軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十三話 略奪者

レティシアが攫われた日の夜。

星明りだけを頼りにレオと鷲獅子騎士たちは夜天を駆けていた。

休憩などせず、ノワールが進む先を見据え続けていた。

レティシアが攫われたのは深夜のこと。すでにレティシアが攫われてからおよそ丸一日が経とうとしていた。

レオたちが現在いる場所は北部と帝都の間の地点。通常の馬ならば何頭も使い潰さなければいけない距離を鷲獅子たちは飛んでいた。

しかもノワールはただ真っすぐに飛んでいるわけではなく、幾度も旋回したり方向を変えたりしながら微かな何かを探し、飛び続けていた。それを追う鷲獅子と騎士たちの顔にも疲労の色がだいぶ見え始めていた。

焦燥、疲労、不安。

多くのモノが彼らを襲い、止める理由を与えようとする。

それでも誰も立ち止まらなかった。

先頭を走るノワールとその背に乗るレオが決して止まらなかったからだ。

王国内で反帝国を掲げる者たちの多くは城で仕事をする文官たちだった。一方、親帝国を掲げるのは現場で戦う者たちだった。それは聖女を慕う者の多くが共に戦場を駆けた者たちだということに起因していた。

そんな中でも今回の護衛に選ばれた鷲獅子騎士たちは、最初期からレティシアと戦ってきた仲間たちだった。常にレティシアの傍にあり、その身を守り続けてきた彼らには自負があった。

