作品タイトル不明
第三百六十三話 剣士の本望
北部で決戦が行われている頃。
帝都でも異変が起こっていた。
突如としてあちこちで火の手が上がったのだ。
「俺の店が!!」
「馬鹿野郎! 死ぬ気か!」
「私の子がどこにもいないの!? どこ!?」
「中に子供がいるようだぞ!!」
店や民家。
場所はバラバラだが時間は一緒。
同時に上がった火の手に帝都は大混乱となった。
その混乱を収拾するために皇帝ヨハネスは近衛騎士隊を向かわせた。
だが、事態は彼らが到着する前に動きを見せた。
帝剣城の隠し部屋にいるアルの曽祖父、グスタフは帝都の混乱を察知して、帝都の上空に浮かんでいた。
「やれやれじゃのぉ……」
見るからに陽動。
しかし陽動でありながら火の手があちこちに移りやすい場所を選んでいる。
わかっていても全力で火を止めに行かなければ帝都が被害を被ってしまう。
帝都のことをよく知っている者の仕業だ。
アルの予想通りなら第四妃が仕掛けた罠だろう。
こちらに戦力を割けば皇帝の護衛が薄くなる。
しかし、それでも皇帝の護衛がいなくなるわけじゃない。
「今代の皇帝は大変じゃの。皇太子が死に、妻や子供たちに裏切られる。儂だったら政務を投げ出しておるわい」
そうは言いつつ、きっと自分が皇帝だったならば世捨て人にはなっていないだろうと確信もあった。
皇帝とは民を見捨ててはいけない。
多くの者の想いを背負って玉座を勝ち取った。妻に裏切られようが、子供に裏切られようがそれを手放すことはあってはならない。
玉座は譲られるモノではなく、勝ち取るモノ。
ゆえに皇帝は諦めない。
それまでに大きな対価を払っているからだ。
「皇帝仲間として、ちと手伝ってやるかの」
曾孫との約束もあると言いながらグスタフは自らの姿を幻術で変化させた。
黒い服を身にまとった銀仮面の男。
帝国のSS級冒険者。
シルバーがそこにいた。
その手に魔力を集めながらシルバーに扮したグスタフは笑う。
「久しぶりじゃの。魔法を使うのは」
すでに体を失っているグスタフに魔力を作り出す力はない。
使うのは本に込められたアルの魔力。
アルに古代魔法を教えているときは、アルの魔力を使って見本を見せていたが、アルが一人立ちしてからはその機会もなくなっていた。
グスタフ自身も魔法の研究に忙しかったし、そちらのほうが好きだった。
それでも外で魔法を行使するのは新鮮ではあった。
「降り注げ、神秘の雨よ――・ミスティック・レイン」
発動したのは広域に雨を降らせる魔法だった。
しかし、雨雲もなく雨は突如として出現する。
魔法だと知らない者から見れば不思議な雨だった。
帝都全体に降り注いだその雨は瞬く間に火を消し去っていく。
「雨だ! 雨が降ったぞ!」
「火が消えていく!!」
「子供は無事だぞ!!」
帝都のあちこちで歓声が上がる。
そして多くの民が不思議な雨がどうして降ったのかと疑問に思いながら、上を見た。
その目に映るのは空に浮かぶ一人の魔導師。
「シルバーだ!」
「シルバーが助けてくれたぞ!!」
民の歓声を聞きながらグスタフは微笑む。
歓声が嬉しかったわけじゃない。
古代魔法の評判は最悪だった。
それを歓声が沸くほどまでに持ち直したのは、アルがシルバーとして精力的に動いたからだ。
苦労を惜しまず、民のために動き続けた。
自分の弟子の成果を確認できたグスタフは、満足しながらその場から転移で消えたのだった。
■■■
「シルバーが動いてくれたか……」
玉座に座る皇帝ヨハネスは、突如として降り出した雨を見ながら呟く。
そんなヨハネスがいる玉座の間は扉が開け放たれていた。
火災が起きた時点でヨハネスが護衛を下げて、扉を開けておいたのだ。
「被害が出るのを恐れてあえて侵入ルートを開けていたか」
そんな扉から入ってきたのは赤い髪の女性、第四妃ゾフィーアだった。
その手には昔からの愛剣が握られていた。
話をしに来たわけではないのは一目瞭然だった。
「やはりお前か……そんなにワシが憎いか?」
「憎悪などとうに捨てた。最初の頃は恨みもした。退屈な後宮によくも閉じ込めたな、とな。しかし、今はそんなことはどうでもいい」
そう言ってゾフィーアはゆっくりとヨハネスに近づいていく。
だが、そんなゾフィーアの前に立ちふさがる人物がいた。
「アリーダ騎士団長……やはりこなたの相手はそなたか」
「残念です。ゾフィーア様。あなたを剣士として尊敬していたのですが」
「尊敬か……その若さで帝国の近衛騎士団長にまで上り詰めたというのに謙虚なことだ」
そう言いながらゾフィーアはゆらりと体を倒す。
すると、次の瞬間。
アリーダの懐に潜り込んでいた。
甲高い音が玉座の間に響く。
ゾフィーアの剣をアリーダが受け止めたのだ。
「お見事な剣技です」
「簡単に止めておいてよく言う」
