軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【16】姉弟喧嘩

フェリパの去就に対して、そう折り合いをつけて許したベルタだったが、とはいえまだ心配ごとは残っていた。

彼女はその件について後日、異母弟レアンドロを呼び出した。

「こんにちは。初めまして、ルイ王子」

「こんにち、わ!」

レアンドロは、姉への再会の挨拶もそこそこに、初対面の甥にべったりと興味の矛先を向けた。

ルイは乳母のドレスの裾を掴んだままだったが、珍しい客人が自分に向けてやや大げさな動作で深く腰を折って挨拶する様子を、興味深くうかがっているようだった。

「レアンドロと申します」

「れあんろど?」

大きな窓がある明るい応接間は、ここエリウエラル宮の特徴的な間取りの一つでもあった。

王や王妃の私的な居住空間と間続きの近さにありながら、外国使節などの賓客の歓待にも堪え得るような、豪華な内装の部屋。

王妃の私的なサロンに、招かれた者は特別に気を許されたような気分にもなるかもしれない。

ダラゴの王城に居た頃は、人に会うにもいちいちベルタ自身が外朝にまで出ていかなければならなかったことを考えると、自室に近い場所に外の人間を気軽に招けるようになったというのは随分と進歩的なことだった。

「レアンドロ」

「れあんろど!」

「……大丈夫です、もうそれで」

男性をあまり見慣れていないルイは、人見知りよりもレアンドロへの興味が勝ったようだった。

ずっと女ばかりの空間で育ってきたルイにとって、身近な男性と言えばこれまでハロルドくらいしかいなかった。

しかし、最近では乳母の夫であるシュルデ子爵も彼のお気に入りの遊び相手になっているし、少しずつルイの世界も広がりつつある。

「なにしてあそぶの!」

「おっ、私と遊んでくださるんですか? うれしいな」

「あのね、いつもはミルコとあそぶの。でも今日はお母さまがいるから、お母さまがあそぶの」

ミルコというのは、最近のルイの親友であるところの、ルイよりも体の大きな飼い犬の名前だった。

ルイの中では今日はベルタを確保したというのは決定事項らしく、彼が得意げにそう言ってベルタを指すのを、乳母や女官たちが仕方なさそうに見て笑っている。

「王子、お母さまはお客さまとお話があるのですよ」

「少し良い子でお待ちいたしましょうね」

「やだ! 今日はあそぶの! お母さまいるもん!」

ルイが本格的にぐずり出す前に、子供慣れしたレアンドロが早々に引いた。

「俺はいいですよ、別に後回しで。ほら王子、」

彼は乳母のドレスに掴まったルイをひょい、と軽々抱き上げて、ルイがびっくりして目を丸くしているうちにさっさとベルタへと抱き渡した。

ルイは、自分に対してそういう雑な仕草で接する大人にはほとんど遭遇したことがない。それこそ犬の子か何かのように軽々持ち上げられて、ルイはびっくりして身を固めた。

そして、気がつけば自分がベルタの腕の中に収まっていると知るや、おずおずとベルタの首元にしがみついた。

「……お母さま」

体温の高い小さな腕でぎゅうぎゅうと巻きつかれて、ベルタは折れた。これだからルイはまだとても人前には出せない。レアンドロはもともと身内なので、別にどうでもいい相手で良かった。

「わかったわ。何をしましょうか」

「あのね、おえかき」

結局、ベルタはレアンドロのことも付き合わせ、そこから小一時間、ルイの遊び相手の役を仰せつかった。

ルイは、ベルタの膝の上に座ってしばらくの間、お絵かきを楽しんだ。ルイが何を描いてもレアンドロや女官たちが上手だ上手だと大げさに褒めるものだから、彼はたいそうご満悦だった。

一通り満足した彼が、シュルデ子爵の似顔絵を描こうと、子爵と向き合ってにらめっこを始めて気を取られているうちに、ベルタは視線の動きだけで無言のままレアンドロを隣室へと呼び付けた。

もちろん隣の部屋にも、密談と呼ぶにはいささか滑稽なほど、レアンドロに対して辛辣な古参の侍女たちが陣取って待っていたが。

「可愛く育ってますね、ルイ王子」

ベルタは侍女たちには特に構わず椅子に座った。レアンドロも、王妃の私室で許可もなく、勝手に向かいの席に腰を降ろした。

「クレトが赤ん坊の頃に似てる」

「そう? 顔立ちは結構、陛下にも似てきたような気がするけど」

「ああ。確かに、成長すればもっと正統派の美形に寄りそうな雰囲気は」

よく考えるとあけすけすぎる感想を言いつつ、レアンドロは大きく伸びをした。

「――ま、いいんじゃないですか? 今から聞き分けばっかり良くたって、そんな子供は意外とろくな大人に育ちませんよ」

南部の人間の大らかな解釈を、ベルタは久しぶりに聞いた気がする。

最初の頃はたぶんベルタ自身も侍女たちも、そうやってどっかり構えていられたような気がするが、最近ではすっかりルイが家庭教師に馴染まないことに悩んだり、ルイの教育には一喜一憂してしまっている。