聖女への忠誠心は誰にも負けないという自負だ。

だからこそ、レオが諦めないかぎり彼らは立ち止まらない。他国の皇族に負けるわけにはいかないという思いがあったからだ。

それとは別にもう一つ。彼らが走り続けられる理由があった。

鷲獅子の背に乗るのはそこまで簡単ではない。飛ぶのは鷲獅子ではあるが、乗っているだけでも疲労は溜まる。それはもっとも初心者であるレオが一番感じるはずだった。

しかしレオは背筋を伸ばし、先頭を走り続けた。その背中が後ろの鷲獅子騎士たちを鼓舞し続けた。

とはいえ、レオとて余裕があるわけではなかった。

ノワールはレオに配慮して飛ぶことはなかったからだ。今まで乗ってきたどんな暴れ馬よりもノワールの乗り心地は悪かった。

それでもレオは文句は言わなかった。それでいいと思っていたからだ。

「ノワール、頼む……もう少し頑張ってくれ」

返事はない。

しかしノワールの速度が少しだけ上がる。

丸一日も人間を乗せて全力で飛び回るのは鷲獅子にとっても大きな負担だった。

それでもノワールは飛び続けた。ただ一つの気配を頼りに。

魔奥公団にとって誤算があったすれば三つだろう。

一つは想像以上の切れ者が帝国にいたこと。

もう一つはレオが鷲獅子騎士と共に出発したこと。

最後はノワールの存在。

ノワールはレティシアの匂いを追っているわけではなかった。そんな不確かなものをノワールは追っていなかった。

ノワールが追っていたのは聖杖の気配。人間ではとても追えない微かな気配。しかし、それを追っていけばレティシアがいるというのをノワールは子供の頃から知っていた。

そしてその希少性から魔奥公団は聖杖を手放さなかった。

ゆえにその場所は発見されてしまった。

「ノワール!?」

唐突に降下を開始したノワールを見て、レオは声をあげる。

疲労の蓄積で力尽きた。そういった様子はなかった。

だからレオは腰の剣に手を掛けた。

見つけたのだとわかったからだ。

「降下!!」

レオが告げると続々と鷲獅子たちが降下していく。

そのままノワールは何の変哲もない村へと降下した。

よくある帝国の村であり、村人たちは何事かと家から出てきた。

「殿下……ここなのでしょうか?」

あまりにも普通な村なため、一人の鷲獅子騎士がそうつぶやく。

それにレオは答えずに声を張る。

「村長はいるか!」

そう言ってレオが呼ぶと一人の老人が姿を現した。

「わ、私が村長です……」

「帝国第八皇子レオナルトだ。犯罪組織を追っている。何か見ていないか?」

「で、殿下!? これはご無礼を!」

そう言って村長を始めとする村人たちはすぐに膝をつく。

その驚きようは自然であり、鷲獅子騎士たちは顔を曇らせる。

どう見てもただの村人だったからだ。

「質問に答えてほしい。何か見てないか?」

「み、見ておりません……! 申し訳ありません!」

「いいさ。期待はしていない」

そう言ってレオは村長に近づきながら剣を抜き放った。

そして村長に向かって強烈な殺気をぶつけていく。

唐突な殺気に村長は体を震わせるが、そんなことは気にせずにレオはどんどん近づいていく。

「で、殿下……! 非礼は謝罪いたします!」

「別にいいと言っている。ところで村長。よくこの時間で眠くないな? しかも即座に村人全員が出てきた。何をしていた?」

「っっ!!??」

そう言ってレオは剣を振りかぶる。

すると村長は右手に火を纏わせて立ち上がる。

「死ねぇ!!」

レオに火の魔法が襲い掛かった。

一瞬、レオが火に包まれて鷲獅子たちが息を飲む。

だが。

「たまには兄さんの真似をしてみるもんだね。正直、ブラフだったんだ。ありがとう。これで心置きなく――君らを殺せるよ」

「ひっ!?」

火を剣で払ったレオは素早く村長の首を刎ね飛ばした。

その瞬間、レオに向かって十を超える魔法が放たれたが、レオは姿勢を低くして走り出していた。

「戦闘開始! 何か仕掛けがあるはずだ! 家の中を探れ!」

迫る魔法を剣で弾き、レオは指示を出す。

そして一人の魔導師に近づき、その首を躊躇わずに刎ねた。

レオは昔から命あるモノを斬るのが苦手だった。

話せばわかるのではないか。殺してしまえばそのチャンスをふいにしてしまう。

レオらしいその言葉を聞き、レオに剣術を教えていた師範たちは頭を抱えた。そして誰もが皇帝にこう言った。

皇子は剣術の才はありますが、強くはなれないでしょう。

躊躇いのある剣は強くはない。その絶対の真理を師範たちは知っていた。

レオは剣士としては甘すぎたのだ。

だが、レオはメキメキと力をつけていった。モンスターの討伐にしろ、賊の討伐にしろ、師範たちの予想以上の戦果をあげた。

しかしそれはレオが苦手を克服したというわけではなかった。

単純に躊躇っていても倒せるほどにレオの剣術は優れていただけだ。

可哀想だと思いながら、後悔しながら、許しを乞いながら。

剣士として致命的な隙を晒しながらレオは敵とこれまで戦ってきた。

それは最近になっても変わらない。押し殺し、耐えながら剣を振るってきた。そうしなければいけないと自分に言い聞かせながら。

しかし無駄な考えがあることには変わらなかった。

本来、敵を前にすればその敵を如何にして倒すか。剣士が考えるべきことはそれだけに絞られる。だがレオはそれができていなかった。

戦闘で視界がクリアになることはレオにとってほとんどない。唯一、レオがそれを経験したのは相手が命のないモンスターや悪魔が相手だった南部での騒乱時くらいだった。

全力であっても本気にはなれない。それが今までのレオだといえた。

しかしレティシアを助けるという思いにだけ集中したレオは初めて――人間相手に全力で本気の自分を出すことができた。

国も、他者も気遣うことはない。

ただ目の前の敵を斬り伏せることだけに集中したレオの剣技の冴えは、相対した魔導師たちが絶望を感じるほどだった。

魔法を放てばその魔法を斬られ、詠唱しようと思えば気づかないほどの速度で接近されている。そして接近されれば結界では防ぐことができないほど速く、強い一撃で首を飛ばされる。

