軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百話 五名

「迎撃に当たった西部駐屯軍第七師団はほぼ全滅! 巨大モンスターは変わらず我が街に侵攻中!」

「くっ……」

皇国西部最大の都市であるカレリアの領主、ヴェンゲロフは絶望的な報告に呻くほかなかった。

長い白髪に白い髭。すでに齢六十を超えたヴェンゲロフは皇国西部最大の都市を預かる領主として、帝国と幾度も戦った武人でもあった。そんなヴェンゲロフだったが、迎撃に当たった軍がすぐに全滅するようなモンスターとは出会ったことがなかった。

「冒険者ギルドの見解は?」

「特徴としては〝緑植虎〟に近いそうですが、ここまで大きいモノは記録に残っていないそうです……突然変異種かと」

「ふざけた話だ……大国の国内に突然、巨大モンスターが現れる……突然変異ならば何でもありだというのか!?」

ヴェンゲロフは持っていた剣を地面に叩きつける。

長年、共に戦ってきた相棒だが、今は棒きれと大差はないとわかっていたからだ。

「……緑植虎の特徴は?」

「虎の姿をしていますが、植物型のモンスターであり、高い再生能力と自分の分身を生み出すそうです。出現した緑植虎の大きさは数十メートルに達しており、冒険者ギルドの話では生み出される分身の数は軍隊を飲み込むほどになるだろうと……」

「死なない巨大モンスターと軍隊を相手にするというのか……」

ヴェンゲロフはカレリアを囲む高い城壁を見つめる。

帝国国境に近い皇国西部の都市は侵攻に備え、防備は完璧に整っていた。その中でもカレリアはその要として他の都市以上の防備を誇る。しかし、それは人に対して、だ。

「このカレリアが頼りなく見える日が来るとはな……」

呟き、ヴェンゲロフは押し黙る。

ヴェンゲロフに家族はいない。妻は若くして亡くなり、長男は帝国との戦争中にヴェンゲロフを庇って亡くなった。

そんなヴェンゲロフにとって、カレリアの民が家族だった。

だからこそ、ヴェンゲロフは一つの決断をした。

「……子供と女、そして老人を集めろ。カレリアより逃がす」

「わ、わかりました! しかし、どこへ……? 皇国中心部に向かうのは危険です!」

モンスターが皇国中心への進路を塞いでおり、あえてそちらに逃げるのは危険だった。しかし、カレリアの近くにある都市に避難してもモンスターの脅威は消えない。

有力な逃げ場はどこにもなかった。

ただ、一つを除いて。

「帝国東部国境へ避難させる」

「て、帝国東部国境!? 正気ですか!?」

「無論、正気だ。幾度も帝国と戦った。だからこそ、アードラーの一族のことはよく知っている。大陸中央に君臨する夢追い人の一族。前線に出てくる皇族たちはどいつもこいつも優秀で辟易したものだ」

「そうです! 若様も奴らの手で!」

「息子を殺したのは私だ。戦争に反対していた息子を私が戦場に連れ出した。帝国軍は侵攻した我が軍を撃退しただけだ。その後も戦った。殺し合いだ。そして幾度も休戦した。そのたびに皇族が出てきた。殺してやりたくて仕方なかった。しかし……それゆえに帝国の皇族は信頼できる。奴らは民間人を見捨てはしない」

「ですが! 今は内乱中! 難民を受け入れる余裕など帝国にはありません!」

「わかっておらん。奴らにとって自分の都合は関係ない。民を受け入れ、なんとかするのが皇族の務めだというだろうし、それができる程度には優秀だ。とくに姫将軍は傑物。この状況下ではこれほど頼りになる将軍はいまい」

話は終わりとばかりにヴェンゲロフは臣下に再度指示を出した。

「西門に避難する民を集めよ! 戦える者は東門に集合! 一秒でもモンスターを食い止める!」

「りょ、了解いたしました! SS級冒険者が間に合ってくれればよいのですが……」

「どこにでも現れるSS級冒険者。神出鬼没と噂のシルバーなら間に合うかもしれんが……惜しいかな。あれは帝国のSS級冒険者だ。皇国にはやってこない。ノーネームも間に合うまい。あまりにも急すぎた」

