軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【8】王太后

視察の日程が決定した報告を兼ねて、ベルタは王太后の宮に挨拶に訪れていた。

「大変ねえ。ルイ王子も甘えたい盛りでしょうに」

「近いぶんだけまだ気楽です。今度のヴァウエラは数日で帰って来られますもの」

様々な事情を考慮した結果、新王都の選択肢に残った街は二つだった。

そのうちのひとつヴァウエラは、現在の王都から一日で移動できる距離にある都市だ。

「そうね。近くて良いところよ。あそこは王室の墓標があるから、私ももう何度も行っているわ」

「私もようやく前王陛下のご廟にご挨拶が叶います。嫁いで三年も不義理をしてしまいました」

王都の人々はヴァウエラと聞くと、真っ先に墓地だと思い浮かべるものらしい。

王都に輿入れした時に、王室の墓標が王都とは別の都市にあると聞いて驚いた。

墓地として定着している街を新たな王都に据えるという案の是非はともかく、義理の父でもある前王の廟を参る機会があるというのはベルタにとって僥倖だった。

「いいのよ。元々プロスペロ教ではあまり墓参りをする習慣はないし、あなたにそうして気にしていただけるだけで充分だわ」

王太后は柔らかな笑みを浮かべたまま、手の中にあった茶器をゆっくりとテーブルの上に置いた。

「ベルタさんは良い嫁だわ。婚家の人間を大切にして、子にとっては優しく賢い母であって」

王太后とベルタの関係はずっと良好だ。義理の母である彼女との社交はただでさえ密な上、この頃は会う機会も頻繁にあった。

ただ、彼女が言葉にしてこのような前置きをしてくることはなかったので、ベルタはこの先を待った。

何を言われるかはなんとなく予想がついていた。

「……けれどね、ベルタさん。私があなたに期待していたのは、そういう婦徳溢れる夫人としての態度というものではないのよ」

最近の煮え切らないベルタの態度はおそらく、王太后が望むような王妃の姿ではなかった。

王太后は前王陛下の時代、表の政治にも強く介入する妃であったし、夫の逝去後は摂政のような役割を担う女傑でもあった。

「あまり夫に、ハロルドのすることすべてに追従するものではないわ」

王太后はおそらく、ベルタが王妃として立てばもう少し積極的に動くのではないかと期待していた。

そして期待値が高かった分だけ多少失望しているのだろう。

「……はい」

「ハロルドは確かに名君と言われているけれど、それはそもそも、ああした会議の席に真面目に着くような王が貴重だという最底辺との比較でもあるわ。君主として正しい行動を取っているか、見張るのは妻の役割よ」

王太后は、息子であるハロルドの仕事に対して結構鋭利な見解を持っている。

彼女の厳しさは愛情の裏返しでもあって、ハロルドをきつく批評すると同時に彼の治世を支えようと助力することにも余念がない。

ベルタを自分の思うような王妃に教育しようとするのも、その一環だと感じている。

「承知しております。現状、私は外朝に出るようになって間もなく、王太后さまや陛下に教え導いていただかない限りは右も左もわからない状況ですわ。……王太后さまのご希望に沿う働きをできるようになるには、今少し時間が必要です」

王太后からの後押しは、どちらかと言えばありがたいが、彼女は根本的にはハロルドのことを考えている。そしてベルタに関する認識に若干の齟齬があるようだった。

無難な言上でひとまず言い逃れようとしたベルタは、ますます彼女にとっては気に入らない、殊勝な嫁としての態度に見えたかもしれなかった。

「あなたがそうおっしゃるのなら、いいけれど。とにかく弱腰と見られる事態は避けなさい」

現在の王宮には、南部出身の女を値踏みに来た諸外国の大使や、ベルタに隔意のある保守派の残党や新興派閥がいくらでもいた。

「はい。私の行動が周囲からどのように見られるか、よく考えて行動するように致します」

諸外国は南部の王妃を中心に回り出した政局を、ひとまず静観しているといった様子だが、それもいつまでそうしていてくれるかはわからない。

「そうではないわ、ベルタさん。私が一番言いたいのはそうではなくて」

ベルタは近頃の外朝に思考を向けたが、王太后はそんなベルタに焦れたように、その日初めて表面上にも渋い顔をして見せた。

「あなたとハロルドの、もっと個人的な関係の話よ」

「えっ、あ、はい」

王太后が思いもかけず身近な話をしていた。

「えっではないわ、ハロルドに舐められないようにしなさいと言っているのです。ベルタさんはただでさえ、一夫多妻が常習の女の弱い地域から嫁いだのでしょう。貞淑と言えば聞こえはいいけれど」

「いえ、そういうわけでもないのですけれど」

南部と王都のどちらでも暮らしてみたベルタの所感としては、別に南部で特別女の立場が弱いということもなかったが、王太后の視点からはそう整理されているらしい。

「……いいこと。最初が肝心なのよ」

彼女が言っていることがどこまで息子夫婦の内情に踏み込んだ忠告なのか知れず、ベルタはいたたまれなさを味わいながら生返事を返す。

「はあ」

「私はだんだん心配になってきたわ」

王太后は不出来な幼子を叱る親のような顔をして、ため息をひとつついた。