが得意なはずだが?」

そう言って今度は勇爵が俺の前に回り込む。

いつの間にと思う前にエルナが勇爵の剣を止めた。

「勇爵家の者は聖剣がなくても勇者でなくてはいけない。振る舞いも、実力も」

「振る舞いはともかく……実力でお父様に劣っているとは思いません!」

そう言ってエルナは勇爵を押し戻した。

そんなエルナに対して勇爵は笑う。

「実力とは剣の腕や戦闘の技術だけではないのだよ」

また声が後ろから聞こえる。

先ほどよりも明らかに速い。

慌ててエルナがその剣を弾くが、慌てたせいか、同時に勇爵が放った蹴りを食らって吹き飛ばされた。

「駆け引き、冷静さ、読みの鋭さ。君にはどれも足りてない。戦闘中に正々堂々なんて言葉が通じるのは、そこに誇りを抱く者だけだ。大抵の者は生きるために何でもする。その後に卑怯と叫ぶだけなら勇爵家など必要ない」

「足りないことは認めます……けれど、二度は通じません」

「その考えが間違っている。二度などないのだよ。そんな考えだから裏切った近衛騎士隊長を逃すんだ。近衛騎士隊長程度も捕まえられないなら我々の存在価値はない」

「それは……」

確かにエルナは裏切った近衛騎士隊長であるラファエルを逃した。

逃げに徹するラファエルを帝都の混乱の中で、仕留めきれなかったのだ。

まぁそんなことを言ったら、その前にアリーダが仕留めそこなっているんだが。

勇爵としてはそこすら比較対象にはならないんだろう。

アムスベルグ勇爵家は帝国の切り札。

他とは別格の存在でなければいけない。その強さがアムスベルグ勇爵家を支えてきたからだ。

「敵の話に動揺し、動くのが遅れる。昔、教えたはずだ。敵の話は地面に這いつくばらせてから聞けと」

勇爵がエルナの後ろに回り込む。

エルナは何とか剣を受け止めるが、また吹き飛ばされた。

しかし、すぐにエルナは体勢を立て直し、俺の傍に戻ってきた。

「はぁはぁ……」

「苦戦してるな?」

「お父様だもの……」

「だからといってすべて正しいとは限らない」

俺はエルナにそう言うと勇爵へ視線を向ける。

勇爵は微笑みを崩さない。

どうも余裕な表情を見ると、それを崩してみたくなる。

我が家の悪い癖だ。

「勇爵。あなたの言うことは正しい。エルナは近衛騎士隊長程度を逃した。それは勇爵家としては失態だろう。だが、あの日、帝都で俺の傍にやってきたのはエルナだ。あなたではない」

俺の言葉に勇爵は苦笑する。

俺の話には乗ってくれるらしい。

あくまで標的はエルナということか。

「やれやれ……君はそうやっていつもいつも」

「――あの場にいた者と駆け付けることもできなかった者。どちらが役に立ったか? 子供でもわかると思うが?」

「まったくもってその通りだ。私が言うなと言われたら、何も言えない。だが、アル。そうやっていつも君がエルナを助けられるわけじゃないんだ。あまり甘やかさないでほしいね」

「俺が至らなきゃエルナが助け、エルナが至らなきゃ俺が助ける。俺たちはそうやって歩いてきた。それは――これからも変わらない」

「エルナが至らなければ君が命を落とす。その自覚はあるかな?」

「結構。とうの昔に俺はエルナに命を預けている」

「君は本当に……昔から人を励ますのが上手いな」

「そうでもありませんよ。さて、勇爵。覚悟はいいですか? 俺の幼馴染はあなたが思うほど弱くはない」

瞬間、エルナが勇爵に接近した。

護衛としては賭けだ。

速度にさほど差はない。

勇爵が俺に意識を向ければ、エルナは俺を守るために退かなければいけない。

しかし、エルナには自信があったんだろう。

勇爵との差は、駆け引き、冷静さ、読みの鋭さ。どれもすぐには身につかない。

だが、単純な戦闘能力で劣っているわけじゃない。

だから真っ向勝負に持ち込んだ。

勇爵が動く前にエルナは重い一撃を勇爵に見舞う。

受け止めるしかなかった勇爵は、そのままエルナと足を止めて打ち合うしかなかった。

「まったく……元気な娘だな!」

「お父様の娘ですから!」

「私が見たかったのは君の成長で、君たちの連携ではないのだがね!」

「連携だって実力です!」

そう言ってエルナは勇爵を圧倒する。

しかし、防戦一方の勇爵も負けてはいない。

エルナの木剣にヒビが入った。

受け止める際、同じところばかりを狙っていたのだ。

しかし、エルナは気にせずに渾身の一撃を放つ。

そしてどちらの木剣も耐え切れずに折れた。

「引き分けか……」

「いや……成長を見ないことには帝都には帰れないのでね」

そう言って勇爵は空に手を掲げた。

その意味を理解したエルナも手を空に掲げる。

聖剣を呼ぶ気か。

やりすぎな気がするけど……ちゃんと父上の許可を取ってるんだろうか?

これ、俺の責任になるんだろうか。

やる気満々な二人の勇者に制止をかけるわけにもいかず、俺は諦めて成り行きに任せることにした。

聖剣は世界に一つ。

最も勇者の素質に溢れた者の手に降りてくる。

『我が声を聴き、降臨せよ! 煌々たる星の剣!』

『勇者が今、汝を必要としている!!』

空から光が降ってきた。

それは眩い光を放って、やがて銀の剣へと変化する。

それを手にしたのは――エルナのほうだった。

「……聖剣はエルナを選んだか」

「勇爵、これでエルナの成長を実感できましたか?」

「まぁそれなりには成長していると認めよう。だが、覚えておくように。私は十五の頃には親から聖剣を奪っていた」

負けず嫌いめ。

やはりエルナの父親か。

クスリと笑って勇爵は俺たちに背を向けた。

「じゃあ私は帝都に戻るよ。アル、エルナをよろしく頼むよ」

「了解です。勇爵も父上を頼みます」

「心得た」

そう言って勇爵はその場を後にしたのだった。