すでにSS級冒険者の支援は要請している。

軍隊が短時間で壊滅するようなモンスターが相手では、高ランクの冒険者でも焼石に水。

過剰だろうが最大戦力をぶつけるというのが大陸の常識であり、そのためにSS級冒険者はいる。

しかし、いきなり現れるモンスターには対応が追い付かないこともある。今回がその例だとヴェンゲロフは理解していた。

それゆえに避難命令だった。

「では行くとしよう」

決死の覚悟を決めて、ヴェンゲロフは剣を拾って腰に差したのだった。

■■■

冒険者ギルドカレリア支部のA級冒険者、ラジェフは夢見がちな青年だった。

冒険者になったのは英雄になりたかったから。

いつか強大なモンスターと出会い、それを苦戦の末に討伐して、名を挙げる日が来ると信じていた。

しかし、その夢にまでみた強大なモンスターを目の前にして、ラジェフは一歩も動くことができなかった。

カレリアのすぐ近くまで迫ったモンスターは緑色の虎だった。

高さは数十メートル、尻尾までの全長は百メートルを超えているのではと思えた。

そんな巨大虎を前にして、ラジェフは手に持った愛剣を構えることもできなかった。

「は、はは……」

乾いた笑みがこぼれる。

城壁には領主とその騎士や、冒険者たちが集まっており、苦し紛れの矢や魔法が放たれていたが効いている素振りは見えない。

現実は自分が夢見た幻想よりも酷かった。

SS級冒険者が相手にするようなモンスターでも、それなりに戦えるとラジェフは思っていた。

しかし、それを目の前にすればよくわかる。

こんな奴とは戦いにならない、と。

「俺たちは道端の石ころだ……」

人間が道に転がる石を気にしないように、このモンスターも人間など気にもしない。

そして石ころと人間が戦えないように、人間とこのモンスターも戦えない。

同じ土俵にも立てないのだ。

自分が戦ってきたモンスターには通じた剣技も、冒険者としての経験も意味はない。

スケールが違いすぎるのだ。

どうして夢見てしまったのか。

子供の頃の自分をラジェフは恨んだ。

いつか誰をも助けられる冒険者になりたいと夢見た。それゆえにここにいて、すべて無駄だったと思い知らされている。

人間という種である以上、このモンスターには勝てない。

それが種としての限界なのだ。

そう決めつけ、ラジェフは視線を落とす。

すると空が暗くなった。

何が起きたのかとラジェフは空を見上げ、呟いた

「ああ……馬鹿な夢を見たなぁ」

城壁の上にはモンスターの前足があった。

それが一気に降下してくる。

道端の石を踏みつけるように、モンスターが城壁を踏みつけ、カレリアを突破していく。

それを予期し、ラジェフは体を震わせる。

恐怖からではない。

怒りからだった。

「ざけんな……人間を舐めるな!!」

無駄だとわかっていても、ラジェフは剣を空に掲げた。

完全に無意味でも、せめて一矢報いたかった。

少しでも痛いと思ってくれたら。

そんな思いで掲げた剣だった。

しかし。

「え……?」

それと同時にモンスターは大きく吹き飛ばされて、都市から離れていった。

自分の秘められた力が覚醒して、モンスターを吹き飛ばした。

そう勘違いし、ラジェフは一瞬、喜びに震えたが、その喜びを吹き飛ばすほどの威圧感を察知して、ゆっくりと空を見上げた。

そこには黒いローブに身を包み、銀色の仮面で顔を隠した魔導師がいた。

「よく耐えた。カレリアの騎士と冒険者。これより敵モンスターはSS級冒険者、五名によって討伐する。繰り返す――これより敵モンスターはSS級冒険者、五名によって討伐する。あとは任せてもらおう」

それは城壁にいるすべての者に伝えられた。

そして全員が喜びに打ち震える前に疑問を抱いた。

「五名……?」