ゾフィーアにとってアリーダはあり得たかもしれない自分と言えた。
後宮に入らず、剣の道を歩み続ければ近衛騎士団長も夢ではなかった。
しかし、その道は父と皇帝によって阻まれた。
その時点でゾフィーアは自分という存在は死んだという認識を持っていた。
妃として皇子を産んだ。武人としてゴードンも育てた。
だが、それは求められたから。
自分がやりたかったわけじゃない。
唯一、自らの剣の腕を磨き続けることはやめなかった。
活かす場など来るわけがない。皇帝の妃と戦う剣士などどこにもいない。
よしんば暗殺者が現れたとしても、ゾフィーアの下にたどり着くまえに仕留められてしまう。
このまま自分の腕が腐っていくのをただ待ち続ける。それが定めかと諦めかけたとき、帝位争いが巻き起こった。
ゾフィーアはこれをチャンスと捉えた。
「妃として襲撃を仕掛けても、そなたは本気では戦えまい。だから謀反人になってからやってきた。存分にその剣を振るってくれ」
「そのような理由で反乱に加担したのですか?」
「好きなように剣を振るえる者からすれば、こなたの願いなど大したことはないだろう。だが、こなたにとっては大事なのだ。なぜ剣を磨く? なぜ剣術を極める? 自らの力を証明するため。強敵を倒すためだ」
磨き続けた剣を振るう場所をゾフィーアは探し求めていた。
妃という立場に邪魔されず、強敵と戦える瞬間を待っていたのだ。
このためだけにゾフィーアはここに来た。逃げることなど考えてはいない。
ここで死ぬ気だった。
皇帝を暗殺しようとするのは、そうすればアリーダが出てくるとわかっていたから。
「さぁ……存分に殺し合おう!!」
そう言ってゾフィーアは剣を振るう。
それをアリーダが受け止め、攻防が始まった。
神速の一撃が飛び交うが、二人ともそれをいとも簡単に受け止めていく。
剣に生きる者なら固唾をのんで見守る決闘だ。
しかし、それは長くは続かなかった。
「そこまでだ。ゾフィーア」
現れたのはエリクだった。
周りを固めるのは近衛騎士隊長たち。
ゾフィーアが来るとわかっていたため、あえて出払ったフリをしたのだ。
「エリクか……皇国との交渉はどうした?」
「すでにまとめた。東部国境守備軍は北上の準備を始めている。この内乱、貴様らの負けだ」
「興味がないな。こなたにとって勝敗など何の意味もない」
「そうか。ならば大人しく捕まれ」
「あくまで邪魔するというのか?」
「そうだ」
返事をした瞬間。
ゾフィーアはエリクに接近していた。
しかし、周りにいた近衛騎士隊長たちがそんなゾフィーアを阻む。
囲まれるのを避けるため、ゾフィーアは扉に退く。
そのせいでアリーダとの間に複数の近衛騎士隊長がいる状況になってしまった。
雑魚ならばいざ知らず、隊長クラスが複数。
いくらゾフィーアでも突破するのは難しかった。
だが、ゾフィーアの援軍も到着した。
「一人で先走るからっすよ、母上」
「やっと来たか、コンラート」
そう言って現れたのは手勢を率いたコンラートだった。
ゾフィーアとコンラートは別行動をとっていた。
ゾフィーアは一人で城に侵入し、コンラートは手勢を率いて城の隠し通路を使って侵入していた。
合流地点にいるはずのゾフィーアがいないため、コンラートは慌てて援軍に駆け付けたのだった。
「エリクたちを抑えるのだ。こなたはアリーダと戦う」
「了解っす」
そう言ってコンラートは手勢に近衛騎士隊長の足止めを命じた。
連れてきたのは精鋭中の精鋭。相手が近衛騎士隊長でも時間稼ぎくらいはできる。
ゾフィーアは無防備になったエリクを仕留めようとするが、それを前に出てきたアリーダが阻止した。
二人の剣が幾度もぶつかりあう。剣が頬をかすり、血が垂れていく。それをゾフィーアは笑顔で受け入れた。
久方ぶりに生きているという実感を味わえていたからだ。
「帝国近衛騎士団長……その首を飛ばしてこなたは自らの力を証明してみせよう!!」
そう言ってゾフィーアは剣を突き出す。
だが、その剣はアリーダによって受け止められる。渾身の一撃もどこか余裕をもって受け止められているのを感じ、ゾフィーアは顔をしかめる。
若く、多くの任務をこなしているアリーダのほうが強いのだ。
その事実にゾフィーアは落ち込まない。
ならばそんな剣士と戦って死ぬまでのこと。
自分の技量を使い果たし、成す術がなくなった状態で死ぬならば。
剣士として本望。
そんな風に思ったゾフィーアは背中に激痛を感じ、動きを止める。
「ぐふっ……」
血が口からあふれ出る。
見れば胸から刃が生えていた。
殺気はなかった。いくらアリーダと戦っていても、殺気があれば気づく。
無感情に刺されたのだ。
後ろを振り向き、ゾフィーアは憤怒の表情を浮かべた。
「コン……ラート……!!」
「いやぁ……死ぬなら一人で死んでほしいっす。母上」
そう言ってコンラートはニヤリと笑うのだった。