「クレトみたいにいい子に育ってくれればいいんだけど」

「ご自分の幼少期のことを思い出せば、それは高望みだとわかるでしょうが」

「あなたには言われたくないわ」

共に、自分の身に返ってくるような憎まれ口を叩きつつ、ベルタは話の流れで彼の近況を聞いた。

「あなたの子供たちは?」

聞いてから、ベルタはこの質問が藪蛇だったことに気がついた。

「俺の子は、さあ。一番上はクレトと大して年も違いませんし。元気に育ってると思いますよ。二、三年会ってないけど」

「……」

ただでさえレアンドロへの好感度が低すぎる侍女たちの視線が、更に引いたものになるが、本人はまるで気にした様子がなさそうに飄々としている。

ベルタはレアンドロの女癖については、別に責任が取れるなら勝手にすればいいと思っているし、まさか自分があまりにも馬鹿馬鹿しい口を挟む羽目になるとも思っていなかった。

「……レアンドロ。あなたにね、一つだけ言っておきたいことがあるの」

「はあ」

今日、ベルタが彼を呼び出した本題はこのことだった。

「今度、ニーナとあなたの結婚に、フェリパを付けてカシャに返すのだけど。……フェリパにだけは手を出すのをやめてちょうだい。あの子には、あなたからそれなりの縁談を用意してやって」

それは明らかに余計な差し出口というものだったが、聞いた瞬間レアンドロはやはり興が削がれたという顔をした。

「姉上は私の花嫁になるニーナのことではなく、この期に及んでご自身の侍女のことしか可愛がっておられない」

「ニーナのことを気にしているから言っているのよ」

どちらかと言うとこの老婆心は、完全にニーナのためだった。

ようやく色々とごまかして、ニーナがどうにか納得してくれているうちにこの話をこぎつけたのだ。彼女に結婚後早々にでも癇癪を起こされたら困るのは、関係各所全員同じ気持ちのはずだった。

「ただでさえ慣習の異なる家に嫁ぐことになって、ニーナは色々と難しい思いもするでしょう。フェリパを付けるのは、ニーナの負担を減らしてこの縁談を円滑にするためよ。そのために一番身近に置くフェリパまで、あなたと懇ろということになれば、さすがにニーナが可哀想だわ」

今後のことを踏まえると、そういう展開だけは絶対に回避しておきたかった。

「あなたもせめて、しばらくは色々と遠慮なさい」

ベルタが、微妙な関係の異母弟の、微妙な問題にまでわざわざ口を挟む羽目になっているのは、この問題に関しては、却ってフェリパのほうが信頼できないからという事情による。

フェリパはもともと南部の女であり、一夫多妻の文化圏に馴染んでいる。

彼女はむしろ、ニーナに付いて行くと決めた時点で、どこかの段階でレアンドロの愛人ないしは側室に収まることのほうを是と考えてすらいるかもしれなかった。

フェリパがもし、そうなった後でニーナと張り合い出しでもしたら目も当てられない。

よその北部貴族の伯爵家から嫁いでくる、ある意味ではお客さま待遇の正妻と、一方で南部の事情を知り尽くした元侍女。

そういう関係性の中で、ヒメノ伯爵家と余計な摩擦を起こさず、ニーナに正妻としての体面を保って過ごさせるためには、フェリパが常にニーナを立てて仕える姿勢を取り続ける必要があるのだが。

そのあたりのことを、フェリパが本当に踏まえた上でついて行ってくれるつもりなのか、ベルタは今ひとつ信用し切れないでいた。

「まあ。姉上に操を捧げ切った女に手を出す趣味はありませんね」

「そうしてちょうだい」

レアンドロは素直にそう答えたものの、彼は、特に取り繕うこともなく不機嫌を露わにした。

「ただ、あんたのそういう態度はいちいち気に障ります。俺だって理解していますよ、この結婚の意味くらい。自分の妻になる女のご機嫌取りくらいは自分でできます」

確かに生真面目な彼のこと、いらない気遣いだったかもしれない。

「そうね。お利口ね」

「だから、そういう! 弟扱いすんなって言ってんだよ」

レアンドロが、目下の者をおちょくるような話し方をするベルタに対し、いちいち腹を立てていることはわかるものの、ベルタはそもそもこういう態度以外でレアンドロに接したことがなかった。