軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【11】寝坊した朝

あれは有耶無耶にして甘やかされたんだな、と、散々な目に合った翌朝、ベルタは一人で起きた寝台で気が付いた。

どちらかと言えば最初に、寝室で昼間の話を持ち出したのは向こうのほうだ。

それでもあまりにベルタが不器用で、隠さなければならない部分まで取り繕えなくなっていたから、ハロルドは流石に容赦してくれたのだ。

「……全然駄目じゃないの」

というか、容赦されて追及の手を緩められるという事実そのものが既に、こちらがそれだけ沢山隠したいことがあると向こうに把握されている証拠だ。

何をやっているのだ。この上まだ外朝では、彼の前で保守派や北部派閥とやり合って、素知らぬ顔で振る舞わなければならない。冷静に考えれば滑稽でしかない。

「お早いお目覚めですわね」

起床の支度をしに来た侍女が珍しい顔だったので、ベルタは驚く。

「エマ」

彼女は慣れた様子で寝坊したベルタに嫌味を言いつつ起床を促した。

「今朝はルイは?」

「もうとっくに起きられてお支度も終えておりますわ。陛下もお帰りになりました。姫さまがお目覚めになるまで寝かせておくよう仰せでしたので」

「う、……そう」

彼女は最近ベルタではなくほとんどルイの専属のようになっていたから、こうして世話を焼かれるのは妙に新鮮だった。

エマはベルタの様子をさほど気にも留めていなそうに聞いた。

「何を落ち込まれているのですか?」

侍女たちは最近、常態化したこのような朝に慣れてとても淡白な対応をする。たぶんそれもベルタが恥ずかしがらないように気を遣われている。

「別に。落ち込んでない」

ベルタは試しに強がってみる。

エマはベルタの寝間着をかなり無遠慮に剥ぎ取って、日中の衣装を着せかけた。言われれば自分で着るが、彼女はルイと間違えていないだろうか。

「……落ち込んでる。自分があまりに駄目過ぎて」

ハロルドは――昨夜のような振る舞いはともかく、基本的には紳士だと思う。

本来は何をしても、相手にどういう態度をとっても許されるはずの男が、多少の傍若無人さはあっても優しいという事実の裏に、彼のかつての妻の姿がちらついた。

マルグリットは彼にとって、長い間、掛け値なしに愛情を注ぐことができる存在であり得た。マルグリットは大陸中枢社会において、ある意味ではハロルド本人よりも尊重されるべき濃い血統の姫君だった。

ただ一人の妻を愛するという宗教道徳を是とする男は、どれほど素直に彼女を愛し、美しい関係を築いていたのだろうか。

「深刻なお悩みですか? 最近は陛下ともそれなりにうまくいっていらっしゃると思っておりましたけれど」

ハロルドが、今度はベルタに向けようとしている気持ちのすべてを、ベルタはきっとまだ受け入れきれない。

王でもあり、夫でもある男との関わり方に悩んでいる。そんなベルタがどの程度王家に寄って、どの程度の立ち位置を築くのか、彼はきっと冷静な君主の一面で観察してさえいる。

「さあ。深刻な。あるいは、ありふれた」

古今東西よく聞くような話だ。

ベルタは誰もが通る道のド真ん中で一人いつまでも立ち竦んでいるような感覚だった。婚家と生家の関係に板挟み。

知らなかった自分の至らなさに直面して、一時的に極限まで自信をなくしているベルタは、少々想像力を働かせすぎていた。

「こんな私に、南部の命運を預けざるを得なくなったお父さまに同情するわ」

もしベルタが完全に婚家に篭絡されて、ハロルドを心から信頼しきって、カシャの嫡女として知っている情報を何でも漏らすような女になっていたら、父はいったいどうするつもりだったのだろう。

「旦那さまは無論、最悪の場合も想定なさって動いておられるはずですわ」

よく考えるととても怖い相槌を打ちながら、侍女はベルタを慰めるでもなく淡々と身支度を整えていく。

「何でも抱え込まれる必要はございません。極論を申せば、姫さまはただルイ王子の母上としてここにおられるだけで最低限のお役目を果たしておいでです」

「……ほんとに極論ね」

嫁いでその家の男児を産んで、ベルタは既に己のすべき最大の役割を果たし終えた。

彼との間にまだまだ子を儲ける義務があることは理解しているが、男の子が一人いるのといないのとでは、この時代では嫁への評価としては雲泥の差だ。

(ルイの存在を人質に、陛下から南部を守るような真似もできなくはない)

いかにも好ましくない専横な王妃の態度だが、ハロルドと完全に利害が対立した場合は、ベルタはあるいはそうした手段を取ることが求められるかも知れない。

この王家という家で生きていくと決めてから、息子ルイの存在はしばしば、ベルタにとって切り札になり得た。

おかあさま、と彼が最近舌足らずにベルタを呼ぶ声は愛おしい。ルイがそばの人間の誰よりも生母を求めることも、ベルタと居たくて時に困った癇癪を起こすことさえ。

けれど、以前はもっと純粋にルイを愛せていなかったか。周囲にそう扱われるのに任せて、ベルタはただ彼のことを国の世継ぎとして見てしまうようになることを恐れている。

「子供を産んだから偉いの」

ベルタの問いを独り言だと思ったか、あるいは自明のことと捉えたか、エマは返答を寄越さなかった。

(偉いわ。世継ぎがいなければ、家は滅ぶもの)

けれどそれは誰の、どういう種類の手柄だろう。ベルタが何をしたわけでも、得難い功績を残したというわけでもない。

そういう運命だった、ただ運が良かった。

その程度のことだったし、もしベルタが産んでいなければいつかマルグリットの侍女が産んでいたかもしれない。

もしくはそれは、ニーナのような女官だったかもしれない。

夫ハロルドとの間に運命を妄信できるほど、ベルタはまだ彼のことを愛してはいなかった。