「馬鹿な……英雄皇子とはいえ……これではまるで……」

勇者ではないか。

そんな言葉を呟きながら、魔導師の首が飛んでいく。

それに対してレオはつぶやく。

「エルナと一緒にしないでほしいね。エルナに失礼だ」

そう言ってレオは魔法で右手に炎を生み出す。

見据える先では五人の魔導師が同じく炎の魔法を生み出していた。

五対一。

通常ならば勝てるはずのない魔法戦だが、レオは皇族由来の膨大な魔力にモノを言わせ、強大な炎を生み出して放つ。

炎がぶつかり合うが、拮抗することもできず、五人の魔導師の炎はレオの炎に飲み込まれ、魔導師たちも同じ運命をたどっていく。

レオの活躍もあり、村人に扮していた魔導師たちはほぼ制圧された。

それを見て、レオはノワールの姿を探す。

するとノワールは一つの家の壁を叩き壊していた。そしてしきりにそこで鳴いている。

何かあると判断したレオは半壊したその家に入っていく。

見る限りでは何もない。

しかし、レオは一瞬の違和感を見逃さなかった。

壊れたベッドの下。そこに何か引っかかるものを感じ、レオは剣に魔力を纏わせて一閃する。

するとそこを包んでいた結界が崩れ、地下につながる隠し扉が出現した。

「ここか」

「殿下!」

「侵入する。続け」

短く指示を出しながらレオは数名の鷲獅子騎士と共に隠し扉を開けて、その下にある地下室へと侵入したのだった。

■■■

地下室は外からでは想像できないほど広かった。

しかしレオは無心に剣を振って、その中を制圧していく。

そしてレオは一つの部屋に突入した。

「止めろぉぉ!!」

その部屋の中央には結界が張られていた。その結界の中央には聖杖が安置されていた。

それを見た瞬間、レオの心に一つの安堵が生まれた。

ここにいるのだとそれで確信できたからだ。

その隙を部屋の中にいた魔導師たちは逃さない。

レオを挟み撃ちするように迫り、至近距離から魔法を浴びせようとする。

だが、レオはそれを体が反応するに任せて迎撃した。

「邪魔を――するな!」

流れる動作で首を刎ねられた魔導師たちを見ることもせず、レオは結界に向かって一撃を放つ。そして聖杖を掴んだ。

使い手ではないレオにとって、それはただの杖でしかない。

それでもそれはレオにとって前に進む原動力になった。

そのままレオはその部屋の向こうにある階段に向かった。

なぜか確信があった。

そこにレティシアがいると。

だからレオは足が進むままに階段を下りていく。

途中、レオの前に立ちふさがった男を斬り伏せ、レオは牢のある場所へとたどり着いた。

そこにはローブに身を包んだ老人、オーギュストがおり、そのオーギュストの前には閉められた牢。

そこにレティシアがいる。姿は見えない。だがそれだけはわかった。同時にレオの心には歓喜と怒りが芽生えた。

「レオナルト皇子じゃと!?」

「レティシアは返してもらう!」

最後の敵へとレオは猛進するが、その進撃はオーギュストに阻まれる。

オーギュストが死霊による壁を展開したからだ。

「残念じゃったな! ワシの死霊の壁は物理的に突破するのは不可能じゃ!」

「!?」

その危険性をレオはオーギュストが喋る前に気づいていた。

黒い煙が重なり合ったおぞましい壁。煙は徐々に形を変え、人の顔へと変わっていった。

人の顔が集合した黒い壁。

その禍禍しさはレオが見たことのないものだった。

「未練を残して死んだ者たちの魂を扱う魔導師! それが死霊魔導師じゃ! 怨嗟の声に取り込まれて発狂するがよい!」

そう言ってオーギュストは構築された壁をレオのほうへと進ませる。

それに対してレオは一息ついてから、その場に留まった。

そして。

≪その炎は天より舞い降りた・善なる者たちを救うために・至上の聖炎よ・気高く燃え上がれ・魔なる者を打ち滅ぼさんがために――ホーリー・ブレイズ≫

聖なる炎の魔法を詠唱した。

高度な聖魔法にオーギュストは驚く。

しかし、余裕は崩れない。

「さすがは英雄皇子! 才に恵まれておるようじゃ! しかし! その程度でわしの死霊軍団は浄化できまい!」

無数の死霊が同化した壁を燃やし尽くすには火力不足。

それをオーギュストは察していたのだ。

「返してもらうと言ったが、残念ながら聖女レティシアはすでに魔奥公団の物じゃ! 返品はできんのじゃよ!」

そう言ってオーギュストは高笑いをする。

このままレオが死ねば、さらに強力な死霊となる。後悔、未練。それが強ければ強いほど死霊は強力となるからだ。

愛しい女を前にしながら救うことができず、その命を終わらせる。

さぞや未練だろうとオーギュストは嗤うが、それに対してレオは怒りを込めた声で返した。

「そうか……なら、こちらがやることは決まっている」

そう言ってレオは左手に宿った聖炎を右手に握った剣に纏わせた。

魔法剣。

それは魔法と剣技の融合。疑似的に魔剣を作り出す技術といえた。

しかし魔法のレベルが上がれば上がるほど技術としての難易度は上がっていく。

聖魔法の魔法剣となれば、最高レベルの難易度といえた。なにせ聖魔法自体が現代魔法の中では最難関の魔法だからだ。

しかしレオはそれをその場の思いつきだけで成功させた。

それにはさすがのオーギュストも目を見開いた。

「なんじゃと……!?」

「初めてだよ……これほど明確に人を殺したいと思ったのは!」

そう言ってレオは死霊の壁を縦に切り裂く。

壁自体は消失していない。しかし聖炎を纏った剣によって、一本の道が出来上がった。

死霊の壁がその道を埋める前にレオは真っすぐオーギュストへと向かった。

「くっ!!」

絶対的自信のあった死霊の壁を破られたオーギュストは、焦った様子でほかの死霊を解き放ってレオに差し向ける。

しかし、レオはそれを手早く斬り裂いてオーギュストへと肉薄する。

「待て! 聖女なら返す!」

「必要ない! 彼女がお前たちの物だと言うなら、アードラーの一族らしく――略奪させてもらうまでだ!」

そう言ってレオはオーギュストの胸を突き刺した。

聖炎は死霊に染まったオーギュストを悪と判断したのか、その体を内側から燃やしていく。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」

断末魔の叫びをあげてオーギュストは塵となっていく。

そしてオーギュストが完全に塵へと変わったのを見てから、レオは牢屋のほうを見たのだった。